第9話黒猫とカラス

 リーリアが隔離されていた教室から中央階段に至るまで、他のゾンビもどきに遭遇することはなかった。

 中央階段を挟んだ反対側の廊下にはゾンビもどきの姿が見えたが、わしらは音を立てて気づかれないようそっと踊り場まで移動していた。


「途中の教室はさ~、三人くらいに分けて隔離してたっぽいね~」


「なんのことじゃー? わしには何も聞こえんかったぞー」


「ふふふ。そうだね~」


 ここまでの移動中、教室からうめき声が聞こえた気はしたが、わしには何も聞こえなかったと言ったら聞こえなかった。


 そんなことはどうでもいいんじゃ。

 一階はどうなっておるじゃろうか。


 実は、わしは死霊術で契約を交わしているゾンビをすでに呼び出しており、予定のルートを先に確認させていたのじゃ。

 ミアルが教室に突入する時に、万が一にと発動した奴じゃな。


 呼び出したのは、黒猫のクロネとカラスのクロカ。

 クロネはスラッとした手足に小さな顔したとってもスタイルが良い黒猫じゃ。

 クロカはクリッとした目とつややかな羽がキュートなカラスじゃ。


 二匹ともわしが生前に飼っておって、生きている内に契約をしておった。

 二匹とも、死してなおわしによくなつき、慕ってくれておる。

 死霊術による強化を掛けているから、そんじょそこらの人間よりも力があって、とても頼りになる奴らじゃ。

 黒い生き物なら目立たぬじゃろうと昔は思っておったが、昼間は逆に目につくと気づいたのはいつの頃じゃったろうか……。


 そんな二匹が、リーリアが隔離されていた教室の外にいた生徒達を気絶させておったのじゃろう。

 進むべきルートは、ミアルとリーリアに説明するふりをして二匹に伝えた。


 ここに来るまでにゾンビもどきがおらんかったのは、単純に教室から出てこれんかったのか、もしくは二匹が露払いとして教室に閉じ込めてくれたのかもしれん。


 そんなわけで、一階も同様に気絶させるか教室に閉じ込めてくれている最中じゃと思うが、状況はわからん。

 二人には、死霊術で動く二匹を見せるわけにはいかぬ。

 パッと見ではわからんじゃろうが、ミアルの恐るべき身体能力で捕まってしまっては大変なことになるしの。


 少し、この踊り場で時間を稼いでおくとしよう。


「ここで、休憩とするかの。

 訓練場への連絡通路まで何が起こるかわからんから、ここで休んでおくのが良いじゃろう」


「そうだね。そういえばユッコちゃん、研究室から水とか持ってきた?」


「あ……」


「あれま。リーリアは水魔法は使えないんだよね? しばらく水はお預けかなぁ」


「うん、ごめんね?」


「いやいや。リーリアが謝ることじゃないよ」


「水場の確保をしている暇はさすがにないの。訓練場にいけば水魔法で飲み水を出せる者がおるじゃろ。

 このまま騒ぎが続いて学院に立てこもらねばならなくなったら、その時は色々考えねばならんとは思うがの」


 学院の水道設備は整っているし、貯水タンクは水魔法によって定期的に満たされていたはずじゃ。


 街全体で異変が起こっているのは確実じゃが、魔法もあるし、インフラ関連で困ることはない。

 問題は、食料じゃな。


 そいうえばわしとミアルが今まで何をしてたかなどをリーリアに伝えていなかった。

 訓練場のことも含めて、わしらの今までのことを話した。

 その最中、本館の外から『カーカー』とカラスの鳴き声が聞こえてきた。


「こんな状況でもカラスはいつも通りだねぇ」


 ミアルがそんな暢気なことを言っておるが、あれはクロカじゃな。

 一階のゾンビもどきの対処が終わった合図じゃろう。

 会話の区切りがいい所まで待って、わしは出発することを告げる。




 音を立てないようにゆっくりと本館の二階から一階へと下りる。

 階段を下り、角から廊下の様子をそぉっと確認する。

 訓練場へ繋がる廊下には数人のゾンビもどきが倒れ伏せっていた。

 逆に、研究棟側にはゾンビが立っており、ボーッとしているか、ゆっくりとウロウロしている。


「倒れている人とかいるけど、寝てるのかな? それともお腹すきすぎて倒れちゃった?」


「ミアルじゃないんだし、こんな所で寝たりしないんじゃない?」


「えーひどいな~!? ワタシだってこんな所で寝たりしないよ!」


「これ! こんな所で騒ぐでないわいっ! 奴らに気づかれたらどうするのじゃ!」


 声を殺して、わしは二人を注意する。

 リーリアが教室の扉を破壊した時、ゾンビもどきは音に反応して教室に入ろうとしていた。

 視覚はわからぬが、少なくとも聴覚によって周囲の状況を把握できるのは間違いあるまい。


 中央階段は本館の正面入口となる玄関のすぐ横にある。

 正門から玄関を通り過ぎれば、グラウンドだ。

 ここで騒ぎを起こして、四方からゾンビもどきがやってきたら一巻の終わりじゃ。


 少しだけ正門とグラウンドの様子が気になって、様子を見る。

 正門には先ほど研究室から見た時より、あきらかにゾンビもどきが増えていた。

 訓練場で音を立ててしまい、聞きつけてやってきたのじゃろうか。

 それとも他に何か要因があるかもわからんが。


 グラウンドの方は、ポツリポツリとゾンビもどきが徘徊しておるが、訓練場側に多いようだ。

 訓練場で新たに発症したり、噛みつかれた生徒が外に追い出されたのかもしれん。

 他にも、制服ではない人もおるから、外から逃げてきた人もおるな。

 全部で一〇人程だろうか。


 その中に、見知った一人の少女を見つける。

 研究室でわしとミアルの世話をよく焼いてくれる、一学年上のナナイだった。

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