第21話 誰もが気を張り詰めらせておる
戦闘が終わると残っている教授達から頭痛、胸が苦しいなど不調がある場合は魔力回復薬を飲むように通達された。
この学院の生徒は普段から授業や研究で魔法を使うことがあるので、魔力回復薬を持ち歩いている生徒も多い。
魔力が少なくなるとゾンビ化するということは、まだ因果関係を証明できておらん。
パニックが発生する可能性も考慮して、体調が悪くければ飲むようにという伝え方になっておるんじゃろう。
食料チームが出発してから二時間が経過した。
訓練場から学生寮まで平時であれば数分の距離にも関わらず、未だ食料チームは戻ってこない。
ミアルのことじゃから、平気じゃとは思うが……。
いつまでも食料チームが戻ってこないからか、訓練場におる者達は殺気立ち始めておる。
昨日の昼から食事をしておらんはずじゃから、仕方のないことかもしれんが……。
空腹状態を水で満たそうと、何人もの人が給水所へ向かって水をせがんでおる。
ウォーターの魔法を連発させられとるストイーヤの顔はすでにヘロヘロで、魔力ももう限界じゃろう。
南無じゃな。
まぁ知らぬ中でもない、声を掛けてやるとしよう。
「大変そうじゃの」
「嬢ちゃんか。お前まで水ってか?」
「いや、わしは良い。お主に鞭を打つほど鬼ではないわい。
それより、魔力を使いすぎて頭が痛くなったり、胸が苦しいなどの症状はないかの?」
「ん? いや、大丈夫だけど? 魔力はもうそろそろ限界だけどな」
「そうか。なら良いのじゃ。大変じゃろうが、水は生命線じゃからのぅ。
せいぜいお主自身が脱水症状にならぬよう頑張ってほしいのじゃ」
「はっ、その前に魔力不足で干からびちまうぜ」
「はは。邪魔したの。くれぐれも頭痛や胸が苦しくなる症状があればすぐ魔力回復薬を飲むのじゃぞ?」
「ん? あぁ、わかったよ」
「食料チームが戻ってきたぞー!」
食料チームが出発してから四時間が立つ頃、見張り台で外を見張っていた生徒が降りてきて報告した。
訓練場内は、ようやく食事にありつけると歓声が上がる。
張り詰めていた空気から一変して、待ちきれないとばかりに数名が扉へと向かい、勢い良く開ける。
そこから見えた食料チームの表情は暗かった。
食料の確保に失敗したのかと思ったのじゃが、後ろには荷台があり、その中には沢山の食料が載っていた。
わしは焦って、食料チームの面々を確認する。
ほっ。
良かった、ミアルはいるの。
しかし、この暗さは誰かが噛まれてしもうたのではないか……。
不幸にも、わしのその考えは当たっていた。
「待て! 無断で食料を取ろうとする人がいれば撃つ」
食料に群がろうとする人々に向かって、エンジ教授が厳しく叱咤する。
訓練場に入る一歩手前で、エンジ教授はどこから持ち出したのか短銃を抜き、訓練場の中の人々に突きつける。
銃自体は一〇〇年程前に発明されておるが、魔法と比べると威力が低すぎてそれほど普及・改良が進んでおるわけではない。
が、人を殺すには十分すぎる武器であるし、魔法使いが扱うとなれば火薬は必要なく、随分とやっかいである。
「ふ、ふざけるな! お、お前たちが独占する気だろう!」
街から逃げてきた男性がそんなエンジ教授に食って掛かる。
「食料には限りがある。この人数が好き勝手に食べてしまえばあっという間に無くなる。
当然、誰かが管理しなければならない」
「そ、そんな都合のいいこと言って、自分達だけ」
「ふざ、けてんのはどっちなのよっ!!」
「ミアル!?」
エンジ教授の後ろで顔を落としておったミアルが急に激昂し、文句を言っていた男性の所まで一瞬で距離を詰めると、力いっぱい投げ飛ばした。
身体強化の魔法がかかったミアルの力は強く、男性は訓練場の扉付近まで投げ出される。
「そんなに自分勝手なことばっかり言うなら、自分で行けばいいんだ!
そうして自由に食べればいい!!」
怒りが収まらないミアルは男性に馬乗りになろうとしたので、わしは必至でミアルの腕を掴む。
「やめるのじゃミアル!」
「止めないでよユッコちゃん!」
「お主は、無事なのか?」
小声で問いかける。
「……うん。ワタシは、無事……」
「そうか……。まずは落ち着くのじゃ。ここで争っても余計な不和と疑心しか生まぬ……」
「……。わかった」
ミアルは一度深呼吸をして、何もいわずに暗幕の向こうへと歩いて行く。
「彼女が手荒な真似をして申し訳ない。
ただ、私も気持ちは彼女と一緒だ。
これ以上私達の指示に従ってもらえないなら、ここから出て行ってもらうしかない」
「それは……」
「みなも思う所はあるだろうが、納得してくれ。
私達が独占、勝手に食べるようなことはしない。
そのためにここで、食料のリストを作る。
そうすれば私達が勝手に食べることなどできなくなる。
生徒会長、リストを頼む」
「わかりました。
リストアップの前に生鮮食品を冷やしておきたい。
氷の魔法が使える生徒は手伝ってくれ。
それと、リストアップが終わったら食料チームには先に食事を許してほしい。
命がけだったのだから、それくらいはいいだろう?」
その後は生徒会長殿が指示を出し、テキパキと作業を始める。
生徒会長以外の食料チームは先に休ませる。
大雑把ではあるが冷蔵庫が作られ、生鮮の食材が入れられ、生鮮以外のものは種類別に分けられる。
そして、それらを複数の生徒がチェックしながらリストアップされていった。
感心したのは、調理器具も忘れずに持ってきている所じゃな。
ついつい忘れそうになるが、機材がなければ料理などできんのじゃから。
わしも手伝おうかと思ったんじゃが、人は十分足りていたのでミアルの所へ向かう。
それにしてもミアルがあそこまで怒るのは珍しい。
わしが話を聞くことで、少しでもミアルの心が晴れれば良いのじゃが……。
「何があったのじゃ?」
ミアルはリーリアが隠れている所に戻っており、リーリアはどうしたらいいのかとあたふたとしておった。
ミアルの顔色は白く、すぐれない。
「ワタ、ワタシのせいで……モイブ先輩が、噛まれちゃったの……
モイブとやらは食料チームで一緒に食堂へと行った奴であろう。
わしがミアルの悩みを解決してやることなどできん。
せめて、友人として少しでも心を軽くしてやりたい。
「一人で抱えることはなかろう。友人であるわしに全部話してくれんか?」
「ユッコ、ちゃん……」
ようやく上げた顔は、涙に濡れておる。
ハンカチで顔を拭き、その頭をそっと抱きしめる。
「うっ、うぇ……。ワタシ、ワタシっ!!」
ゆっくりゆっくりと、時々嗚咽を洩らしながらも全てを話してくれた。
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