第12話 決意は積み重なる

「上手くいったね!」


「うむ。しかし、発動距離とタイミングがシビアじゃし、どうやって見張り台までミアル登らせるかの……」


 リーリアとの実験は一応成功した。

 ウォールを発動させた直後、すかさずわしがロックという固定化の魔法を使うことで、ウォールを発現した場所に固定することができたのだ。

 つまり、空中に固定化することができたのだ!


 二秒あるかないかの時間じゃが……。


 さらに実験を続けた結果、かなり厳しいこととなる。

 距離が離れれば離れる程成功率が低くなり、二メートルも離れれば成功率はゼロになった。


「これでは見張り台まで行くことなど不可能じゃの……」


「ん~、ワタシに考えがあるんだけど、聞いてくれる?」




 訓練場へ続く連絡通路への扉を、音をたてないように慎重に開ける。

 体が通れるギリギリの所まで開けると、ミアルが素早く外へ出る。

 その際、外の空気が本館へと流れてきて、わしは顔を顰める。

 血の、匂いがした。


「ミアル!?」


 次の瞬間には、ミアルが本館へと戻ってきて扉を閉め、膝をつく。


「訓練場の、入り口……。血が、一杯……。人が、倒れて……。

 ねぇユッコちゃん……。あれは、ゾンビなんじゃ、ないの? それとも、みんなが殺し合ってるの?」


 その体は、震えておった。


「ゾンビではない。生きているゾンビなど、いるはずがなかろう。

 大方発症した者、噛まれた者を訓練場から追い出すときに、外におったゾンビもどきと争いになったんじゃろう」


「うっ……うぅ……ッ!」


 わしはゾンビもどきが生きているとは言ったが、ミアルはゾンビの変異程度に考えていたのかもしれん。

 じゃが、普通のゾンビを相手した時では有り得ない、大量の血を目にして理解が追い付かなくなり、混乱しておるのじゃろう。

 わしも何も知らずに見たら、ミアル以上に動揺しておったかもしれん。


 口には出さんが、訓練場を追い出されそうになった者が抵抗をして、人間同士で争った可能性も否定できん。


 生者と死者、違いは多くあれどゾンビを戦闘で倒してもほとんど流血はしない。

 既に死んでいれば、血液は循環せず、血は重力によって下半身に降りていくため、動脈を傷つけても場所によっては血が出ることがほとんどない。


 一方で、生きている人間は別である。

 血を全身に巡らせるため、勢いよく循環しておる。

 それを傷つければ当然血は流れ、動脈であれば多量の血が流れだす。

 その現実が、ゾンビもどきが生者であるという実感をミアルに与えてしまったのじゃろう。


「ミアル。わしらはリーリアが、ナナイがああならないよう行動を起さねばならぬ。

 お主だけに辛いものを見せて、都合がいいことを言っているかもしれぬ。

 じゃが、わしには何かをなす力がない。

 お主の力を貸してほしいのじゃ」


「ユッコちゃんなら……みんなが、あんな風にならないで済むように、できる……の?」


「すまぬが、はっきりとは言えぬ。

 じゃが、わしができる最善を尽すと約束しよう」


 膝をついていたミアルに手を差し伸べる。


「うん……。仕方、ないね……。ワタシはユッコちゃんの友達で助手、だからね……」


 気丈に、少しだけ笑ってミアルはわしの手を取ってくれた。




「ちょ、やっ、すっごく嫌なんじゃが、わしとリーリアは外の状況を一度確認して、動揺しないようにするべきじゃと思う」


「ワタシに啖呵切ったばかりなのに、いきなり格好悪いこと言いだした!?」


「仕方ないじゃろう!? いきなり大量の血とか死んでおる人みたら叫んでしまうかもしれんじゃろうがっ!!」


「いきなりは確かに普通じゃ耐えられそうにないよね。ミアルですらあぁだったわけだし」


「うむ、ミアルが耐えられぬものをわしが耐えられるはずがなかろう?」


「なんで偉そうなの!?」


「ま、そんなことは良いのじゃ。三人で一度扉の外へ出るぞ。すまんがミアルは周囲の警戒を頼むのじゃ」


 先ほどと同じように、ゆっくりと扉を開け、ミアルが外へ出る。

 わしとリーリアもその後に続き、訓練場の方を確認する。


「っ!!」


 訓練場の扉の前には一〇人を超える人達が、大量の血痕を残して倒れ伏せっていた。

 中には魔法で焼かれたような人もおった。

 遠目からでは本当に全員が死んでいるかはわからないが、みな既に亡くなっておるじゃろう。


 人が、人を殺めたというのか……。

 戦争は終わったというのに……。

 平和な日常であったはずなのに……。


 わしは死霊術師じゃ。

 じゃからこそ、生も、死も、尊くあってほしいと、そう思う。

 訳の分からん事態に巻き込まれ、訳も分からずに人が人を殺すなど、なんと悲しいことなのじゃろう。


 最初は身を守るため、死霊術師への誤解、風評被害を防ごうという程度の覚悟でしかなかった。

 じゃが、このままではリーリアもナナイも殺されてしまうかもしれん。

 ミアルとわしだってどうなってしまうかわからん。


 ならばわしは、この事態の原因を必ず突き止め、二人を、みなを救う方法を見つけてやろうぞ。

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