第32話 実験は時間を忘れさせるの

「ヒリア教授、ナナイの様子はどうじゃ?」


「あまり芳しくないわね。意識がない内に水を飲ませようと思って、水を吸わせた綿を口に当ててみたんだけどあまり飲まずに溢してしまうのよね」


「ふ~む、水分が不足していれば普通飲みそうなものじゃがのぅ」


「でしょう? やっぱり生命維持に必要な最低限の活動しかしてなさそうなのよね。

 でも、それもこのままじゃいずれ死んでしまいそうで……」


「魔力回復薬は試したかの? ストイーヤ達が一〇本持ってきてくれたから、少しだけ余裕ができたのじゃ」


「あらそう。なら試してみましょう」


「口元に持っていくのは怖いのじゃが……。ナナイは本当に動かんのかの……?」


「ワタシが後ろに回って押さえておくよ。ヒリア教授はリーリア達の所に行っても大丈夫ですよ?」


「そう? なら私は一旦あっちに行くわ。後はよろしくね」


 わしは魔力回復薬を持ち、ミアルがナナイの後ろに回ったことを確認して口を開く。


「準備はいいかの? 飲ませるぞ? 本当に大丈夫なのかの?」


「大丈夫だってばー。ほらー」


「なんでバンザイしとるのじゃ!? 俄然心配になるのじゃが!?」


「心配しすぎだってばー。ほーれほれ」


「真面目にやるのじゃー!」


 ポカポカとミアルを叩いて少しだけ落ち着いた所で、魔力回復薬に手を延ばす。

 ビンに入っているのじゃが、このまま飲ませようとしても溢してしまいそうじゃな。

 さっきヒリア教授が水で試していたように、綿に染み込ませて飲ますとしよう。

 こういう時、研究室には色々と資材があって助かるわい。


「よし、やるのじゃ。しっかり頼むのじゃ」


「はいはーい」


 わしは慎重に綿をナナイの口元まで運ぶ。

 すると、ナナイはピクリと反応した。

 思わず飛び退きそうになる体を押さえつけ、ミアルが頭を固定していることを確認する。

 わしがそのまま綿を口元に固定していると、チューチューと水分を吸うのが確認できた。


「お? めっちゃ飲むではないか」


「あれ? 本当だね。 水でも試してみる?」


「そうじゃな。ヒリア教授を疑うわけではないが、何か変化があったのかもしれん。確認してみよう」


 今度は水を吸わせた綿を口元に運んだのじゃが、先程のような反応は見せない。

 こちらが綿から水を押し出せば、口には多少含んでいるようじゃが、大半は溢れてしまう。


「ふ~む、これは思った結果と違うの……」


 単純に考えるなら魔力、じゃろうか。

 人を襲うのは魔力を吸おうとしておるのか?

 他にも試してみる必要があるの。


「ぬぅわじょわぁあ!?」


「あぁぁうぁぁ」


「おっと。平気? ユッコちゃん」


「う、うむ。ちょっとビックリしただけなのじゃ」


 ナナイが動いたのじゃ。

 ミアルがすぐに抑えてくれたので噛まれるようなことはなかったが、かなり心臓に悪いのじゃ。


「結構いい時間だし休憩にしよ?」


 集中していて気づかなかったが、もう夕方になっておった。


「そうじゃな。ヒリア教授の方も気になるしの」


 ミアルがまた首トンでナナイの意識を刈り取り、中央のミーティング用机(ミアルの机)に移動する。


「嬢ちゃん、おつかれ。ほれ、水だ」


「助かるのじゃ。そっちの成果はどうだったのじゃ?」


「追加はなしだ。非常時だから扉を壊して何部屋か入ったんだけど、壊すのが大変だし、部屋入ってもどこにあるかわかんなかったわ」


 入手した魔力回復薬は全部で一六本。

 机に残っている魔力回復薬を確認すると、残り六本。

 非常時用に三本は最低でもとっておきたいのじゃが……。


「ヒリア教授、そちらの結果はどうじゃ?」


「そうね、魔力回復薬を立て続けに飲むと、効果が強くなっている傾向にあるわ。

 頭痛などの症状が出にくくなっているから、症状が良くなっている可能性があるわね。

 サンプルも試行回数も少ないから断定はできないけれど。

 そっちはどう?」


「なるほどの。

 ナナイは魔力回復薬であれば飲むし、水に混ぜたり、食べ物に掛ければ口にするようじゃ。

 あとは停滞魔法を掛けてみると、目に見えて、しかも長時間動きが鈍くなったのじゃ。

 魔力が何かしら関係しているのはさすがにもう確定したと思うのじゃ」


「なるほど。それなら魔力で動いている可能性が高くなったってことね」


「? ヒリア教授、どういうことですか?」


 リーリアから質問が出る。


「ふっふっふー。ワタシがお答えしましょう!」


「えっミアルが!?」


 驚くリーリアを横目に、ミアルがドヤ顔で説明を始める。

 リーリアの気持ちも分からなくはないが、ウチの研究室のテーマの一つなんじゃよな。

 ミアルが説明した内容はこうじゃ。


 人間は食事によって生きるためのエネルギーを得ていると言われておる。

 だがそれだけでなく、人間は魔力によっても様々な活動が補助をされているという内容じゃ。

 具体的に言うと、身体強化魔法が一番わかりやすいかの。


 身体強化魔法は純粋に筋肉を強化しているわけではない。

 ざっくり言うと魔法によって魔力を体に与え、魔力によって特定の動きを補助することで通常ではありえないような能力を発揮させるのである。

 実はこの身体強化魔法を使わなくとも、普通に生きているだけで微力ながら魔力によるサポートを体が受けているというのが研究でわかっておる。


 回復魔法も同様に魔力によって体の動き、というか活動をサポートしているのじゃ。

 つなり、体に宿る治癒能力を魔力によって飛躍的に向上させることで、傷を治しておるのじゃな。

 ただ、使い方を誤ると病気を加速させてしまうケースもあるようじゃが、今回は割愛じゃ。


 そして、停滞魔法。

 停滞魔法は身体能力と魔力の動きを阻害することで動きを鈍らせる魔法じゃが、特に魔力の動きを阻害することに大きな効果を発揮する。

 身体能力が高ければ、強引に通常通りに動くことも可能じゃが、まぁそれは一部の人間に限られるであろう。

 ミアルとか。


 そんなわけで、ナナイの動きが急速に悪くなったのは魔力によって動いている部分が大きいからであろう。

 そして、この事象にわしは心当たりがある。


 そう、死霊術じゃ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る