第13話 狙われた柊也

 これまでとは一変した光景。

 夜闇に包まれた公園では、巨大化した妖魔が鋭い双眸そうぼうを柊也たち三人に向けていた。


「優海さん!」


 柊也は、悲鳴を上げその場に座り込んでしまった優海を反射的に後ろに庇う。


「何ですか、あれは……!?」


 両手で口を覆った優海が目を見開き、震えた声で問う。

 今の優海には妖魔の声だけでなく、姿も認識できているらしい。


「優海さんにも見えてるってことは、まさか実体化……っ!?」


 嘘だろ、と柊也が唇を噛んだ。


「よく覚えてたね。ちゃんと覚えてたのは偉いよ」


 その様子に、継は妖魔を見据えたまま、軽口を返してくる。


 いつもであれば、「馬鹿にすんじゃねーぞ!」と怒る柊也だが、今はそんな余裕などなかった。初めて目の当たりにした妖魔の実体化に、驚きを隠せない。


 きっと継の軽口も、そんな気持ちを紛らわすためのものだろう。


「実体化って確か、普通の人間にも見えるようになるだけじゃなくて、妖魔がもっと強くなるってことだったよなぁ!?」


 柊也が優海を不安にさせないよう、わざと声を張り上げる。自覚はないが、自身を鼓舞するためでもあったかもしれない。


 ただ、今この台詞を大声で口にするのはあまり良くなかったはずだ。「妖魔がもっと強くなる」などと言っては、優海が逆にもっと不安になるのではないかと、柊也は後から気づいた。


 そんな柊也の心中を察しているのかはわからないが、継は冷静に言葉を紡いだ。


「そうだよ。見えるようになるってことは、それだけの力を持ってしまったってことだからね。でも実体化したのは僕も初めて見たよ」


 通常の妖魔が持つ妖気はそれほど大きくはない。そのため、危険がまったくないわけではないが、浄化は比較的簡単とも言える。


 しかしまれにだが、何らかの要因で妖気が一気に膨れ上がることがある。

 その結果、普通の人間にも姿が見えるようになってしまうことを『実体化』と呼んでいるのだ。


 妖気の大きさと妖魔の強さは比例しているので、当然浄化しにくくなる。

 しかも、『実体化』した妖魔は負の力だけで動いているので、なおさらたちが悪い。


「マジかよ……。じゃあどうすんだ?」

「そうだね、柊也は昨日と同じく自分と優海さんを守って。君はまだ浄化ができないから僕がやるよ。鳥型で素早いからどこまでできるかわからないけど」

「……わかった」


 ごくりと喉を鳴らしながら、柊也が神妙な面持ちで頷く。すると助けを求めるかのように、優海が柊也のジーンズの裾を掴んだ。


 柊也が振り返ると、座り込んだ優海は小柄な身体をさらに小さくして、声もなく震えている。頭はもうすぐ地面につきそうなところにまで下がっていた。


 こんな化け物を前にして怖くないはずがないのだ。柊也だってまったく怖くないと言えば嘘になる。


(俺が優海さんをちゃんと守らないと。絶対に負けらんねー……っ!)


 柊也は、地面のアスファルトを踏みしめる両足に力を込めた。


「じゃあ、そっちは任せたからね」


 そう言って、継が緋桜ひざくらつかに手を掛けた時だ。


『……オ前、美味ウマソウナ匂イガスルナ……。オ前ヲ食エバ優海ヲモット、ズット守レルカモシレナイ……』


 妖魔が柊也の方に顔を向ける。真っ黒な塊の中に浮かぶ、不気味で赤い瞳。まっすぐ射貫いぬいてくる視線に、柊也の身体が金縛りにあったように動けなくなった。


「な……っ!?」


 妖魔から目を逸らすことができず、息を吞む。


 柊也の頬をひやりとした風が撫でたのと同時に、妖魔のまとっている妖気が一気に膨れ上がった。柊也は巨大な身体がさらに何倍にも大きくなったような錯覚に陥る。


 その時だ。


「柊也! いけない!」


 継が大きな声を上げ、柊也を勢いよく突き飛ばした。


「──っ!」


 柊也は数メートル離れた場所に、派手な音を立てて倒れ込む。その横を妖魔の腕が掠めたことには気づかなかった。


 慌てて上半身を起こした柊也が見たのは、炎を纏わないただの刀の姿をした緋桜で妖魔の太い腕を受け止めている継の姿。


「継!」


 咄嗟とっさに柊也の口から零れたのは、悲痛な叫びにも似た声だけである。

 けれどそれを耳にした継は、柊也の方に顔を向けると柔らかな笑みを浮かべた。


「僕を誰だと思ってるの。これくらい平気だって。……行くよ、緋桜」


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