1-4 どうにもどうして詰めが甘い
悪い予感というのは当たるものだ。当たって欲しくもないというのに。
「あ、ほんとだ居た居た。昼休み入ってすぐに自習とか、よくやるね」
「……何ですか」
「何って、仕事。委員会の」
「え、今日委員会あるんですか?」
「いや、俺が自主的に単独で動いてるだけ。須藤さん暇でしょ、手伝ってくんない?」
高戸高校に礼華が入学してから四日目、月曜日のこと。ここ数日と同様、昼休みに図書室が開くのをその扉の前でぽつんと待っていた彼女の肩を叩いたのは、例の白衣の二年生だった。
二年E組、
それも、木曜から金曜の昼にかけては「白衣を着てひょっとこ面を被り、委員会説明をした変な先輩」として。
そして金曜の放課後に実施された委員会でその素顔を一年生の前にも晒してからは、「めちゃくちゃイケメンの先輩」として。
委員会説明会時は一年生全員が集められた多目的ホールの雛壇でお目見えしたため、確かに彼の言葉通り「前を向いてさえいれば誰でも分かる」状況であった上に、その特徴的な白衣姿(ひょっとこ面を被っていたとしても)から彼の委員会の特定は容易かった。
が、委員会で「なぜ説明会でお面を被っていたのか」との新入生からの質問に「俺の顔目当てで入られても困るから」と真顔で即答するような、ある種めんどくさそうな人間であることも同時に分かり。そのため礼華は、今後の対応に非常に悩むこととなっていた。
「えーと……他の人は」
「居ないよ、みんな部活とか同好会とか勧誘とかで忙しいし。困ったもんだよね」
困ったもんなのは礼華とて同じである。いま一年生(特に女子)間でもっぱら話題の、しかも歩いているだけで注目の的になる男の側を歩くのはひたすらに遠慮したい。
せっかく、部活勧誘の波と、物見遊山の生徒たちが教室へ来る前に図書室へと避難してきたというのに。一難去ってまた一難だ。
「……そうだ先輩、いま凄いんですよ。新入生の間で、先輩の噂がもの凄い勢いで広がってます」
苦し紛れに話を逸らそうと雑なボールを投げた礼華の話題に、「おー、どんな?」と彼は意外にも素直に乗ってきた。
「登下校中も白衣着てるとか」
「それは噂じゃなくて、単なる事実だね」
「よくトングを持って校内彷徨ってるとか」
「うん。ゴミ拾いに便利だからね、あれ」
「……渋谷に行ったら、一日に五回、芸能事務所からスカウトされたとか」
「惜しい、ちょっと違う。実際は七回だ」
「そうですか。そんな隠岐先輩なら幾らでもお手伝いは見つかると思うので、私はこれで」
事実、「次期委員長がそんなにイケメンなら美化委員になればよかった」なんて発言も聞こえてくる位なのだ。
金曜午後の委員会決めの時点ではまだ彼自身が「ひょっとこ面を被った白衣の変な先輩」としか認識されていなかった上に、その姿で「美化委員は結構忙しいんで、部活に打ち込みたい人にはオススメしません」などと言い放ったせいで皆、美化委員会を敬遠してしまったらしい。礼華としてはそのおかげで、委員に成るのに労力を要せずに済んだのだが。
「でも君、先週の金曜に書記に決まったじゃん。クジ引きで」
床に置いていた学生鞄をよいしょと持ち上げ、どさくさに紛れてその場を立ち去ろうとする礼華の鞄を、隠岐が片手で引き留める。涼しい顔をしているが、その力はかなり強い。
「……あの、いま書記関係なくないですか……?」
力強い引き留めにあった礼華はその場からの退散を諦め、肩を落としながら鞄をまた床に置いた。そして、制服のプリーツスカートのポケットに右手を突っ込んでその場に居直る。多少無礼に見えるかもしれないが、この際致し方ない。
「うちの委員会、書記は実質雑用係だよ?」
「初耳なんですが」
「いま初めて言ったからね」
色々と無茶苦茶だ。しかも。
「……そもそもの話なんですけど、そのクジ引き、仕込んでましたよね?」
「ええ、なにその冤罪」
「冤罪じゃないです」
礼華はあくまでも淡々とした調子を心掛けながら、しれっとした顔でしらばっくれる相手を、その形の良い三白眼で真っ直ぐに見据えて続けた。
「あの時先輩が箱から取り出したのは、二つ折りの紙でした。私が箱に入れたものと違います」
先週の話だ。例の白衣の先輩、つまり隠岐が次期美化委員長だと判り、礼華は狙い通り美化委員になった(ありがたいことに、女子は彼女一人しか手を挙げなかった)。
そして出席した、先週金曜の放課後、第一回目の委員会。彼女は不運にも、書記決めのクジ引きで、自分の名前が書かれた紙を彼に引かれてしまった――のだが。
「配られた紙に自分の名前書いて、自分から箱に入れる形式でしたよね。私、自分の紙をこっそり八つ折りにして箱に入れたんです」
できれば当たりたくなかったため、出来る限り表面積を減らそうとしたのだ。
にも関わらず、礼華の名前が書かれた二つ折りの紙が、当時彼の手によって引かれた。
「だから、確実に仕込みだと……」
「うーん、どうにも詰めが甘いんだよね」
どこか面白がるような口調で、言いかけた言葉を遮られる。予想外の発言に二の句が継げなくなった礼華へ、彼は更に畳み掛けてきた。
「個人的視点からの出来事の記述って、その視点の持ち主の主観も入るし、記憶の正確性も確保されないから、材料として不十分なんだよ」
突然何を、と怪訝な表情をする礼華を前に、彼は「要は証拠を押さえろってこと」と付け加える。
「……証拠」
「そう。君は二つミスをした。一つは『現場を押さえることも出来たのに、そうせずに今更事象を指摘してる』こと。もう一つは『クジ引きの時に出た後のゴミを回収しなかった』こと。だからほら、いまの君の言葉の正確性を支えてくれる客観的根拠が無くなっちゃった」
確かにこの件において、彼が挙げたような証拠は存在しない。ここで彼女が「確かに見た」と言い張っても、それは他者から見れば単なる主観。彼女自身が「信頼できない語り手」である可能性もあるため、彼女の発言の正しさはこの状況下では証明できないと彼は言っているのだ。
礼華としては、自分が見たものを嘘偽りなく述べているし、記憶力にも自信はあるので記憶違いもあり得ないと断言できる。そもそも礼華自身、嘘が大嫌いなのだから決して嘘はつかないと心底誓えるのだ。
が、いかんせん今は彼の言う通り、物理的証拠が何も無い。
「君は、クジ引きで『たまたま』美化委員会の雑用の役職になった。だから昼休み、次期委員長に仕事を手伝わされていても何もおかしくない」
証拠など無いのを判っていて、彼はこのまましらばっくれる気なのだ。なんて性格だと礼華が遠い目をしていると、彼は彼女にとって聞き捨てならないセリフを続けた。
「ま、仕事って言ってもゴミとか落とし物収集だし、ついでに道すがらなんでも質問していいよ。この前君が知りたがってたことにもまだ答えてないし、君が今、わざわざ昼休みに学生鞄を持ってうろついてる原因も、俺なら解決できる」
「……え?」
思いがけぬ言葉に、礼華は思わず硬直した。
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