第3話ゾンビは感染しない

 まさか、ゾンビもどきが追ってきた!?

 それにしたって、ディレイを発動したのにここまで来るのが早すぎる!!

 しかも、扉を開ける知性があるのか!?


 思考がまとまり切る前に、扉は開いてしまう。


 扉を開いて目に入ってきたのは、ゾンビもどきとは違い確かな知性をもった人間だった。

 赤い髪を短く切りそろえ、やや眠たそうな赤く大きな目をした美少女だ。


「ユッコちゃん!! さっきはひどいじゃないかっ!! せっかく探しに来たのに!!」


 その声を聞いて、わしは腰が抜けたようにペタリと座りこんでしまう。


「あぁ……なんじゃ……。ミアルではないか。探しておったぞ」


 ミアルであるなら、ディレイの効果時間が短かったのも納得じゃ。

 おそらく、力ずくで魔法の効果を打ち破ったのじゃろう。

 普通ではないが。


「それはこっちのセリフだよー! さっきはせっかく見つけたと思ったらいきなり魔法発動させてくるし!!」


「あ、あはは。すまんかったの。てっきりゾンビかと思っての……」


 ゾンビ『もどき』とは言えない。

 わしが死霊術士だとは、ミアルにも言っていないのじゃから。


「こんなかわいいゾンビがいるもんですか! って、ユッコちゃん状況もう知ってるの?」


「いや、詳しくは知らん。けどの、ほれ、そこから正門が見えるじゃろ?」


 さっき見たゾンビもどきは、今なお正門の前で門にぶつかり続けていた。


「ん? あぁホントだね。あれだけで良く分かったね?」


「わしは天才じゃからの」


 死霊術士だからゾンビの特徴を良く知っているだなんて言えん。


「へぇ~? 叫び声を上げながら、ワタシをゾンビと間違えて逃げるおっちょこちょいさんがねぇ~?」


「う、うるさいの!」


「まぁでも、ユッコちゃんが無事でよかったよ」


 そう言って、ミアルはわしを抱きしめ、頭を撫でる。


「こ、子供扱いするでない」


「へっへっへ~。ユッコちゃんはかぁいいねぇ~」


「そ、そんなことより、ミアルは何故あんな所におったのじゃ?」


「さっきも言ったけど、ユッコちゃんを探してたんだってば。

 学院中大騒ぎだったんだ、ユッコちゃんが昨日から研究室に籠ってたのは知ってたから、助けに来たのさ!」


「そ、そうじゃったのか。ありがとの、ミアル」


「えっへっへ~。いいよいいよ。友達だからね!」


 わしは、良い友達を持てたの。

 こっぱずかしくて、わしなら面と向かっては言えないが。


「それで、状況はどうなっておるのじゃ?」


「どこからどう説明したらいいのかなぁ~。う~とね、……」


 ミアルから聞いたことを整理するとこうじゃ。


 朝、ミアルが授業を受けていると体調が悪そうだった生徒が急に、近くにいた生徒に噛みついた。

 その生徒はクラスメイトによって迅速に取り押さえられたが、明らかに正気を失っていたという。

 仕方なく動けなくなるよう縛り付け、保健室に隔離した。


 が、その騒動はその生徒一人だけでは終わらなかった。

 時間差で別の生徒が噛みつき騒動を起こし、他のクラスでも同様の騒動を起こしていた。

 最終的に、騒動を起こした生徒の総数は三〇人を超えていたらしい。


 どのクラスも騒いだ生徒を縛り付けることで騒動は一段落したが、いきなり噛みつかれた生徒や、暴れるのを取り押さえようとして噛まれてしまった生徒は多数存在した。


 数時間後、今度は噛まれた生徒が暴れ出した。

 最初に暴れだした生徒達と同様、体調が悪そうではあったが噛まれた精神的ショックだろうと思っていた。


 実際はそうではなく、最初に暴れ出した生徒同様の症状だったのだ。

 彼らも近くにいた生徒を噛みつこうとしだしたが、先程と同じ事態であったため、最初より噛まれる被害者は少なかったようだ。

 それに、噛まれても何も問題ない生徒も多数存在していた。


 事態を知り、重く見た教授らは無事な全生徒を屋内の訓練場へ集める。

 もちろん、最初に暴れ出した生徒は隔離だ。


 さらに、正気を保っている噛まれた生徒をも念のため、隔離をするという徹底っぷり。

 隔離された生徒は合計で八〇人近くに上った。


 訓練場への集合と暴れだした生徒の隔離をしている間に、学院の外から同様の事態に合って学院へ逃げてきた人々もいたようだ。

 それを知った教授達は、外からの侵入も防ぐために正門を閉める。

 なお、外から逃げてきた人々の中に噛み跡があった人もいたらしく、ひと悶着を起こしながらも訓練場へ入れることはなかったようだ。


 これでおかしくなった人を排除したはず、そう思っていた中、またも同じことが起こってしまう。

 噛まれていなかった生徒が一〇人程、近くにいた生徒を襲い出したのだ。


 そして、「ゾ、ゾンビだーっ!」その叫び声をきっかけに、パニックが起こった。


 一か所に集められ、パニックを起こした集団はとてもやっかいだった。

 ある者は、逃げ出し。

 ある者は、強い者に縋り。

 ある者は、絶望してその場に立ち尽くす。


 その混乱を教授らと生徒会長が中心となって必死で収集しよう動いた。


 一連の騒動で四〇人以上が自然にゾンビ化し、噛みつかれた生徒は六〇人近くまで及んだ。

 学院の生徒は三学年で一六〇人程度なので、実に六〇パーセントを越える生徒がゾンビ化したと思われる。

 噛まれたにも関わらず、ゾンビ化していない生徒も含めた数字ではあるが。


 ミアルはその混乱の中、わしを探すために抜け出てきてくれたんだそうじゃ。

 友達思いすぎて、わしちょっと泣きそうじゃぞ。


「しかし、おかしな話じゃな」


「そうだね。こんな事、今まで聞いたことないよ」


「ん。まぁ事の始まりからしておかしいのじゃが、わしが気になっていることはそこではない。

 ゾンビが増えていることじゃ」


「え? どういうこと?」


「噛みつかれた生徒が、同じようにゾンビになったということであろう?

 それがおかしいのじゃ。ゾンビは、増えなどせん。当然じゃろう?」


「あ! パニックになってたから気づかなかったけど、それはそうだよね」


 ゾンビは所謂アンデッドで、単なる死者でしかない。

 人は殺せるが、ゾンビを増やすことなどできはしないのだ。

 それができるのは、死霊術士だけなのじゃから。


「ま、ゾンビであろうが別の何かであろうが、危険なことに変わりはせんがの。

 今、学院で人を遅ってゾンビが増える事象を、仮に感染とでも言うとしよう。

 それで、学院の外、街の様子はどうなっておるのじゃ?」


「学院の外でもゾンビみたいな人がいたみたいだから、教授が外出るなって。

 正確なことは何もわからないんだけど、領主館とパイソン商会の建物からSOSが撃ちあがってたみたい。

 だから多分、学院の外も同じような状況になっているんだと思う」


 学院、領主館、パイソン商会の建物。

 いずれも、この三つはこの街において最も大きく、頑強な建物だ。

 恐らく、多くの人がこの建物のいずれかに逃げ込んでいることだろう。

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