ボディがなくても妹です!

キャマ

第1話 プロローグ

 カチャカチャ……。もぐもぐ……。


 5月、桜は散り暑さが見え隠れし始めた平日の朝、笠木かさぎ家では黙々と朝食をとる音だけが響いていた。


 笠木家は高校二年の直弥なおやと、三十九歳社会人の孝司たかしが親子で二人暮らしをしている。二人とも朝に弱く、普段朝食時に会話はほとんどない。だが、この日はいつもとは違った。


 直弥は一度口に含んだものを飲み込むと、箸を丁寧にテーブルの上に置いた。

 何かを感じ取ったのか孝司も、箸は置かなかったが口の中をごくんと飲み込み直弥の動きを待った。


 それは大事な話が始まるような雰囲気で、しかし口調はまるでテーブル上の醤油をとってくれと言う程度の淡々とした調子で直弥は口を開いた。


 「親父、妹が欲しい」

 「急すぎる!」


 あまりの単刀直入すぎる申し出に孝司は思わず叫んでいた。しかし、その内容については、さほど驚いていなかった。孝司は、はぁと息をついて呆れた声を出す。


 「直弥ぁ、おまえまーた夜遅くまで妹もののゲームしてただろ。昨日かわいい声が響いてきてたぞ」

 「ん? 昨日は妹が六人出てくるゲームだったからなぁ、どの子の声だろう?」

 「それは別にどうでもいいわっ。それより急にどうしたんだ? 妹が欲しいだなんて」


 誰の声か真面目に考え出した直弥に対して、食事を再開しながら孝司がそう尋ねた。


 「別に急ってこともないんじゃね? 俺から出る話題八割が妹絡みだし、昔から妹ってどうやったらできるか聞いてたじゃん」

 「いやまぁ確かに昔はそうだったが、今はもう妹のでき方知ってるわけで、そうなると、もう直弥に妹が出来ないことは、おまえも知ってのとおりなんだが……」


 孝司の妻、直弥の母である笠木里湖さとこは、もともと身体が弱かったため、直弥を産んですぐに亡くなっていた。孝司は、息子を残してくれた母のために前向きに頑張っているし、直弥は母のことは顔写真と話に聞いている程度なので、里湖の話題で暗くなることはない。


 「昨日のゲームさぁ、六人中二人は実の妹じゃなかったんだよ。一人は親の再婚相手の娘で義妹、もう一人は妹分だったんだ」

 「妹分は妹じゃないだろ……」


 淡々と説明する直弥に、孝司が再び呆れた声を漏らす。そんな父を気にもせず直弥は続ける。


 「妹分づくりは昔チャレンジしたことがあるんだが、失敗したんだ」

 「チャレンジしたんだ!?」

 「ああ。だから親父——」


 一拍おいて、直弥はここ一週間で一番真剣な眼差しで告げた。


 「義妹つくるために再婚してくれ!」

 「不純!」


 間髪入れずに孝司がかえしたところで、少し離れたところから音がした。


 カチカチッ。ガチャッ。

 笠木家の玄関扉が開いた音だ。


 「お、美友みゆちゃんが来たんじゃないか、直弥」

 「やべっ、もうこんな時間だったのか!」


 直弥が慌てて朝食の残りを食べ始めると、足音がリビングに近づいてくる。


 「直弥ー、起きてるー?」


 明るい声でリビングに現れたのは制服姿の香椎かしい美友。腰あたりまで伸びた空色の髪に、スラっとした体躯、綺麗な瞳が特徴的な女の子で、直弥の幼馴染だ。


 直弥がよく寝坊するので、美友に家の合鍵を渡しておいて、寝ていた時は起こしてもらっているという、なんとも贅沢な話だが、家が隣同士で学校も同じということもあり美友は快く引き受けてくれている。


 「あ、おはよう直弥。孝司さんもおはようございます」


 二人を見つけると、明るく挨拶をする美友。それに孝司が返事をする。


 「おはよう美友ちゃん、いつもわるいねー」

 「いえ全然、好きで引き受けているので」


 美友が返すと、次は直弥が食事の手を少し緩めて口を開いた。


 「わるい美友、すぐ行くから先に外に出といてくれ」

 「わかった。それじゃ、孝司さん行ってきます」

 「うん、気をつけて」


 美友は小さくお辞儀すると、玄関に歩いていった。それから直弥も朝食を掻き込み出発の準備を済ませる。


 「それじゃ、行ってきます。あっ、さっきの再婚話、冗談だからな?」

 「あたりまえだっ。いってらっしゃい」


 そんな挨拶を交わした後、直弥は少し急ぎ足で玄関に向かった。



 一人残った孝司は、少し考え込む顔をして呟いた。


 「妹かぁ。直弥の頼みはなるべく聞いてやりたいが、再婚は無理だなぁ。……いや待てよ」


 孝司は何か閃いたような表情で固まりはじめた。数秒後、


 「まあ何にしろ、オレも早く出発するか。ってあいつスマホ忘れていってるじゃないか。やれやれ」


 それから、そそくさと家を出る準備をしはじめた。

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