死霊術師なんじゃが、ゾンビパンデミックが発生して困惑しておる

第5話扉を開ければ奴がいる

　わしとミアルは連絡通路の一番奥、本館へ通ずる扉の前まで来た。

「それじゃ、開けるよ？」

「う、うむ……」

　わしは扉の前にいるミアルから五歩くらい下がって、様子を見る。

「だから怖がりすぎだってばぁ～。ワタシがいるから、ね？」

「た、頼りにしておるのじゃ……」

　二歩だけ前出る。

　が、それ以上は進まない。

「全く、仕方ないなぁ」

　そう笑いながら、気楽に扉を開けるミアル。

　こやつ、危機感というものがないのかっ！？

「ほら、大丈夫でしょ？」

　ミアルは碌に確認もせず、こちらを向いて言った。

「いや、ダメそうじゃが？」

　扉を開けた先には案の定、男子生徒のゾンビもどきが一人いた。

「えぇ！？　あっ！！」

　油断していたミアルにゾンビもどきが襲い掛かる。

　が、ミアルの反応は素早く、ゾンビもどきの動きはさほど早くなかった。

　両手を突きだして突進してくるゾンビもどきに対し、持っていた棒で応戦する。

　棒の先端で相手の右腕を跳ね上げ、振り上げた先端を勢いそのままに棒を一八〇度入れ替える。

　そして、先端の位置を入れ替えるのと同時にすばやく踏み込み、入れ替えた先端で相手の腹を思いきり突いていた。

　身体強化魔法の効果によって凶悪な一撃となったその攻撃は、ゾンビもどきを壁まで吹き飛ばす。

「ふぅ。ユッコちゃん、怪我はない？」

「ミアル！　まだじゃ！」

　普通の人間ならば動けなくなりそうな一撃にも関わらず、ゾンビもどきはゆらりと起き上がる。

「えぇ！？　あばら折れた手応えあったんだけどなぁ」

　いや、普通に恐ろしいこと言いおるなこやつ。

　非常事態とはいえ、同じ学院生に対して容赦がないの。

「でも、本当にゾンビってことだよね？　じゃ、ヤっちゃおうかな？」

　容赦がなさすぎて脳筋通り越して、もはや猟奇的じゃろ。

「待つのじゃ、ミアル！！　そやつはまだ死んでいるかも確認できておらんのだぞ！　なんとか無力化せい！」

「えー？　どういうこと？　もう、仕方ないなぁ。ていっ！」

　ミアルは目にもとまらぬ速さでゾンビもどきの後ろへ周り、首筋に手刀を落としていた。

　そして、ゾンビもどきは気を失い、倒れたのだった。

　それにしてもじゃ、あの手刀でどうやったら気絶するのか理屈がわからん。

　達人ともなればたやすいものなのかの？

　全く、謎じゃな。

　研究棟と本館をつなぐ連絡通路は本館の端っこで曲がり角にあるため、メインの廊下からは死角になっている。

　休憩しつつ、ミアルの身体強化の魔法にディレイを掛け直す。

「その子、やっぱり手に噛まれた跡があるね」

「うむ。噛まれて感染したんじゃろう。

　こやつの状態を色々と確認したいのじゃがいいかの？」

「は～い」

　倒れている男子生徒の横まで来て、わしは躊躇する。

「ミアルよ、こやつ急に動きだしたりせんか？」

「ユッコちゃんは本当に怖がりだよね。そういう所がまたかわいいんだけどさぁ。

　大丈夫、ちゃんとワタシが横で見てるから。動きがあったらすぐに押さえるよ」

「た、頼むのじゃ。もっと、近くに来たほうがわしを守りやすいのではないか？」

「ふふふ。仕方ないなぁ。よっこらっしょ」

　わしはミアルに抱きかかえられてしまう。

　ユッコはミアルアーマーを手に入れた！！

　え？　逆にこれ大丈夫？

　動きづらいし。

　ま、まぁ良しとするかの。

　さっさとこの生徒で確認できることを試してしまおう。

　確認したいのはまず、本当に生者かどうかじゃな。

　わしは生徒の手を取り、脈を測る。

　正常な人より随分とゆっくりな気はするが、トクッと確かな振動を感じた。

　続いて、息をちゃんとしているか。

　生徒の顔まで、恐る恐る手を伸ばし、息をしているか確認する。

　これも微弱ではるが、息をしている空気の動きを感じた。

　心音も確認しようかと思ったんじゃが、脈があるからそっちは良いじゃろう。

　続いて、傷が治るかどうか。

　脈を測る時に気付いたのじゃが、噛まれた跡以外にも、擦過傷（さっかしょう）があった。

　恐らく、縄で縛られていたのだろう。

　その縄を傷になるのも厭わず、無理やりに縄から手を抜いたのか、引き千切ったのじゃろうな。

　噛まれた跡が回復魔法で確認したいだけじゃが、ついでに擦過傷も治してしまうかの。

　ディレイが刻まれた金属板とはまた違う金属板を取り出し、傷跡に当てる。

「ヒール」

　金属板から放たれた光が男子生徒の噛まれた跡と擦過傷を治療していき、傷跡は無くなる。

　やはり普通に生命活動を維持しているし、傷も人間の治癒力を活性化させる回復魔法で治療できた。

　明らかに、生者の反応だ。

　ゾンビの、アンデッドの特徴とは一致しない。

　どういうことじゃろうか。

　死霊術士が関係している可能性はないでもないが、随分と低くなった。

　だとすると、何が起こっておるのか。

　未知の病気か？

　病気だとすれば多少のズレはあれ、同じ日に一斉に発症した事や噛まれた生徒が数時間で発症するというのはなかなかに違和感がある……。

　あぁ、噛まれた生徒でも発症しておらん奴もいるんじゃったか。

　時間差で今頃発症している可能性も捨てきれんし、確認した方がいいのか？

　いや、まとめて隔離されているなら、噛まれた生徒が複数人おる所に行くのはリスクが高いか。

　病気と言うよりも、正気を失う薬が撒かれたと言う方がまだ信憑性があるように思える。

　はたまた、精神汚染系の魔法か？

　いや、どちらも感染はせんじゃろ……。