第6話 妹隠して妹隠さず

 『妹が欲しい』と直弥が言いだしたり、美友みゆ直弥なおやの様子が変になったりと、いろいろ忙しかった一日の、翌朝。

 外では陽が出ていて清々しいほどの晴天。そんな陽気のいい朝、直弥はパッと目を見開いて飛び起きる。



 「妹に、起こされたーーーーーーーーーーー!!」



 起き上がった途端片手を振り上げ、勝利のポーズで声を上げる直弥。それを聞きつけたのだろう足音が、直弥の部屋にドタドタと近づいてくる。


 ガチャ、ドン!


 「朝っぱらからうるせえぞ直弥!」


 勢いよくドアを開け声を上げる直弥の父——孝司たかし。直弥は、それに気づき目を向ける。


 「親父、帰ってたのか」

 「ああ、ほとんど今朝だったけどな……。ったく、頭に響くだろうが」


 あまり眠れていないのか、疲れた様子で目元を押さえる孝司。まじめに怒る気力もないといった感じだ。


 「それで、妹とは仲良くなれたのか……? って、聞くまでもなさそうだな……」


 孝司は空中にふよふよと浮いている、スマホほどの大きさをした少女に目をやり、そう言った。


 「は、博士すいません……! そろそろ起きる時間だったので、兄さまに声をかけたら、突然大声を……!」


 あわあわした様子で緑桜みおが説明しているが、声は少し離れた直弥のスマホから聞こえる。


 「緑桜、移動できたんだな」

 「あ、はい。スマホの光が届く範囲に制限されますが」


 少し落ち着きを取り戻して、分かりやすく空中を行ったり来たりする緑桜。


 「まあ、とりあえずうまくいってるようで何よりだ」

 「最初は少し驚いたけど、緑桜とはうまくやっていけると思う。礼を言ってたって、働き先の人たちにも伝えといてくれ」


 「おう。わかった。そうか、名前はミオになったか」


 『緑桜』と直弥は昨日から呼んでいるが、それは緑桜自身から聞いたものではなく、直弥が付けたものだった。昨日の話によると、元々直弥に決めてもらうよう、緑桜は言われていたそうだ。


 「それと、オレの方はちょっとばかしトラブルが発生してな。またしばらく家を空けることになる」

 「そうなのか。じゃあ、家のことは任せてくれ。美友みゆもよく助けてくれるしな。昨日も夕飯作ってくれたんだ」

 「あ! わたしもいますよ!」


 「はは、そうか。じゃあ家のことは頼んだ!」


 「おう」

 「はい!」


 そんなやりとりをした後、直弥たちは朝の支度に入った。






 あれから、少し余裕をもって学校に着いた直弥達。隣にはいつも通り美友の姿もあり、今教室の前まで着いたところだった。



 「妹に、起こされたーーーーーーーーーーー!!」


 「兄さま!? それは今朝聞きました……!」


 またも、突然声を上げる直弥に、緑桜が胸ポケットのスマホから小声でそう言った。

 今、緑桜は姿を投影していない。姿を見られると、何かと面倒がありそうなので、学校では緑桜のことをおおやけにしないと、昨日話し合っていた。


 「びっくりした、直弥……!」

 「あぁ、すまない。つい喜びと再会しちまった」


 「ごめん、ごめん」と反省する直弥。そこに、唯一の男友達から声が掛けられる。


 「どうした、ナオヤ。またアラームでも変えたのか」


 直弥が振り向くと、常日頃から無表情の顔面が、少し目線上の位置にあった。


 「おはよう、はら。ある意味その通りだ。今、ちょっといいか?」


 緑桜のことは公にしないが、原には話してもいいと、昨日の話で決まっていた。

 見られたらマズいので、緑桜の姿は出さなかったが、小声で話はできたので、すんなり信じてくれたようだ。

 話を聞いた原は、やはり無表情だったが、珍しく早口めに羨んでいたし、早く姿を見たいと言うので放課後に誰もこない屋上でと約束をした。



 直弥達は、話がひと段落したので、教室に入り席に着く。すると、


 「何かひそひそと話し合っていたようだけど、何かあったのかしら?」


 昨日と同様に、隣の席の才城さいじょうが、直弥に話しかけていた。


 「い、いや〜。何にもねえよ?」

 「ふーん」


 怪しげな目で直弥を見る才城。

 才城にも緑桜のことを教えていいんじゃないかと、昨日の話で、美友が言っていたのだが、それは直弥が拒否していた。


 (才城、なんか俺への言動がちょっと、あれだからな。緑桜のことを知られたら、どういう行動をとるのか見当もつかん。もしかすると、『こんなお兄さんは捨てて、ワタシのところに来なさい』とか言いだすかもしれん……)


 直弥の頭の中では、才城が、直弥のスマホを緑桜ごと奪っていく映像が流れていた。


 「お前たちって、いつ仲良くなったんだっけ」


 そこで、直弥の拙い誤魔化しをフォローするかのごとく、原が直弥の前の席にやって来て、腰を下ろした。どうやら助け舟を出してくれるらしい。


 (ナイスタイミングだ、原!)

 「べ、べつに仲良くはないんじゃないか? ちょっと前に絡む機会があっただけだしな」

 「ええ、そうね。笠木君の方から、よく話しかけてくるのよ」

 「え? 俺の方からか? …………たしかに、そうだった……かも?」

 「……」


 才城は、アホを見る目を直弥に向けた後、瞳を閉じて小さく言う。


 「……ええ、そうよ」


 そう言う才城は、どこか大人びた雰囲気を纏っていた。


 「そうか、俺の方からか……」


 なにやら、考え込むように言う直弥が、続けざまに口を開く。


 「俺、才城のこと、好きだったんだな」

 「え……!?」


 驚きのあまり、目を見開く才城。


 (え!? か、笠木君、そうだったの……? いつも、何考えてるのかよく分からなかったけど……。あ、いや、いつもは妹キャラ絡みのことね。…………それより、ワタシが好きって……?!)


 普段クールで認識されている才城だが、今は真っ赤になって、そんなことばかり考えていた。


 「なーんて。冗談だけどさ」


 ………………。


 「五秒後に刺すわ」

 「すぐには刺さない優しさ……!」


 目を細め、睨みつけながらペンを持つ才城。

 実は、フォローしてくれた原を見習って、直弥もあんなことを言ったのだが、普通に失礼なことを言ったと、今さら気づいていた。

 だが、結果的に緑桜のことは隠し通せたようだ。


 「はぁ、まったく……。それより昨日、美友はどうだったの?」


 そう言われて、昨日、美友の様子がおかしいと才城から聞いて、その原因を突き止めたことを思い出す直弥。

 

 「ああ、それなら——」



 直弥はそれから才城と、ついでに原にも、昨日、公園のベンチで美友と話したことを大まかに説明した。



 「へー。そんなことがあったんだな」

 「やっぱり、あなたのせいだったのね」

 「やっぱりってなんだよ……」


 自分の評価の低さに肩を落とす直弥。やっぱり緑桜のことを話さなくて正解だったと、改めて思っていた。


 「ナオヤでもそんなこと気にするんだな」

 「そりゃそうだよ。原だって、リアルで妹がいたら俺と語り合ってなんて、ないと思うぜ」


 (昨日兄様、わたしが『お兄ちゃん』呼びした時、目の前ですごい勢いだったような……)


 と、直弥の胸ポケットでずっと話を聞いていた緑桜が、苦笑いをスマホの中でしていると、


 「いやオレ、妹いるけど」


 …………。


 「はあーーー?! え? は? 俺、そんなこと初めて聞いたぞ?!」

 「聞かれたことがなかったからな」


 突然の原の、リアル妹いる発言に、驚きを全開にする直弥。


 「いやいやいや! あんだけ語ってて、リアル妹いるなんて思わないだろ!?」

 「リアルと二次元を一緒にしたらダメだぞ、ナオヤ。それにおまえだって妹いるじゃないか」

 「俺は昨日からで、おまえはずっと前からだろうが!」


 直弥と原がそんなことを言い合っていると、


 「え? どういうこと? 昨日から妹がいるって……」


 「「あ」」


 結局、才城にもバレてしまい、放課後、二人に緑桜のお披露目をすることになるのだった。

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