第30話 自分らしくあるために自分を好きになる

 美しい女性の体を手に入れた男は、その体を返さないと抵抗しようとして逃げようとしたので、捕まえて、ドラッグストアで買っていた洗濯ロープで女性の体を縛り上げた。体力は女性の体だから、逃げてもすぐに捕まえる事が出来た。それでもまだ返さないと抵抗しながら、


「こんなに美人の体を縛ったらお前らは悪者になるぞ。」

 と見た目だけ美人女性の野郎が話すので、


「大丈夫、女装した男性を女子高校生の二人で捕まえているだけだから。」

 彼はメルや周囲の人間からはただの女装おじさんに見えているはずだし、なんの問題もないよ?と話した。


「今の僕は女性だ、だって、全身の感覚は女だぞ。」

 未だにそう勘違いしている奴に俺は、


「メルにはそこの人がどう見えているの?」と隣のメルに尋ねると、


「女性の服を着る、細身の痛いおじさんにしか見えないよ?ねえ、紗良ちゃん、気持ち悪いし、警察に突きだそうよ~。」

 メルには美人女性とは見えていないらしく、終始キモいと言い続けている。


「ウルサイ!声も、顔も、体も、女だよ。」

 と言い続けるおじさんに嫌気が差したため、


 俺は、近くの細身のおじさんを呼び止めて、おじさんになりたいと体を交換したあと、

 

「返すよ、おじさんの体を…。」と奴に笑みを浮かべながら告げた。

 

 そして奴の美人女性の見た目を奪うと紗良になって貰ったおじさんと再び、交換して紗良の体を返してもらい、近くにいた細身のおじさんは美人女性の姿のまま、そこを立ち去って貰う事にした。


「ようやく、私はおじさんの見た目と話せるよ。女装しているから、少しだけ話しづらいけど…。」

 そう言って、本当にただの女装おじさんに変えてしまった。


「返せ!僕の体を!」と言ったので、思いっきり蹴り飛ばしたあと、


「いい加減にしなよ…。この町のいろんな人の迷惑をかけたんだよ?でもね…、この町の人はほとんど、無意識では、誰かになりたいとか、言ってなかったよ?それは痛みを誰かに変わって欲しいとか、子供が、早く大きくなりたいとかはあったけど…、それでも…自分の姿を、自分を認めて精一杯生きているんだ。」


 彼に諦めて再度、元に戻せと言って説得したのだが、


「僕はまた、誰かの体を手に入れるぞ。お前の体でも構わないな。」


 まったく取り合わないおじさんに嫌気が差していると、道の向こうから、ケルベロスを連れたチャラいお兄さんが歩いてきた。


(あっ、ワンちゃんのエサの時間だ…。)


「どもども、紗良ちゃん。迷惑掛けたけど、もう良いよ~。帰っても。」

 チャラ神様のケルベロスがお腹を鳴らしていたので、


「帰りますけど、全員を元に戻してあげてくださいね。」


 彼にお願いすると、この町の人間は元通りにするからと言ってくれたので、メルに帰ろうと告げて、人間の捕食シーンを見たくない俺はメルを連れてその場を去った。


(体を交換された記憶は残っていないから、それだけが救いだな…。)


「ねえ、紗良ちゃんはなんで、色々と見えたり、覚えてたりするのかな~。メルは忘れちゃうのに…。」


 同じく世界を行き来している者でも記憶を覚えていたり、忘れたりする事を疑問に思うメルに聞かれたため、


「メルはどんな神様に手伝いを頼まれてるんだ?」


 死神が見える俺は死神派なんだろうが、メルにこうして指示を送る神様が誰なんだろうと思い、彼女に尋ねると、


「う~ん、分かんないんだよ。誰かがスマホに情報をくれるんだ~。」

 

 メルがスマホを見せてくれると、宛先が分からない相手からSNSのメッセージにURLが添付されている。そこにいつもの情報が送られてくるらしい…。


(メルは知らない相手からの依頼を受けて、自身が楽しんでこう言う事に首を突っ込んでいる。終わればほとんどの記憶が失われるのに…。)


 その誰かさんはメルの性格を知り尽くして、利用している。覚えていなくても楽しければそれでいい。こんなに都合の良い相手はいないから…。



 町の広場でメルと待っていると、


「紗良ちゃん、終わったよ~。この町の人間をみ~んな、元に戻しておいたからね~。あとは、三河に処理させるから、じゃあね~。」

 チャラ神様はケルベロスを連れて去っていった。


 帰ろうと駅の近くを歩いていると、いつの間にか町に来ていた、三河さんが記憶の誤差を修正しているようだった。体を変えられた事で起きた事を古くさい変なノートで書き入れる事で色々な誤差を修正している。


(陵の思い込んでいた俺が本物の紗良の魂だと分かった時に性格を補正したり、メルたちの記憶を補正した時のノートだ。)


「終わりましたよ。あっ、猪狩さんの魂の再生も終わったんで、人格を元に戻しておきましたから、家でお腹が痛いとか言っていましたし、あとで自宅に行って、お確かめくださいね。では、失礼します。」


 陵の魂も元に戻したと告げて、三河さんは去っていった。


(また、成仏されると困るから、メルを送るついでに見に行ってやるか…。)


 そして、駅に向かう所で、女性物の服を着た陵がスーパーマーケットから出てきた。そして、何やら…30代くらいの男性と話している。


(あれ?陵の体がいる。元に戻っていないんだけど…。)


「あら、あなた。今日は早いのね。一緒に帰る?」


 体は陵だが、中身はメルと体を交換していた女の子の母親なので、その男性は女性の夫だろうか、二人で仲良く手を繋いで家へ帰るのだろう…。


「紗良ちゃん、いくらタイプだからって妻のいる男性をガン見しちゃあダメだよ?もっと健全な恋をしようよ?」

 

 陵の体の女性を見ていただけだが、その隣の男性を見ていると勘違いされたので、あれはメルと遊んでいた女の子の母親だろ?って、陵を指差すと、


「メルが好きな人間以外に興味あると思うの?家族と学校の人以外の顔なんて覚えるわけ無いじゃん。」


 メルは人の顔を覚えないタイプらしい…。紗良を認識していると言う事は好かれてはいるようだ。


(そんな事より、陵の体だ。)


「おい!三河!出てこい!陵の体が元に戻せて無いぞ!」

 陵の体が戻っていないと叫ぶと、


「紗良ちゃん!突然、こんな所で騒がないでよ!恥ずかしいじゃん。」


 メルに注意されたが、俺はあの仕事が出来なさすぎるポンコツが戻ってくるまで出てこいと叫び続けていた。

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