1-7 昼休み、鞄を持ち歩く生徒の謎②
「お」
隠岐は小さく呟いたのち、軽快に歩きつつ、ピュウと口笛を吹いた。割と高らかな音だったのもあって、通りすがりの生徒が何人かこちらを振り向く。礼華は動揺を抑え、真顔をなんとかキープした。
「本当にそうかな?」
「……すんごい棒読みですね」
「君の気のせいじゃないかな」
とぼけた顔で嘯き、肩を竦める隠岐。次に何を言えば良いのか分からなくなった礼華は無言で床に目を遣り、ついでに床に落ちていた紙を拾い上げた。紙は彼女にも見覚えのあるもので、入学が決まった生徒に配られる、学校生活に必要な持ち物リストだった。
「とりあえず聞いておこうか。なんでそう思ったの?」
ややあってから相手から繰り出されたわざとらしい棒読みのセリフに、礼華は身を起こしながら眉を顰める。
「……最初、図書室の前で会った時、先輩はこっちを見て『ほんとに居た』って言いましたよね。私がここに居るのを、誰かに事前に聞いたとみるのが妥当です」
「ふうん、なるほど」隠岐がトングをカチカチいわせ、歩き出しながら口角を上げた。「それだけ?」
「それだけじゃないです」言うと思った、と礼華は小走りに彼の後に着いて行きつつ続ける。「もう一つ、変な点が」
「へえ、言ってみてよ」
返ってきたのは、どこか揶揄うような響きの言葉。この人は人を煽らずにはいられない性分なのだろうか、と礼華はぼんやり思った。
「私はさっき、『クラスで私の隣の席の人たちが、私の鞄を持ってた』と言いましたよね」
「ああうん、言ってたね」
「それに対して、先輩は『小野くん』と『近石くん』の名前を挙げてました。クラス名簿から分かると言って。それは、確かにそうなんですが」
礼華は言葉を切り、隣を歩く隠岐の横顔を見上げる。
「そもそもなぜ、その二人だけだと分かったんですか?」
隠岐は無言のまま、面白がるような表情でこちらを見る。煽るようなその表情に少しムッとしつつ、礼華は畳み掛けた。
「私は『隣の席の人たち』と言っただけで、『二人』だとは言ってません。もしかしたら、もっと複数人だったかもしれないですよね」
「……うーん、なるほどね」
いつの間にか渡り切っていた渡り廊下の隅っこで、隠岐がぴたりと立ち止まる。そしてやおらに、彼は礼華が先ほど拾って持ったままだった紙を、その手からするりと取り上げた。
「なにこれ? 上履き、体育館履き、制服に体育着に白衣に分子模型、それから鞄に教科書と副教材……うん、当たり前の物しか書いてないね。つまんない」
「……そりゃ、新入生の持ち物リストですから」
「ええー、プレーリードッグの着ぐるみとかあればよかったのに」
彼の言葉につられ、人間サイズのプレーリードッグが、ぬっと仁王立ちしている姿が礼華の頭に浮かぶ。かなり不気味な光景だ。
「いや、そうじゃなくてですね」
礼華は頭を振りつつ、今思い浮かべた光景を追い出した。
「さっきの話なんですけど」
「うん、それね。六十五点」
「はい?」
ぽかんとする礼華の目の前で隠岐は白衣のポケットからビニール袋を取り出し、悠々と先刻拾ったチラシや紙をまとめてそこに入れた。恐らく量が多すぎて、待つのが面倒くさくなったのだろう。
「どういう意味ですか?」
「あ、ごめん言い忘れてた。百点満点中、六十五点ってこと」
会話が全く、噛み合っている気がしない。礼華が額に手を当てつつ、「あのですね」と言葉を絞り出しかけると、「さっき、君が挙げた根拠の話」と彼自身から補足が来た。
「可能性も見落としてるし、根拠も薄弱で言葉尻を捉えたものでしかない。それだけじゃ、俺が君の教室に行ってたってことの証明にはならないよ」
点数を付けられたのは気に食わないが、正直彼の言う通りだ。こじつけと取られてもおかしくない。
「ま、実際行ったんだけどね。君のクラス」
あっけらかんと言い放たれ、礼華は思わずずっこけかけた。
「やっぱり来てたんじゃないですか!」
「行ってないとは言ってないだろ」
すんと澄ました顔でそうぬけぬけと言い放った後、「ん?」と彼は小首を傾げる。
「あ、ごめん今のダジャレじゃないからね」
マイペースにも程がある。礼華は無言でくるりと踵を返し、先ほどまで歩いてきた道を戻り始めた。
「あれ、須藤さん?」
「帰ります。お手数おかけしました」
「え、もうすぐ謎は解けるのに?」
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