1-8 情報は全部出揃った
その言葉に、礼華は思わず振り向いた。今の流れで、一体何が分かったと言うのか。
「なんで、君のクラスメイトが君の鞄を持ってたのか。情報はもうほとんど揃ってるから、ここまで来たらほぼ推測はできると思うよ」
推測できる、と言われても。今のやり取りから何を推測すれば良いのか、未だ皆目見当もつかない。礼華は「もしかして」と眉を顰めながら口を開いた。
「教室で、あの二人と何か話したりしました?」
「うん、でも残念。話したけど、会話自体は大したことない」
隠岐の言葉によると、彼が先ほど昼休みの始めに一年E組に到着した時には既に、近石が礼華の席に座り、小野と並びながら弁当を食べていたという。礼華が先刻述べたとおりだ。
「『須藤さんいる? 美化委員の仕事で呼びに来たんだけど』って聞いたら、確か近石くんがスマホ取り出しながら『多分ですけど、図書室だと思います。美化委員ってことなら、安田なら呼べますけど』って答えてくれてね」
「……なるほど、返しとしては普通ですね」
安田というのは、一年E組のもう一人の美化委員だ。ただでさえ席が遠い上に男子ということもあって、礼華はほぼ彼と話したことがない。委員会の時に「どうも、よろしく」と当たり障りのない挨拶を交わしたくらいだ。
「ま、そうだね。別に行き先なんて告げなくても、君が昼休みに行こうとしてた場所は、誰にでも分かっただろうし」隠岐が礼華の鞄を親指で指す。「昼休みに、次の授業とかにも関係ない複数の教科書やらノートを持って行く先なんて、図書室以外にそうそうない。だから君の居場所は容易に推測できるし、美化委員を探してるって言われたら普通『もう一人の美化委員も探してますか』ってなる。不審な点はどこにもない」
「はい」
礼華は渋々頷いた。彼の言う通りである。
「だから俺はこう答えた。『あ、大丈夫。今日は役職ありの人だけの仕事だから。須藤さんは書記だからね』って。で、『あ、そうなんですね』ってなって終わり。結局、小野くんと俺は何も話してないし、そのあとすぐ俺は図書室の前まで来た」
「……至って普通の会話ですね」
「だから言ったろ、『会話自体は大したことない』って。大事なのはここからだ。その時、おかしいと思った点が幾つかあってね」
「ええ……」礼華は思わずがっくりと肩を落とす。「せめて、それを先に話してください」
「まあまあ、物事には順番ってものがあるんだよ」
いったい何の順番だ。眉を顰める礼華を前に、隠岐はのんびりと渡り廊下のガラス壁にもたれかかった。
「まず一点目。さっき君のクラスに行った時、君はもう居なかったけど、君の机の横にはスクール鞄がかかってた」
「……はい?」
礼華は思わず、ぱっと顔を上げる。それは一体、どういうことだろう。
「念のためだけど、流石に同じデザインの鞄を二個は持ってきてないよね? 君」
「持ってきてないです」
「だよね。君の鞄は今、君が教室から持ち出して、そこに持ってる。だけど君の机には鞄がかかってた。変な話だと思わない?」
「ええ、確かに変な話です」礼華は目を細めながら頷いた。「教室に来た時点で、私が鞄を持ち出したのを知っているはずのない先輩が、どうしてそれを『おかしい』と思ったんですか?」
「話が早くて助かるよ」打てば響くように、すぐさま涼しい顔で、隠岐が返事を打ち返す。「それはね、君の左隣の席――つまり近石くんとやらの席に、鞄がかかってなかったからだ。本人はそこに居るのにね。そこが少し引っかかったまま、俺は教室を出て……ちょっと廊下からこっそり二人の様子を窺ってたら、これまた気になる会話を聞いたんだ」
――須藤さん、マジで大変だな。ひっきりなしに人来るじゃん。
――……まあ、それが嫌で図書室に避難してんじゃないの。
――だろうなあ……鞄持ってって、逆に良かったのかもな……。
――いい加減、落ち込むのやめろよ。ちゃんと事情話せば、須藤さんも分かってくれるって。その時、全部渡せばいいじゃん。
「てなわけで、あの二人と君の間に何かがあったんだろうなと思った。それで、君が鞄のことを口にした時に、『ああ、あの二人か』ってすぐに見当がついたのさ」
「……なるほど」
先ほど隠岐から六十五点だなんだと誤魔化された部分の回答をやっと得て、礼華は大きく息を吐いた。
「てことで、もう分かった?」
「え、情報これだけですか?」
「うん。え、まだ分かんない?」
隠岐が面白がるような表情と口調で、礼華の方を覗き込む。飄々としたその態度が、なんだか悔しい。
「……分かりません」
「そう。まだまだだね」
朗らかに笑うその姿は、高校生なのに普段から白衣というミスマッチな格好にも関わらず無駄に爽やかで、余計に腹立たしい。礼華が唇を噛みつつ、先ほどまでの隠岐との会話を思い返そうと床に目を落とすと、「さて」と隠岐が動き出す気配がした。
「ほら行くよ、須藤さん」
「え、行くって、あの」
すれ違い様に肩を叩かれ、礼華は動揺しながら顔を上げる。彼はどこへ、何をしに行こうというのだろう。
「証拠は押さえろって、さっき言わなかったっけ? 俺の考えが正しければ、ちょうど現場が見れると思うよ」
そう言って爽やかに、彼は小さく笑って見せた。
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