1-3 嫌な予感がひしひしと
◇◇◇◇◇
「愛想がない」、「可愛げがない」、「気が強そうで絡みづらい」。そんな言葉は言われ慣れている。
このままだとこれからも言われるだろうな、などと他人事のように考えながら、礼華は足早に図書室へと向かっていた。
時刻は入学式の翌日の木曜、昼休み。目には四角い黒縁の伊達メガネ、手には新品のノートと使い込まれた教科書。出来るだけ人の少ないはずの廊下を選んで歩いてはいるけれど、流石に昼休憩に入ったばかりとあって、そこそこ何処にでも人は居た。途中、すれ違い様に凝視される気配や振り返られる気配を感じて冷や汗を流しつつ、なんとか図書室の扉の前まで来たのだが。
「……あれ?」
扉には、鍵が掛かっていた。
平日の図書室には休館日というものは無く、昼休みも開いていると聞いていたので、恐らく当番の図書委員が昼休みに来て鍵を開ける運営なのだろう。
腕時計を見れば、まだ昼休みに入ってから五分も経っていない。流石に来るのが早すぎたかと思いつつ礼華がぼんやり立ち尽くしていると、背後からバタバタと慌ただしく走り寄る音が聞こえてきた。
「わ、もう来てたごめんごめん! すぐ開け――」
礼華が振り返ると同時に、物音の主の声が途切れる。
色白で、おっとりとした印象を与える柔らかな目元が印象的な、小柄な女生徒。走ってきた余韻でその艶やかなポニーテールを揺らしながら、彼女は手に持っていた鍵を掲げたまま、その場にぴたりと立ち止まった。
「えー、おう、ものすんごい美人……マジか……」
何やらぶつぶつ言いながら、彼女の視線はきょどきょどと忙しなく動く。
「え、あの、先輩……?」
「あ、ごめんね。図書室だよね、開ける開ける!」
足元の上履きの青いラインから相手は二年生だと見た礼華が恐々声を掛けると、彼女はこくこくと頷きつつ、図書室の扉を開けてくれた。
「どうぞ、入って入って」
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと一礼し、礼華は図書室の中へと足を踏み入れる。
「わ、すごい本の数……」
県内でもトップクラスの図書蔵書数を誇る高校だけあって、図書室の広さは相当だった。六人掛けのテーブルがざっと見ただけでも十五ほど。本が両側にぎっしり詰まった本棚が立ち並ぶのみならず、壁全てが本棚になっており、そこにも本が納められている。
「四万五千冊以上あるらしいからね。もの凄い冊数だよねえ」
のほほんとした調子で言いつつ図書室の灯りを付け、先ほど扉を開けてくれた先輩は礼華の隣に並んだ。
「にしても、新入生の子がよく一発でここに辿り着けたね。この時間に来れたってことは、迷わず来れたってことでしょう? 道、分かりにくくなかった?」
「あ、ええと、さっき午前中に校内案内のオリエンテーションがあったばっかりだったので、なんとか」
にこにこと屈託のない調子で話しかけてくる先輩相手に、礼華の肩の力も徐々に抜けていく。
――この人は多分、良い人そう。
そもそも、昼休みのほぼ頭の方から図書室の鍵を開けに来ると言うことは、貴重な昼ご飯タイムを授業の合間合間の短い休み時間での早弁で済ませているということだ(図書室が飲食禁止ということは、午前中のオリエンテーションで聞いたばかりだった)。
昼休みに図書室へ訪れる生徒のために、自分の弁当タイムを犠牲にして急いで鍵を開けに来る。善性が備わっていないと出来ない所業だ。
「あの、すみませんでした。多分来るのが早すぎたかも……図書室って大体、何時頃に開くんですか?」
「ええとね、昼休み始まってから十五分後とかが多いかな」部屋の壁掛け時計を見上げ、「あ、でも」とその先輩は続けた。
「今週は私が当番だから、明日からも今日と同じくらいの時間に開けに来るの。だから、待たなくて大丈夫」
そして、またにっこりと彼女は微笑む。
その微笑みはまさに天使のよう。「本当ですか、ありがとうございます」と深々と合掌しながら頭を起こしかけたところで、礼華ははたと気づいた。
「……あの、今更なんですけど、ひょっとして先輩……図書委員長さんですか?」
「あれ、よく分かったね? ……って言っても、実のところはまだ『次期委員長』ってだけなんだけど」
はにかみながら頬をかく彼女に「次期?」と礼華が聞き返すと、彼女は「そう」と人差し指を一本立てた。
「この高校、一応進学校ってことになってるじゃない? 受験に配慮して、学期の前期後期と委員会の役職の任期がズレてるんだよね。委員長の任期、本当は七月からなの」
「な、なるほど」
そこで三年生は退任して、受験勉強に集中するというわけだ。
「後任の方はもう任命されていて、時期だけズレてるってことですか?」
「そうそう。ま、早い話が引き継ぎ期間ってとこかな」
礼華は話を聞きつつ、手元の教科書の束と一緒に持っていた今日の時間割をちらりと見遣る。
今日の午後は新入生への委員会説明と、校内オリエンテーションの続きが予定されていた。
「……すごく、嫌な予感がする」
「ん?」
「あ、いえ、あの、ということは今日の午後、次期委員長の先輩方が委員会説明をするのかなと」
――欠伸が出るほど簡単だよ、君が前を見てさえいれば確実に分かる。
昨日、謎の白衣の先輩はそう言っていなかったか。
「そうなんだよねえ、どうにか無事終わると良いんだけど」
礼華の言葉に、次期図書委員長の先輩はどこか遠い目をした。確実に何かありそうな口ぶりだ。
「な、何かあるんですか……?」
「ああうん、ちょっとね、次期委員長の中に独特な奴がいるから……あ、でも悪い奴じゃないから大丈夫! ま、何かあっても生暖かい目で見てやって。この高校、変人もそこそこいるからさ」
どうにも不穏な言葉を残し、気さくな先輩は「じゃ、自習頑張って。また後でね!」とひらりと手を振り、図書室のカウンターの中へと入って行ってしまった。
完全に、悪い予感しかしない。
痛み始めた頭を抱えつつ、礼華はこそこそと図書室の隅で自習道具を広げるのだった。
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