第11話 柊也の不安

 昨日と同じく、夜の公園に人の気配はない。

 継が今日も自分たちがいるからと、公園を通って優海を家まで送っていくことにしたのだ。


 妖魔と出くわしてから丸一日が経っていたが、今のところは特に変わったことはない。それはありがたいことである。


『しばらくは怪我を癒すためにどこかに潜伏すると思うよ』


 柊也は継の言ったことを思い返していた。


(やっぱ、妖魔もどこかで怪我の回復を待ってるのか……?)


 もし本当にそうならば、まだしばらくは優海も含め、自分たちは安全なはずだ。


 そう思うが、


(でも、何かすっきりしないんだよな)


 なぜだかまだ落ち着かない気持ちを持て余し、一人で首を捻った。


 朝より昼、昼よりも夜と次第に募っていく不安のようなものは、まだ『何が』とまでははっきり言えない、漠然としたものである。


(くっそー! 俺には全然わかんねーよ!)


 頭の中で大きく叫ぶと、柊也はとうとう思考するのをやめた。


 こうなったら少々しゃくだが、継に聞いた方が早いとの結論に至る。

 これまでのことを振り返り、おそらく妖魔に関することだろうと考えたのである。


 継のことだから、「まったく、君はまだまだ勉強不足なんだよ」などと呆れ、笑いそうだ。

 それは容易に想像がつくし、想像しただけでもかなり腹が立つが、優海の安全を考えるとそんなことは言っていられない。


(今は継がどうこうより『祓い屋』の仕事をしねーと)


 柊也は自分に言い聞かせるように、頷いた。


『祓い屋』としての仕事には常に危険がつきまとう。

『何でも屋』の仕事でも危険なことはもちろんあるが、それは『祓い屋』の比ではないと継から教わっている。


 ゆえに、何かいつもと違うことを感じた場合は、お互いにできる限り情報を共有するべきだ、と言われていた。


(できれば頼りたくねーんだけど、今回は仕方ないか)


 いつの間にか少し前を歩いていた継の背中を眺めながら、柊也が諦めたように大きな息を吐く。


 きっと自分が黙っていても、遅かれ早かれ継は気づくだろう。

 そう思い、継の背に声を掛けようとした時だ。


「──止まって!」


 突然発せられた制止の声。


 柊也がびくりと肩を震わせ、足を止める。隣を歩いていた優海も同様に立ち止まった。

 柊也たちの前を遮るように広げられているのは、継の腕である。


「な、何だよ」


 予想もしていなかった継の行動に、柊也が思わず声を上げた。


「……あれ見て」


 継はわずかに振り返ると、顎で前方を指し示す。


 その時点で、柊也はすでに嫌な予感しかしなかった。

 恐る恐る、示された場所に目を凝らす。


 街灯の明かりで照らされている場所のはずなのに、なぜかそこには不自然に黒い影が落ちていた。


 影の正体に気づいた柊也が、思わず唸る。


「昨日の妖魔……っ!」


 逃げたはずの妖魔の姿がそこにあったのだ。


 ゆっくり腕を下ろした継の声は冷たいものだった。


「思ったよりずいぶん早く戻って来たね」

「何で……! もう怪我が治ったってのかよ!? しばらくは大丈夫じゃなかったのか!? おい継!」


 柊也はすぐさま継に駆け寄って、その肩を掴む。顔を覗き込むと、そこには険しい表情でまっすぐに妖魔を睨む継がいた。


「たった一日で回復するなんて、僕も思ってなかったよ。これはちょっとまずいかもしれないね」


 緊張の混じった声で、継が言う。


「まずいって何だよ!」

「普通の妖魔なら治るまで一週間くらいはかかる傷だったはずだ。それなのにもう治ってるなんて」

「じゃあ普通の妖魔じゃねーってことかよ!」


 柊也はさらに声を荒げた。


「まあ、簡単に言うとそうなるね。とにかく君は自分と優海さんを守って。そして昨日より警戒するように」

「わかった……っ!」


 継の真剣な言葉に柊也は息を呑み、しっかりと頷く。

 昨日と同じように、優海を背中に隠すようにして立った時だ。


『マタ昨日ノ奴ラカ……邪魔ヲスルナ……』


 地をうような低音が辺りに響いた。


 途端、柊也は背筋に冷たいものが走るのを感じ、目を見開く。


 しかし次の瞬間、


「この声、まさかお父さん!?」


 柊也の背後から聞こえたのは、優海の驚愕したような声だった。


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