24歳 3

  『今週の金曜日、また飲まない?』

一人暮らしの狭いソファーでだらけていたとき、ひなたからメッセージが来ていることに気がついた。あの日の明けた朝、僕たちが駅で別れるとき、彼女は連絡先を僕に渡してきた。そして、また会おうね、と言うと改札の先へと消えていった。それから今日まで、彼女は僕との連絡を途切れさせることはなかったのだ。僕はトークを開いて、もちろん、とだけ返す。すぐに既読がついた。


 僕たちはまた、あの駅の同じ居酒屋で飲んでいた。ひなたはまたカシスのリキュールを手に持っていた。まだほとんど減っていない。

「優くんはさ、今って恋人とかいるの?」

彼女は僕の方を向いたまま、だけど僕と目線は合わせずそう言った。彼女の頬はカシスと同じ色に染まっていた。

「ううん。今はいないよ。社会人になってからは、ずっとひとり」

僕はそんな寂しい身の上を笑ってみせる。彼女はグラスに軽く口をつけた。

「大学まではいたんだ」

「うん、まあ、一応」

「何人?」

「三人、だね」

優くんはモテるね、と彼女は笑う。眉を少し下げて、困ったような笑い方だった。その、三人の女性のことがふと頭に浮かんだ。

 一人目は、二年生のときに付き合った同級生の子。三ヶ月で別れた。

 二人目は、一個下のサークルの後輩だった。この子とも確か三ヶ月。

 三人目は、先輩に紹介してもらった社会人の女性。年は三個離れていた。この人とは、そこそこ長く続いた。一年ほどだった気がする。でも、結局は振られてしまった。「きっとあなたが見ているのは、私じゃないのよね」。その時に言われた言葉を、なぜだか酷く鮮明に覚えている。あのときも、今も、その言葉の真意はわからない。

 三人の女性と付き合っても、僕は結局長続きさせることができなかった。今思えば僕は、彼女たちと本当の恋愛すらできていなかったように感じる。上辺をなぞるような、恋愛の真似事ばかりしていた。つまるところ僕は、恋愛に向いていないのだ。そんなネガティブな結論を呑み込むように、僕はグラスを呷る。

「ひなたは?彼氏いるの?」

僕は聞き返した。でも正直、その答えは分かりきっていた。

「ううん、いないよ。今は」

やはりその答えは予想通りだった。最後の言葉を除いて。

「今は」

「うん。大学生のとき先輩と付き合ってた。二年間。でも卒業と同時に振られちゃった」

彼女は気恥ずかしさを隠すように笑みを作る。そのあとの僕たちのテーブルには沈黙が降りた。


 終電が過ぎて、僕はまたひなたと身体を重ねていた。ベージュのジャケットも、ワイシャツも、タイトスカートもタイツも、もう僕たちの間には存在していなかった。熱を持ったお互いの素肌が触れあって、身体の境界線が融けあったころ、僕は彼女の腰に手を回して、そこにある最後の布を脱がした。彼女は腰を浮かしてそれに応えたあと、不思議そうに僕の顔を見つめた。

「ブラは?脱がさないの?」

そう言って彼女は、胸元の淡い青色をしたブラジャーの肩紐を軽く引っ張って見せた。僕は前も、それだけは脱がさなかった。

「全部脱がさない方が好みなんだよ」

僕はとっさに嘯く。彼女は一瞬怪訝そうな表情をしていたけれど、すぐ「変なの」と笑ってみせた。僕はその反応に安心した。彼女にキスをする。

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