第27話 いやお前何しとん

「さぁ出発じゃ!」


 太陽がオレンジ色になり始めた頃、ようやくわしらは研究棟へと出発する。

 訓練場から研究棟までは平時であれば一〇分とかからない距離である。


 火魔法でグラウンド側に陽動をしてもらう交渉は成功し、魔法を撃ってもらってから移動開始である。

 一噛みでアウトじゃし、魔法を使ってくる奴もおるかもしれんから警戒しすぎということはないじゃろう。


 ルートは校庭側の中央を通って移動する。

 学院のグラウンドや校庭におるユ、ユーレ症候群者は多くないからの。

 ……うーむ、やっぱり抵抗があるのぅ。

 せめてわしだけでも別の名称……『奴ら』とでも呼ぶことにするかの。


 見張り台から周囲を確認した際、校門には街から続々と奴らが集まってきているのが見えた。

 数は二〇以上は確実におるじゃろう。

 懸念があるとすればそちらじゃろうか。


「ヒリア教授、五分後に陽動を開始します。準備をお願いします」


 生徒会の生徒がヒリア教授にそう伝える。

 生徒会の奴らはこんな時でも、統率がしっかりと取れていてなかなか頼りになるの。


「ありがとうと教授やフリット君に伝えておいて。

 さぁ、みんな。準備はいいかしら?」


 わしらは全員で頷き、訓練場の扉の前に集合する。

 扉の開閉は生徒会の生徒がしてくれることになっておる。


 扉が開くと同時に、ミアルとモイブ先輩が先行して前へ。

 奴らが近くにいた場合は、リーリアが火魔法で牽制して、ミアルが無力化する予定じゃ。

 進路が確保され次第、残りのメンバーも外へ出て、一気に研究棟まで走り抜ける。

 殿しんがりはヒリア教授じゃ。


 奴らは早く動く物に敏感に反応するゆえ、近くにいない場合は全員でゆっくりと移動することになる。


 ドォン! と陽動のためであろう魔法が地面を小さく揺らす。

 わしらだけでなく、扉を開閉する生徒会の生徒も緊張が走る。

 魔法が放たれてからおよそ五分後。


「カウント始めます。五、四、三、二、一、開けます!」


 音を立てないように慎重に扉が開かれる。

 人ひとりが通れそうになるとすぐにミアル、モイブが外へ出る。


「敵影無し!」


 素早く周囲を確認したミアルがわしらに向かって叫ぶ。

 全員でほっと息を洩らして、ゆっくりと外へ出る。

 ミアルの言葉通り、訓練場付近には奴らはおらず、陽動の成果か多くの奴らはグラウンドに集まっておる。

 校庭側にも何人かおるが、いずれも距離が離れているため当面は安全じゃろう。

 他には低空を飛ぶカラスと、学院を囲む塀を移動するネコくらいのものだ。


「よし、校庭の真ん中を通って研究棟に向かいましょう」


 ミアルとモイブの先導で校庭を進む。

 すると、校門にいた奴らの一部がこちらに気づいたようじゃった。

 奴らの視界や認識がどうなっているかまだよくわからんが、さすがに広い空間に動く人間が七人もいれば気づいて当然か。


「他のユーレ症候群者を刺激しないよう、このままゆっくり移動するわ」


 既に何人かの奴らには気づかれておるようじゃが、近づいたり走ったりして奴らを刺激しなければ大丈夫じゃろう。


「えっ!? まさか……」


 急にスミセンが校門へ向かって歩き始める。


「ちょっと、スミセン君!?」


 スミセンは、ふらふらと校門へ近づいて行く。

 校門にいる奴らは一斉に校門に向かって体を押し付け、校門の隙間からこちら側に向かって手を延ばしておる。

 塀の上にいたネコは、フーッと奴らを威嚇しておった。


「ミアル、お願い!」


「わかりましたっ!」


 ミアルは身体強化魔法の効果でサッとスミセンとの距離を詰める。

 そして、彼を抱えようとする。


 そのほんの少し前、ネコが一際大きな声を上げて後ろに跳び退ると、校門が奴らの重みによってか引き・・倒される。

 校門はその役目を果たすことができなくなり、学院側ではなく、街側へと倒れた。

 街側へ倒れたことによって、何人かの奴らを巻き添えにしたが、無事な奴らは学院へと侵入する。


「みんな、研究棟まで走って! 魔法にだけは警戒すること!」


「自分が殿を代わります!」


「いいから走って! 隊列が乱れると統率が取りにくいのよ!」


「……了解ですっ」


「うぉぉお!? 嬢ちゃん、抱えてやろうか!?」


「た、たのむのじゃー!!」


 スミセンを抱えたミアルが先頭を行き、ストイーヤがわしを抱えて続く。

 モイブは殿に移動しようとしたようじゃが、ヒリア教授に一括され、モイブ、ヒリア教授と続く。

 研究棟までは全力で走れば二分とかからん。

 しかも、奴らは動きが早いわけではないので、魔法さえ使ってこなければ大丈夫なはずじゃ。


 魔法にだけ警戒をして走り、無事に研究棟へ辿り着く。

 ミアルが先行してエントランスを開け、わしらが全員入ると扉を閉めて鍵をかける。


「バリケードを作ろう!」


 ミアルの言葉にみんなで頷き、目についた重そうな物を片っ端から持ち運ぶ。

 ことはわしにはできなんだ。

 力が足りなすぎるでの……。


 実際、エントランスには然程重そうな物などない。

 横にあるラウンジで椅子や机を運んで、入り口を塞ぎ、ようやく一息つくことができたのだった。

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