第2話 学校

 合流した直弥なおや美友みゆは、高校へ向かう道を歩いていた。


 「なあ美友。現国、宿題出てただろ? 答え合わせのために美友の見せてくれね?」

 「またぁ? どうせ宿題やってなくて答え写す気でしょ」


 やれやれと肩をすくめる美友。


 「現国は四限目だったよね? それまでに教えてあげるからちゃんと考えて解きなさい!」

 「はーい」


 若干気だるげに返事をする直弥。それでも自分の時間を削って教えてくれるというのだから、有り難いとは感じていた。その後、直弥がふと思い出したように告げる。


 「そういえば昨日また親父が食材やら、なんやら持って帰ってきてさ。ケーキもあるみたいだから帰ったら美友も食べるか?」


 直弥の父、孝司たかしは働き先から色々持って帰ってくることがあった。孝司は、職業について詳しくは教えてくれないが、開発研究をしているということだけ直弥は聞いていた。採れたての野菜や、変な遊具などを持って帰ってくることがあるのが謎である。


 「え! 食べる食べる!」


 甘いもの好きな美友は、元気よく応えると少し興奮気味に歩を進める。


 「じゃあ今日は学校が終わったら家でケーキにするか。ところで話は変わるが、実は昨日妹もののゲームを——」

 「あ、もうこんな時間! 急がなきゃ!」


 直弥の話を遮って美友が歩みを早める。


 「あっ! ちょっと待てよー! まだそんなに時間やばくないだろー!?」


 急ぎ足になった美友を追って、直弥も少し駆け足になる。


 「だって直弥、妹の話になると長いんだもんー!」


 後ろを振り返りながら直弥に聞こえる程度に叫ぶ美友。

 そんなこんなで二人はいつもより少し早く学校に到着することになった。






 直弥と美友が通う学校、奉緑ほうろく高校は、共学で普通よりやや偏差値が高く、校舎は広めだが掃除の行き通った過ごしやすい学校だ。


 ガララ。

 「おはよー」

 「美友おはよ〜」「おはすー」


 美友が教室の扉を開けて中の友人たちに挨拶をしていた。少し早く学校に到着したが、それでも中に何人かはいたようだ。

 そんな中、直弥はそそくさと自分の席に向かう。


 (はぁ。新しいクラスになってもう一月経つのに、マジで知り合い少ないわー。友達できないわー。いや別に人見知りとかで出来ないわけじゃないけどね)


 などと机に教科書を入れながら考えているが、昔から父と香椎家と妹(ゲーム内)としか、ほとんどコミュニケーションをとってこなかった直弥。

 人見知りを拗らせたため、仲の良い友人は美友を除いて一人だけだった。


 「おはよう笠木かさぎ君。寂しそうね」


 嫌味風に声をかけてきたのは隣の席で、美友の友人、才城さいじょう未希みきだ。艶がある闇色の髪に、健康的な体躯、凛とした顔立ちが特徴的な女の子だ。直弥の数少ない、話をできる相手だが、唯一の友人というのはこの子のことではない。


 「お、おう才城、別に寂しくなんかねぇよ……。」

 「そう? でもまぁ、笠木君は隅でカサカサしている時が、一番ツヤツヤしているものね」

 「ゴキじゃんそれ!」


 淡々とした毒舌に声を上げる直弥。それに対して才城はまたも何事もないように続ける。


 「間違ったことは言っていないでしょう? あなた、お友達とひそひそ妹について語っている時が、一番楽しそうに見えるわよ?」

 「くっ、たしかにそうかもしれん。だけどもう少し声を抑えてくれ。俺が妹キャラ好きだと周りにバレてしまう。」


 直弥は少し焦ったように、小声でそう注意した。が、


 「何を言っているの? 周りはだいたい気づいてるわよ」

 「なに!?」


 直弥は、世間体を気にする方なので、学校では妹好きを大っぴらにしていなかった。だが、うまく隠せてはいなかったようだ。


 「何を今さら。あなた時々、『I love my sister 〇〇ー!』とか言ってキャラクターの名前を叫んだりしてるじゃない」

 「まじか……。俺、心で叫んでたはずなのに……。みんなの心にも届いてたなんて……」

 「どういう解釈よ……。」


 机の上で肘をつき、俯く直弥。

 それを見て呆れた声を出す才城だったが、今度は机の下で拳に少し力を入れ、一度唇を結んだ。


 何か大事な告白をするような緊張感を、漂わせ始める才城だったが、俯いている直弥には分からない。むしろ才城がこのタイミングに合わせて心の準備をしている様子だ。そして、彼女は意を結するように口を開いた。


 「ところで。あなたが前に話していた、【しすたーはぁと】というゲームなのだけど——」

 「おはよう、ナオヤ」


 と、才城が話し始めたところで、平坦な声ではら達茂たつしげが登校してきた。

 背が高く、細くも太くもない体格、そしていつも無表情なのが特徴の男子だ。この男こそが、ひそひそと妹について語り合っていた、直弥の唯一の男友達で、高校一年からの付き合いだ。


 「あ、おう。おはよう原」


 原の登場で、俯いていた直弥は顔を上げた。


 「聞いてくれ、原。俺たちが妹トークをしていたことが周りにバレていたらしいんだ……」

 「マジか。それはちょっと恥ずかしいな」

 「……」


 (全然恥ずかしそうに見えん。顔がぴくりとも反応してねぇ。っていうか俺、原のこれ以外の顔、見たことないぞ……。)


 言葉と表情があまりにも合っていないため、つい無言になる直弥。そこに、挨拶と授業の準備を済ませた美友がやって来た。


 「直弥ー、まだ時間あるから現国の宿題やるよー。あ、未希と原君、おはよう」

 「おはよう、ミユ」

 「あぁ、おはよう」


 三人が挨拶を交わすと、直弥が口を開く。


 「そういえば現国やるんだった。じゃあ美友、頼むな」

 「うん」


 と、そこで直弥が思い出したように、才城の方を向く。


 「そういえば、才城さっき何か言おうとしてなかったか?」

 「え」


 才城は一瞬焦ったようなの表情を見せた。が、すぐさまなんとも無い顔をし、黒板の方を向いてから口を開く。


 「……べつになにも。あなたはゴキ以下の男よ」

 「急になぜ!?」


 その後、直弥は美友に教わりながら無事宿題を終えた。






 昼休み。教室で直弥と原が一緒に昼食をとっている最中、二人でよくやっているソシャゲを開こうと、直弥がスマホをポケットから取り出そうとする。が、


 「スマホ……、家に忘れた……」


 朝、少し準備を急いだためにテーブルの上にスマホを忘れていたのだ。


 「え、気づくの遅くないか?」

 「移動教室とか体育とか、あと宿題するのとかで休み時間は忙しかったからスマホ触る機会なかったんだよ」

 「そういえばそうか。俺も学校きてから今はじめて触ったかも」


 スマホをいじりながら言う原。対して、直弥は頭を抱えていた。


 「今日までがピックアップの、SSR義妹のマイちゃんスク水verガチャ、おまえに引いてもらおうと思ってたのに……。俺が引いてもどうせ当たらないから……」

 「あー。ナオヤ、妹キャラが出るかどうか、引く前に分かる謎の能力持ってたな。あっ、マイちゃん出た」

 「そうなんだよ〜。そんで今回俺が引いたら絶対出ない感じがするんだよ〜。っていうか今、出たって言った?」


 常に無表情で反応も薄い原に、つい聞き返す直弥。それに対し、無表情のままスマホ画面をみせる原。


 「まじか! 羨ましすぎる! っていうか喜びが薄くねーか?」

 「いや、めっちゃ嬉しいけど」


 興奮気味の直弥にくらべて、やはり何も感じてなさそうに見える原だった。

 ちなみに妹キャラ好きが周りに知られていると知ったので、二人は通常の声量で話している。


 「あ、またSSR出た。」

 「すげー! このゲーム、レアの排出率低すぎて二枚引きとかリセマラ以来見たことねえぞ!」


 直弥はさらに興奮し、身を乗り出して画面をのぞき込んだ。


 「これは、幼馴染キャラのミライ、セーラー服verだな」

 「…………」

 「ん? どうしたナオヤ?」


 急に無言になった直弥に、原が声をかける。


 「えっ! べつに何にもねえよ?」

 「……」 


 明らかに動揺している直弥の目を、無言で見つめた後、再び原は口を開く。


 「ナオヤ。漫画やゲームだと、『なんでもない』は九割何かあるパターンだぞ」

 「……た、たしかに」


 (くっ、原の無表情の目がいつもより鋭く見えて普通に頷いてしてしまった……)


 などと考え、一人で勝手に焦っているが、そんなことは、つゆ知らずな原が続きを口にする。


 「まぁ、リアルでそんなベタなこと、ないだろうがな」

 「……あ、ああ、そうだな」


 そんなこんなで二人の昼休みは過ぎていく。


 誰かさんの幼馴染が、聞き耳を立てているとも知らずに……。


 (直弥、幼馴染ってワードが出た途端に様子がおかしくなってた……。少し暗い顔だったし。もしかして幼馴染に何か嫌な記憶でもあるのかな……。でも、直弥の幼馴染といえば私だよね? 特にこれといった心当たりないけど……)


 「美友ー」

 「えっ! な、なに!?」

 「ぼーっとして、箸も止まってたけど、どうしたの?」

 「い、いや〜なんでもないよ。あはは〜」


 クラスに考え深げな顔が二つ。そんな昼休みだった。

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