第3話 ……くる!

 キーンコーンカーンコーン。


 「ふぅ、やっと終わった」


 最後の授業が終了し、直弥なおやは息をつきながら帰りの準備を始める。昼休みの動揺した様子はすっかり消えていた。

 今日は、あとホームルームのみだ。

 と、そこで隣の席から朝と同様に声が掛かる。


 「ねえ、笠木かさぎ君」

 「ん、なんだ? 才城さいじょう


 直弥は才城の方を向きながら尋ねるが、当の才城は別の誰かに視線を向けている。それから一拍おいて口を開いた。


 「ミユになにかあったか知らない? 様子がちょっと変なのよ」


 どうやら、少し離れた席にいる美友みゆを見ていたようだ。


 「変って、何がだ?」

 「昼休憩から、なにか考え事をしているようなの。授業中もワタシ……、か、あなたの方を時々みている素振りもあったし」


 「どう思う?」というように直弥に顔を向ける才城。それに対し直弥は少し上に視線を向けながら考える。


 「うーん、全然心当たりがないな……。昼飯食ったあとだと、眠かったからな。それで気づかなかったのかも」

 「はぁ、まったく……。これだからあなたは」


 溜息をつき、目を伏せながら言う才城。

 直弥は再度口を開く。


 「変といえば才城も、今朝ちょっと様子が変だったような……」

 「べ、べつになんでもないと言ったでしょう……!」


 呆れていたところから一転、今度は目を見開いて少し動揺した様子でかえす才城。直弥は一拍おいて、はらのような無表情で告げる。


 「……それ、なんかあるやつの反応らしいぞ」

 「うう、うるさいわね!」


 などと話し合っていると、


 ガララ。

 「はーい、帰りのホームルームを始めますよー」


 どうやら先生が来たようだ。直弥は帰りの準備を再開しながら口を開く。


 「まあ放課後、美友の様子みとくよ」

 「…………ええ、そうしてちょうだい。幼馴染さん」






 放課後。時刻は四時半を回った程度だが、日が落ち始めたのがわかる程度には、空に橙色が混じっていた。


 (…………才城の言ってた通りだ。めっちゃ怪しい)


 直弥と美友は、いつも通り並んで下校していたが、その様子はいつも通りではなかった。

 美友はチラチラ直弥の顔を盗み見ているし、美友がそんなだから直弥も変な汗をかいていた。


 (今日俺、美友になんかしたっけ……? ケーキの話は喜んでたし、宿題教えてくれたのも別に何もなかったと思うが……)


 「ねぇ直弥」


 直弥が色々考えていると、美友の方から声をかけてきた。


 「お、おう。なんだ?」

 「直弥、私以外に幼馴染って、いる?」

 「え? いや、いないけど……」


 意図の読めない質問をされ、困惑する直弥。美友は「そっかぁ」とだけ返し、また何かを考えている様子。


 (なんだったんだ、今の質問……。ま、とりあえずストレートに聞いてみるか。もうすぐ公園近くだし)

 「なあ美友、ちょっと公園よってかないか」

 「え? いいけど……」


 考えをまとめて切り出した直弥に対して、美友はまだ何か悩んでいるように頷く。

 とぼとぼと二人で公園内に入っていき——


 「あ、にいちゃん!」

 「え?」


 公園に入ったところで小学校高学年くらいの男の子が、声をあげて走り寄ってきた。


 「いいところに来たぜ、にいちゃん!」

 「ああ、お前か。ちょっとぶりだな」

 「おうよっ!」


 直弥たちのところまで来た少年と、挨拶を交わす直弥。それをみて美友はポカンとしていたが、はっとした顔で口を開く。


 「え、直弥が人見知りしてない……?!」

 「おい。さすがにこんなガキ相手にキョドらないし、こいつとは初対面でもない。あと俺はそもそも人見知りじゃねぇ」


 真面目に驚いている美友に、直弥が少年との関係を説明する。


 「こいつ、近所に住んでて時々会うんだよ。そんで俺の超ハイスペックな特殊能力を知られる機会があって、それからちょくちょく絡んでくるんだ」


 微妙に鼻高々に説明する直弥に、「直弥、そんなにすごい特技あったっけ?」と首を傾げる美友。そこで、自分の説明を黙って聞いていた少年が口を開いた。


 「そうだよ! 今日も、にいちゃんの力を借りようと思って道で待ってたんだけど、ちょっと疲れたからこの公園で休んでたんだ」

 「はぁ。またか。俺にもやることがあるし、もうすぐ暗くもなってくるんだから、用が済んだら良い子じゃなくても帰れよ」

 「うーい! じゃあ、はいっ!」


 話が少しまとまったところで、少年は直弥にスマホを差し出してきた。直弥や美友がスマホを買ってもらったのは、高校入学前だが、最近では小学生でもスマホを持たせる親が増えてきているらしい。


 「直弥、なにするの?」


 直弥の能力というのが気になり、画面をのぞき込む美友。そこに映っていたのは……、


 「ゲーム?」

 「ああ。つっても俺の仕事はガチャを引くだけだけどな」


 頭にハテナマークをつくる美友。少年は期待と緊張をはらんだ声を直弥にかけた。


 「で、どうなんだ、にいちゃん。出そうか?」


 直弥は少年にも画面が見やすいようにしゃがみ、瞳を閉じながら口を開く。


 「……ああ。ピックアップかは分からんが、これは…………くる!!」


 クワっと目を見開いた直弥が、「10連」と書かれたアイコンを押し、続けて「まわす」と書かれた場所をタップした。

 すると、ソシャゲガチャ特有の演出が始まり、その後キャラクターが姿を現す。


 「おおー! にいちゃん来たぞーー! 実妹キャラのチサトちゃん、双剣タイプだーーー!!」


 跳ね上がりながら喜ぶ少年のスマホを片手に、ふうっと息を吐きながら額の汗を拭う素振りをする直弥。そんな二人を眺めながら美友は「あぁ、なるほど」と、昼休みに聞いていた直弥と原の会話を思い出していた。


 『あー。ナオヤ、妹キャラが出るかどうか、引く前に分かる謎の能力持ってたな。あっ、マイちゃん出た』


 そう。直弥が言っていた特殊能力とは、この妹センサーのことだった。ネタではなく本当に当たるようだ。

 ちなみにこの少年は妹キャラが特別好きというわけではなく、クラスで同じゲームをやっている友達に自慢したいのだとか、直弥は以前に聞いていた。

 目一杯よろこんでいた少年は、「あっ!」と言って直弥に笑顔を向ける。


 「サンキューな、にいちゃん!」

 「おう。ガチャ引いただけだけどな」

 「やっぱ、にいちゃんの妹センサーは頼りになるな!」

 「おまえこの前、『今回は俺が引いたら出ないっぽい』って言ったら、『つっかえねー』とか言ってたじゃねぇか」


 そんなやりとりをしながら直弥が十連ガチャの残りを回していると……、


 「えっ! にいちゃんこれもピックアップの、幼馴染キャラだぜ! すげー! ————ん? どうしたんだにいちゃん、なんだかすっげー怖い真顔になってるぜ」

 「えっ、いやいやそんなことねえよ。ニッコニコだよ」


 急にだらっと汗の出てきた直弥。変に繕った笑顔を見て「うへぇ」と少年が苦い物を食べたような声をあげる。

 そこで、二人のやり取りを黙って見ていた美友が口を開いた。


 「それー! それだよ直弥!」

 「「え?」」


 突然高らかに声を上げた美友に、二人の声がかぶった。


 「昼休みもそうだったけど、どうして幼馴染のキャラクターが出てくると様子がおかしくなるの!?」


 相手が怯んだ隙に一気に畳み掛けるような勢いで尋ねる美友。直弥も困惑した様子でかえす。


 「え、美友の様子がおかしかったのって、それが原因? っていうか見てたのか」

 「そうだけど、そうじゃなくて! 今は私の質問に答えて!」


 勢いの止まらない美友。それを少し引いたところから眺めていた少年は、小声で「あっ、俺用事済んだんで帰りまーす。にいちゃん、よく分からないけど頑張れよ!」と言い、スマホを受け取って去っていった。


 ガチャを引いたときのまま、しゃがんだ姿勢で美友を見上げる直弥は、なんとなく気まずげな顔。

 ごくりと唾液をのみ込んだ後、「とりあえずベンチにでも座ろう」と、声をかけるのだった。






 時刻は十七時過ぎ。はっきりと真っ赤になった太陽。美友の空色の髪にも夕日の色が混じっていた。

 公園のベンチに座った直弥と美友は、話の本題に入り始めた。


 「正直これは、美友相手が一番話しづらいことなんだが……」

 「いいから教えて。そんなこと言われたら、よけい気になるよ」

 「わ、わかった」


 直弥は若干うつむき気味に話し始める。


 「結論から言うと……、美友がいるからだな」

 「え」


 直弥の言葉に寂しそうな、悲しそうな顔になる美友。直弥は顔を上げて慌て気味に続ける。


 「あ、いや、美友がなにか悪いとかじゃなくてだな……。ほら、美友の前とかで幼馴染キャラについて語ったりしてたら、美友も嫌な気分になるかもだろ?だからなるべく喋らないようにしてたんだよ」


 直弥の弁解に少し元気になるが、それでもまだ寂しげな口調で美友が応える。


 「べつに、直弥がどんなキャラクターを好きでも、今さらなんとも思わないけど……」


 その口調に、少しほっとした直弥が明るめの声で再び口を開く。


 「というのが理由の二割」

 「すくない……!」


 直弥のボケるような言い方に、つい、いつも通りの声を出す美友。それをみて直弥は、満足げに、しかし少し恥ずかしげに声を大にして話を続ける。


 「まぁ、ようは恥ずかしいんだよ! 幼馴染がいるのに、幼馴染キャラに何かしら反応をしめして、もし美友の耳に入ったらと考えると……、なんか、ほら……、わかるだろ? 逆の立場で考えたらさぁ。だからなるべく何でもないようにしてたんだよ……」


 最初こそ勢いをつけて話していた直弥だが、だんだんと声が小さくなり顔も俯いてきて、若干いたたまれない様子になっていた。そんな直弥をみて、


 「……なーんだ」

 「え?」


 美友のあまりに普段通りな声に、顔を上げる直弥。


 「てっきり、私が直弥に何かしちゃって、幼馴染に悪い印象があるからだって思ったよ」

 「そ、そうだったのか。……じゃあさっきの、俺に美友以外の幼馴染はいるのかって質問は……?」

 「それは、いろいろ考えても全然見当がつかなかったから、私の知らない幼馴染がいて、その子に何かされたのかなーって」

 「な、なるほど?」


 納得したようなしていないような。そんな顔をした直弥に、美友はベンチから立ち上がって明るく声をかける。


 「さっ! 解決したことだし、帰ろっか! ケーキもあることだし」

 「…………ああ。そうだな!」


 ワンテンポ遅れて直弥も元気な声とともに立ち上がる。それからまた二人で帰り道を歩き始める。


 (そういえば、今の会話の内容だと直弥、妹に負けないくらい幼馴染も結構好きなんじゃ……)


 「まっ、どうせ俺、ほとんど妹関係のことしか考えてないから、美友もあんまり今の話は気にしなくていいぞ!」


 (…………まぁ、直弥はそうだよね)


 美友は、「あーはいはい」と、呆れまじりな、しかし微かに優しげな笑みで歩みを進めるのだった。


 と、そこで——


 ブー、ブー


 美友のスマホから通知音が聞こえてきた。


 「あれ? 孝司たかしさんからだ」

 「ん? 親父?」


 どうやら、今朝直弥がスマホを忘れて行ったため、代わりに美友から伝えて欲しいといった内容のメールらしい。


 「はい、直弥」


 スマホを受け取り、内容を確認する直弥。


 「どれどれ……。あー、今日また親父帰れないんだって」

 「あ、そうなんだ。じゃあケーキのお礼になにか夕食つくってこうか?」


 孝司は、仕事で家を空けることが度々あり、そういった時直弥はインスタント食品か外食で済ませるのだが、隣の家の美友が時々作りに来てくれることもあった。


 「いいのか? 助かる」

 「うん」


 今晩の夕食が美友の手料理に決定したところで、直弥は再びスマホ画面に目を向ける。


 「ええと、あとは……、ん?」

 「どうしたの? 直弥」

 「いやそれが、よく分からない内容が……」


 直弥は歯切れが悪そうに続きを口にする。


 「『妹と仲良くしろよ』だってさ……」

 「え? おじさん、再婚でもしたの?」

 「いや、そんなことはない……と思う。今朝、義妹つくるためにしてくれとは言ったけど」

 「なに言ってるのよ……」


 謎のメッセージにあれこれ話す二人。


 「まあ、たぶん数多くいる妹キャラ達を、みんな愛してやれってことだろ!」

 「それならそれでべつにいいけど……。それより、今は早く帰ってケーキ食べよっ!」

 「そうだな」


 そうして今日悩んだ事なんて、すっかり忘れて帰宅していく二人だった。






 ガチャッ。


 「ただいま〜」

 「おじゃまします」


 あれから間もなくして、二人は誰もいない笠木家に挨拶をしながら入る。


 「はあ〜、今日スマホ忘れたからとっととログインとか済ませちまおー」

 「直弥、ケーキも忘れないでよね」

 「あぁ、わかってるわかってる」


 会話をしながらリビングに入る。それから直弥がテーブルの上にある自分のスマホを見つけた。


 「あ、あったあっ……た……」


 しかし、直弥はテーブルに向かう途中で足を止めた。それを不思議に思った美友が問いかける。


 「どうしたの直弥? ……ん? スマホがどうかしたの?」


 いつになく真剣な眼差しでじっと自分のスマホを眺めている直弥につられて、美友もテーブル上をみる。すると——


 「!?」


 直弥のスマホ画面から光が出てきていた。

 大量の光ではない。

 そのスマホと変わらない程度の大きさの光だったが、普段見ることのない異質な光だった。

 まるで光のが、画面内ではなくスマホの上に映っているような……。

 直弥はまったく動かず、ただじっとスマホを見つめている。そしてふいに呟いた。



 「妹……」



 それは、「予感」という表現では弱く、「確信」というには馬鹿げた感覚だった。


 しかし、直弥にはその感覚に覚えがあった。

 今まで何度も。そして今日も、あの少年のスマホでガチャを引く時に感じたものだった。


 ただ、今まで感じてきたそれらとは比べ物にならない胸の高鳴りが、直弥の直感を「確信」にまで昇華させていた。


 みれば光はスマホの上で、徐々にその形状を変化させていた。

 そして——


 「女の子?」


 それまで口を閉じていた美友が、まだ動揺の抜けない声で口にした。


 今、直弥のスマホの上には、そのスマホほどに小さな女の子が、瞳を閉じて女の子座りしていた。


 可愛らしい顔立ちに、まだ幼さを残した控えめな体躯、なによりサイドで括られたエメラルドよりも綺麗に映る緑の髪が印象的だ。

 さらに一般的なものとは違う服装と相まって、どこか神秘的に映る。


 一瞬あっけに取られていると、彼女がパチパチと瞳を開けた。これまた髪同様に綺麗な瞳だ。


 その後、最初に口を開いたのは直弥だった。



 「……妹」



 先ほどと同様にそう呟いた、今度は美友と少女に聞こえる大きさで。それに少女がぴくりと反応する。そして、



 「はい! わたし、妹です!」



 とびっきりの明るい声だった。

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