第16話 誰か噛まれて観察させてくれんかの? とは言えぬじゃろ

 まさかこんなに早くリーリアのことが露呈してしまうとは、わしはなんて阿呆なのじゃ!

 実力行使をしてでも止めるべきじゃったのに!

 いや、たぶん無理じゃったけど。


 ミアルも予想外の事態で戸惑っておったが、スッと右足を引いて半身になり、少しだけ腰を落とした。

 こうなったらミアルにこやつを拘束してもらうしかあるまいか……。


「っ!

 き、君達が嬢ちゃんの友達か。

 どうやって見張り台を上ったのかはわかんねーけど、大変だったんだろ?

 水を飲んで、ゆっくり休んでくれ。<ウォーター>」


 そういうと、指輪に魔力を流してコップに水を注いでいく。

 ん? こやつ、リーリアのことは知らんのか?

 

 それはそうか。

 リーリアは午前中に教室で噛まれているからすぐに隔離されたんじゃったか。

 ストイーヤは二年生だろうから、リーリアのことは知らなくて当然なのじゃな。

 あやうく尊い犠牲を出すところであったな。


 ミアルはストイーヤの行動と、わしの表情を見て、構えを解いていた。

 リーリアは緊張しているのか、ずっと強張ったままのようじゃ。

 ストイーヤも二人の雰囲気を察してか、困惑気味じゃし、わしが流れを変えんといかんの。


「そういえばわしもまだ水を飲んでおらなんだ。すまんが、先にわしにもらえるかの?」


「そういや嬢ちゃんもまだだったな。ほれ、<ウォーター>」


 コップに水が満たされていき、それをわしが受け取ると一気に飲み干す。


「ぬるいのぅ」


「おいおい、こんな時に贅沢言うんじゃねーよ。これだからお子様は」


「なんじゃとー!」


「ははは。んじゃ、お二人さんもどーぞっと。<ウォーター>」


 意図的か天然かわからんが、こやつの軽口で空気が軽くなったの。

 思ったよりも緊張していたのか、二人も水を口にすると一気に飲み干していた。


「君達はここからあんま出れないんだろ? なんかあったらまた声をかけてくれよな。

 そ、それで、名前を聞いてもいいかな? 俺はストイーヤ・ツレッズだ」


 ははぁん? こやつ、一目惚れでもしおったか?


「ワタシはミアルだよ! よろしくです、ストイーヤ先輩」


「私はリーリアです。 よろしくお願いします」


「ミアルにリーリア……。うんよろしく。

 それじゃ、いつでも力になるからな!」


「うむ。その時は頼むのじゃ。そうそう、わしらのことは他言無用に頼むぞ」


「あいよ。わかってるって」


 やっぱ良い奴かもしれん。

 がしかし、ミアルをポッと出の奴にやるわけにはいかんからのぅ!


 しかしまぁこれで少しは落ち着いたの。

 あとは栄養源の確保ができれば文句なしじゃが、それは難しいだろう。

 わしは生徒会長殿に今後の食糧事情についてどう考えているのか質問しようとしたのじゃが、教授達を交えて会議中のようじゃった。

 仕方なく、舞台袖にいた生徒会メンバーと思しき生徒に質問した。


「今、食料のことも含めて、今後の方針について生徒会長と教授達が会議をしているんだ。

 何やら君たちが新情報をもたらしたらしいじゃないか」


 わしが語った内容を、生徒会全員には共有していないようじゃな。

 知っているのは教授連中と生徒会長、生徒会長と一緒にいたもう一人の生徒会メンバーくらいかの。


「ちなみにじゃがの、新情報がなかったらどうしていたのじゃ?」


「戦闘ができる人を集めて、ゾンビを駆逐しながら食堂を目指すと聞いていたよ」


 あ、危ないとこじゃったな!?

 ゾンビもどきとなった人々を元に戻すことができるのかはまだわからんが、殺してしまってはどうにもならん。

 それを阻止できただけでも、わしらがここに来た価値はあったというものじゃな。


 その後は、わしら三人はゆっくりと休ませてもらい、しばらくするとゾンビもどきになった生徒らのリストアップ及び、魔力量についての調査が完了した。

 教授と生徒会長らの打ち合わせはヒートアップしており、まだ終わっていないようじゃったが、わしは先にリストを見せてもらうことができた。


 リストはクラス毎にまとめられておった。

 恐らく、クラス単位でヒアリングをしてまとめたんじゃろうな。


 リストには四つの項目が記載されておった。

 氏名、魔力量、そして噛まれたか否か、備考である。

 魔力量と噛まれたか否かはそれぞれ『多・中・少』、『発症・噛・無』で記載されていた。

 備考には、休みと書かれている生徒が想像以上に多かった。


 ざっと確認した所、結果はわしの推論を補強するものとなっていた。

 つまり、ゾンビもどき化が自然に発症したのは、魔力量の少ない者がほとんであった。

 ほとんど、というのは魔力量がわからない者もいたからじゃな。

 魔力量が中以上の者は、『無』か『噛』であり、自然発症した者は見てとれなかった。


 魔力量は数値化できるものではないからなんとも言えんし、クラスメイトの評価では情報確度は心許ない。

 それでも、魔力量が少ない者の方が発症しやすい傾向があるのは確かじゃろう。

 傾向分析と呼ぶにはあまりにもサンプル数が少なすぎるがの……。


 噛まれた生徒については正確な情報を当てにすることはできないと思っておる。

 噛まれて発症が確認できた生徒と、リーリアのように隔離されてしまった生徒がいるからじゃな。

 噛まれて発症した場合と、噛まれて隔離したという分類もしておくべきじゃったなぁ。


 リーリアが隔離されていた教室で発症した、魔法を使って魔力を消費していたパターンと、長時間噛みつかれたパターンはサンプルがその二件しかなく、特殊なパターンであるため、分析からは除外せざるをえんじゃろう。


 噛まれた者の傾向ついては、リーリアも含めサンプルを増やして確認する必要があるじゃろう。

 だからといって、誰かが噛まれるという事態のは避けなければならんのじゃが。


 リストから目を離すと、ちょうど会議が終わったようじゃった。

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