第4話 呼び方


 「……妹」


 「はい! わたし、妹です!」


 笠木かさぎ家のリビングに、元気な声が響いていた。

 直弥のスマホに座っている少女。その小さな身体から出たとは思えないほど、はっきり聞こえる透き通った声。弾けるような可愛らしい笑顔も相まって、それはさながら、何も見えない夜闇に咲いた大輪の花火——


 「って、どういうこと……?! なにこの子? 妹って……。直弥も……。というか小さい……」


 少女の声にポカンとしていた美友みゆが、困惑したように声をあげた。

 それまでじっと少女を見つめていた直弥なおやも、その声でハッとしたように口を開く。


 「え、あ、そうだな……。俺も状況がよく分かってないんだが……」


 と、そこで少女が「あ!」と言って、ぴょんっと立ち上がる。


 「すいません、いきなりで驚きましたよね。博士からメッセージを預かっていますので、まずはそちらを……」


 見た目によらず丁寧な口調でそう言うと、少女は片手を上げ、天井を指すように人差し指を突き出した。すると、


 ムーン


 「おわ……!?」「え!」


 少女の、人差し指の先から光が飛び出し、空中にスクリーンのようなものが映し出される。


 「こ、これって、ホログラムってやつか……??」

 「でもあれって、専用の機材とかいるんじゃ……」


 目の前の理解できない状況に、思ったことを言い合う二人。

 しばらくするとスクリーンに映像が流れ始める。


 『おう、直弥!』

 「親父?!」


 そこに映っていたのは直弥の父、孝司たかしだった。


 『急にちっこい女の子が出てきてびっくりしただろー! おまえが帰ってきたら起動するようにしといたからな! あ、これは録画したものだから、会話はできないぞ!』


 してやったりという顔でそう言う孝司。直弥と美友は少し困惑した顔で聞いていた。

 孝司は一度「んんっ」と咳払いをして、仕切り直したように話を始める。


 『今おまえの前にいる少女は、オレが働き先の仲間たちと、研究開発していた技術。それを総動員して完成させた、妹型人工知能を搭載した自立コンピュータだ。まぁ要するにAIロボットみたいなもんだ』


 「ロボットって……」


 あまりにぶっ飛んだ話に、直弥は件の少女に目を向ける。とても、機械で出来ているようには見えない姿をしている。


 『ま、実際に機体を用意すると色々問題があるから、直弥のスマホを改造して、そこに身体があるように投影してるだけなんだけどな』


 「えっ、改造……、大丈夫なのかよスマホ……」


 『あ、おまえが使いづらくなるようにはしてねぇから安心しろ。むしろカメラやマイクなんて、かなり高性能になってるからな。感謝しろよ!』


 孝司は「はっは」と笑った後サムズアップする。


 『じゃあな。オレは忙しいから詳しくはまた今度だ!』


 「え?! 説明それだけ!?」


 直弥がそう言い終わる前に、スクリーンがぷつりと消え、少女も手を下ろす。


 「………………はぁ〜。なにがなんだか……。っていうかホントに親父はどんなとこで働いてるんだよ……」

 「あはは……。帰り道にきたメッセージは、このことだったんだね……」


 直弥と美友が呆れたようにそう言うと、それまで口を閉じていた少女から、おずおずと声があがる。


 「あの〜、わたしからもいいでしょうか〜」

 「あっ、うん。俺たち全然状況について行けてないから、色々聞かせてくれると助かる、って、普通に会話できるのかな……?」


 目の前の小さすぎる少女を相手に、思ったことを口にする直弥。


 「はい。マイクから音声を認識して、スピーカーから喋っているかたちですが、会話自体は成り立つと実証実験の結果から出ています」

 「な、なるほど……」


 理解できたか怪しげに頷く直弥。そのとなりで今度は美友が疑問を投げかける。


 「あれ? でも目はカメラだよね? 今の位置だと私たちのこと見えてないと思うんだけど……」


 直弥のスマホはテーブルで仰向けに置かれている。少し離れている直弥達は、映らない角度だ。


 「目の役割はカメラだけだと不便なので、博士達が開発した人体に安全なセンサを利用して検知しています」

 「よく分からないけど、凄いんだね……。あ! ごめんね、話の腰、おっちゃって」

 「いえ、疑問に思ったことは聞いていただけたらと」

 「そっか」


 思った以上に普通の人間相手と変わらないコミュニケーションに、二人が落ち着きを取り戻してきたタイミングで、直弥が思い出したように提案する。


 「そうだ、美友。ずっと立って話すのもなんだし、座ってケーキ食べながらにしないか?」

 「あ、うん。そうだね。ちょっと待ってもらってもいいかな?」

 「はい!大丈夫です!」


 こうして一旦落ち着き、ゆっくり話を聞くことになった。






 時刻は18時半。窓の外はすっかり暗くなり、星がいくつか見え隠れしていた。


 「……すげぇな、俺のスマホ。もうミサイルとか飛び出すんじゃないか……?」


 あれから二人はケーキを食べ終わるまでに、直弥のスマホの魔改造ぶりを聞かされた。

 演算処理速度が格段に上がっていたり、よくわからない分析ソフトが入っていたりなど。耐久強度に関しては宇宙空間から地上に落としても壊れない、という話だった。


 「あはは……、そういった危険なことは何もないので安心してください」


 苦笑い気味にそう言う少女は、スマホの上でちょこんと正座し、膝の上に手を置いている。

 次に美友が「あ、そうだ」と口を開く。


 「孝司さんが急にこういうことしたのって、やっぱり直弥の、妹が欲しいっていう願いを聞いてあげたかった、ってことかな?」

 「はい、そうだと思います。わたしも詳しい経緯は聞いていませんが、博士はの頼みなら、きいてあげたいそうです」


 ぴくり。と、そこで直弥が少女の言葉に反応する。


 「そういう訳なので、わたしからもお兄ちゃんと仲良くできたらと——」


 「ちょっとまってくれ」

 「え……?」


 低い声を出し、急に雰囲気の変わった直弥に、少女が若干怯む。

 直弥は構わず続きを口にする。


 「その、お兄ちゃんって呼ぶのを、やめてくれないか」

 「え、あの…………」


 少女からは動揺のいろが見え始めた。


 「……もしかして、わたしが妹だと、お兄ちゃんは、嫌……ですか……?」


 少し俯きながら寂しそうに尋ねた。これほどの人間じみた反応なのに、人を投影している訳ではないというから驚きだ。

 直弥はさらに同じトーンで話を続ける。


 「いや、そういう訳じゃない。俺のことは——」


 そこで一拍おく直弥。少女は膝の上で拳を握りしめ、次の言葉を待つ。そして——



 「『兄様にいさま』って呼んでくれ!!!」


 「……………………え??」


 突然声を大にした直弥に、先ほどとは打って変わりキョトンとした顔になる少女。直弥はそのまま早口で語り始める。


 「たしかに『お兄ちゃん』という呼び方は広い範囲で相性をとれ、どんなキャラクターでも大抵が可愛く映る。が、しかし、それがそのキャラクターにとって一番とは限らない! 例えば君みたいに容姿は少し幼げなのに、口調が丁寧で、しっかりしていそうな子の場合は『兄様』呼びの方がズキュンとくる、なんてことはよくあることなんだ!」


 「え、えーと……」


 突然の高いテンションに、少女が困惑した声を漏らす。だが、直弥は止まらない。


「『にぃに』『おにぃ』『あに』他にも素敵な呼び方は沢山あるが、やはり君には『兄様』が〜〜——〜〜——」


 止まらないどころか、身振り手振りで話し続ける直弥を尻目に、「はぁ……、始まった……」とため息をつく美友。


 「ごめんね? 直弥こうなるとちょっと長いから……」

 「だ、大丈夫です…………」


 そんなこんなで直弥が落ち着くのを待った。




 数分後……。


 「ふぅぅ。という訳なんだ。分かってもらえたかな?」


 ようやく語り合えた直弥が、額の汗を袖で拭いながらそう問う。


 「は、はい……! 一言一句、正確に記録してあります……!」

 「よし、じゃあさっそく頼む」


 直弥は居住まいを正し、少女を促す。


 「ちょ、ちょっと恥ずかしいですね……」


 恥ずかしげに少女も、背筋を伸ばし、まっすぐ直弥の目を見つめる。そして、覚悟が決まったように口を開く。


 「兄さ——」

 「そういえば、まだ名前聞いてなかったよね?」


 ……………………。


 「おーーーーーい!! 美友!? 今のはわざと、遮っただろ?!」


 『兄様』呼びを中断され、一瞬固まった後に声を上げる直弥。


 「だって直弥、なんか目が本気そうで怖かったんだもん」

 「なんだよ、その理由!? そりゃ、いいところだったから本気の目にもなるって!」


 二人がいつも通りそんな言い合いをしていると、


 「ふふ、あはは。大丈夫ですよ、兄さま。ちゃんと『兄さま』って呼びますから」


 なんだか、おかしくて笑いながら直弥に呼びかける少女。一方、直弥は、


 「あーーー!? 大事な、ファースト『兄様』がさりげねえーーー!」


 と、残念そうな言葉を、どこか満足げに叫ぶのだった。

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