第12話 二度目の遭遇

 優海の声に、柊也と継が揃ってすぐさま振り返る。


「優海さん、今の声が聞こえたの?」


 問い掛けたのは継だ。

 継の問いに、優海はやや困惑した表情を見せた。


「は、はい。でもお父さんは先月亡くなったから気のせいかも……」

「いや、それなら色々と納得がいく」


 言いながら、継は妖魔の方に顔を戻す。


「どういうことだよ」


 そんな継に、柊也が怪訝けげんそうな目を向けた。


「優海さんのお父さんが亡くなったのが先月。で、優海さんの周りで妖魔による心霊現象が起こり始めたのも先月。そして『普通の人間』であるはずの優海さんに妖魔の声が聞こえた。これがどういうことかわかるかい?」


 継の言葉を聞いて、柊也ははっとする。


「もしかしなくても、優海さんのお父さんと妖魔に何か関係があるってことか」

「そう。でも今はそんなことをゆっくり話してる場合じゃないね」


 改めて、継は妖魔を睨みつける。柊也も同じように妖魔を見据えた。


 妖魔はその場で、大きな身体をゆっくり左右に揺らしている。どうやらこちらの出方をうかがっているらしい。


 柊也は、昨日のことを振り返る。


 昨日会った時の妖魔は、一つもまともな言葉を発しなかった。それはたまたまだったのかもしれない。

 だが今目の前で話しているということは、現在においてはそれなりに知能を持った妖魔だと考えられる。


 たった一日で怪我を回復してきたうえに、今日は話ができるのだ。


(もう嫌な予感しかしねーよ……っ)


 柊也が小さく身震いした。

 その時である。


『今スグ優海カラ離レロ……!』


 また低い声が響く。


「……っ!」


 思わず後ずさりしそうになった柊也が、継の顔を見上げた。

 だが継は柊也の顔を見返すことなく、一歩前へと踏み出す。


「残念だけどそういうわけにはいかないんでね」


 よどみなく発せられた継の声は、挑戦的にも聞こえた。


 柊也からはその表情を窺うことは叶わなかったが、継のピンと伸びた背中は柊也を安心させるには十分なものだ。


(そうだ、継がいる。緋桜ひざくらだってあるんだから……)


 柊也の口元にわずかな笑みが浮かんだ。


 しかし、妖魔は特に怯むような様子を見せることはない。

 それどころか、


『タダ優海ヲ見守ッテイルダケナノニ邪魔ヲスルナ!』


 苛立たしそうな声がさらに大きくなった。


 それと共鳴するように、大気が震える。妖魔が闇の色をまとった翼を羽ばたかせると、昨日よりも激しい強風が巻き起こった。


「うわっ!」

「まずい!」


 たまらず柊也が腕で顔を覆って目を細めるのと、継が声を上げるのはほぼ同時だった。


 継の声に反応した柊也は、強風に全身をあおられながらもどうにか目を凝らす。

 狭い視界の中に映ったのは、これまでよりもずっと巨大に膨らんでいく闇の塊。


「何だよ、これ……! こんなの聞いてねーぞ……っ!」


 柊也は唸るような声を漏らしながらも、その後はただ黙って風が収まるのを待つことしかできなかった。

 おそらくそれは継も同じだっただろう。


 妖魔が段々と大きくなるにつれて、風は逆に弱くなっていく。


(まるで風を飲み込みながら大きくなってるみたいじゃねーか……っ!)


 そんな嫌な錯覚を覚えながら、柊也は舌打ちした。


 ようやく風が収まる。


 しっかりとまぶたを開いた柊也は、目の前の光景に愕然とした。


 これまではせいぜい二メートルくらいの大きさだったはずの妖魔が、何倍も大きくなっていたのだ。


「継……!」


 柊也が即座に、隣にいた継を見やる。継は険しい顔つきで、じっと妖魔を見つめていた。


 継に向けて、柊也がさらに言葉を掛けようとした時である。


「きゃあぁぁあ!」


 辺りに響いたのは優海の悲鳴だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る