1-10 次期美化委員長の推理はよく当たる

◇◇◇◇◇

 その日の放課後。一年生の教室前の廊下は、昼休みの時と打って変わって静かだった。人はほんの数人しか通らず、教室の中もがらんとしている。


「びっくりするぐらい、人いませんね」

「放課後は皆、部活の見学やら歓迎会やらに行くからね。昼のあの怒涛の勧誘活動は、それに向けての人集め」相変わらず白衣を制服の上から羽織った姿でまたもトングをカチカチ言わせながら、「そういえば」と隠岐は礼華を見た。


「あのあと、どうだった?」

「あのあと?」

「昼休み、君の教室で俺が事件解決したあと。近石くんたちから、ビラの束どんくらい貰った?」

「ああ、それなら」

 礼華は肩にかけていた鞄から分厚い紙の束を取り出した。彼の言う通り、あのあと近石たちから渡されたビラを鞄の中に入れていたのだ。


「おお、随分枚数多いね。有名人は大変だ」

「いや、別に有名人じゃ」

「ああうん、めんどくさいから変な謙遜は無しね」

 隠岐は手をひらひらと振り、返しに困って絶句した礼華を無視して続ける。

「あのね、君がどう思おうとも事実は変わんないんだよ。君は目立つ、目立つ奴はあっという間に噂になる、この時期目立ったり噂になる新入生には見物人と部活勧誘が殺到しやすい、この三段階が存在するのは事実だ。現に、君を目当てにひっきりなしに人が来るって、あの二人にも言われてたし……ってうわあ、史上最高に嫌そうな顔するね」

「……すみません、つい表情コントロールが」

 できるだけ表情に出ない様にしていたのだが、心情が滲み出てしまっていたらしい。礼華は頬をつねり、真顔に戻るべく顔に意識を集中させる。


「ま、上級生も新入生獲得に必死だからね。話題を集められる奴を入部させれば人寄せになるし、何せ皆学年名簿も持ってる。俺の時も人が殺到して大変だったよ、まあこのルックスじゃ仕方ないけど」

「それは……お疲れ様でした」

 やれやれと首を振る隠岐の姿に、礼華は思わず脱力する。薄々、いやかなり感じてはいたけれど、この隠岐と言う先輩はナルシストの気がどうも強いらしい。


「大変だった時のエピソード、聞く?」

「あ、いえ、遠慮しときます」礼華は即座に首を振った。話が長くなりそうな予感が、とてつもなくする。「それより先輩、そろそろ聞いてもいいですか」

「うん? 何を」

 何とか話を逸らさなければ。礼華は質問を繰り出すべく、慎重に口を開いた。


「先輩は、最初から分かってたんですか? 近石くんたちが、私の鞄を持っていた理由」

「ああ、その話ね。確証はなかったけど、可能性の一つとしては考えてたよ。確信したのは、君が『勧誘のビラは一枚も受け取ってない』って言った時」

 礼華の手からビラをひょいと取り上げ、隠岐は手持ち無沙汰にそれらをパラパラとめくりながら言葉を続ける。


「君も一緒に見てたと思うけど、初日からうちの高校の部活勧誘ってやばかったろ? 花道は作るわ手当たり次第にビラを渡すわ」

「……まあ、確かに大盛況でしたね」

 礼華は入学式初日の部活勧誘の光景を思い出し、眉間による皺を人差し指で押さえて伸ばした。

――ああ、どうして思いつかなかったんだろう。

 最初から、答えの光景は目にしていたのに。


「昼休みは上級生たちが一年生のクラスへ大量に部活勧誘に駆り出してきて、新入生が席に居なかったら居なかったで、確実に机の上とかにもビラを大量に置かれるはずなんだ。なのにどうして、君は――そう考えると、誰かが君の席に置かれたビラを持ってったってことになる」


 それは先ほど、礼華も自身の目で見たばかりだ。確かに一年生の教室の位置する階は部活や同好会勧誘のビラで溢れていて、空席の机やロッカーの上に置かれた荷物にまで、ビラが突っ込まれていた。


「そもそも部活勧誘のビラなんて、たとえ他の生徒の席に置かれたものを持ってったり盗んだりしたって何の意味もメリットもない。大量に刷られてるし、その辺に捨てるほど溢れてるしね。しかもあの衆人環視の中、一度他の生徒のために席に置かれたものを持っていくのは周りからの心象も悪い。となると、周りからも見咎められず、かつビラを持っていく理由はこうなるのが妥当だ」


 隠岐は空中でエア鞄を掲げる仕草と共に、芝居がかった調子でこう続けた。

「『須藤さんの鞄、ビラでやばいことになってる。床にまで落ちてるのもあるし、これじゃかわいそうだ』

『よし、綺麗に集めて後で本人に渡そう』

 ――こんな感じだったんじゃないかな。君が見た『自分の鞄を近石くんが持っていた』という光景は、君の鞄にビラが突っ込まれていないか、彼が確認してたときの姿だったわけだ」

 やたらとわざとらしい隠岐の一人芝居に突っ込みたい気持ちを抑え、礼華は「でも」と口を開く。


「そもそも、どうして鞄の上にビラが置かれることになったんでしょうか。机の上に置けば……あ」

 状況を思い出し、礼華は口ごもる。ここにきて、やっと思い当たったからだ。

「気づいた? そう、誰もビラを君の机の上には置けなかったんだ。近石くんたちが弁当を広げてたからね。流石に、人が真ん中に物を置いてたり、食べ物を食べている最中の机の上にビラは置けないだろ。なら、他に置けるところは机の横に掛かってる鞄の上くらいしかない」


「……いえ、でも」礼華は何とか反論を試みる。「昼休み中、ずっとお昼食べてるわけじゃないですよね」

「ずっとは食べてないと思うけど、そこからずっとどかないだろうとは思うよ」隠岐は少しも表情を変えずにすぐさま応えた。「近石くんについて、休み時間の度に誰かが席まで集まってくるって君も言ってたろ」


「不思議だけど、クラスの中心になる奴の匂いってなんとなくみんな嗅ぎ分けられるもんなんだよね。そういう人間の周りにはえてして人が集まりやすいし、実際彼の周りには人が集まる。何せ、今は人間関係の構築に一番大事な時期だし、彼と仲良くなれば、学校生活は安泰が見込まれる。そりゃ、囲まれもするだろうね。ずっと」

 随分穿った見方をしますねと喉まで出かかった言葉を、礼華は飲み込む。それが事実だと、痛いほどよく分かるからだ。


「ま、そんなわけで君の鞄の上に君宛てのビラが置かれることになったんだろう。一回誰かが置けば、もうその後はその勢いがなし崩しに発生する。前も言ったけど、上級生は新入生の席順を知ってるからね。『この子の鞄にはビラ置いていいんだ』って認識にもなって、鞄に積まれたり突っ込まれるビラはどんどん増えていく――その罪悪感もあっただろうね、近石くんには。自分がそこに居るせいで、そんな光景が出来上がってしまったんだから。だから、彼は君の鞄の上へごちゃごちゃに積まれたビラを整理して、君に渡そうとしてたんだ」

「……じゃあ、そもそも私の机に鞄がかかってなかった今日、彼の鞄が代わりにかかってたのは……」

「君に渡される、新歓のビラの受け皿にしてたんだろうね」

 ぐうの音も言えず、礼華は押し黙った。悔しいが、隠岐がいま言ったことは、先ほど近石や小野から謝罪と共に説明された事情と同じだったのだ。

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