17歳 2
僕たちはあの日、連絡先を交換しなかった。それでも今になってみれば、僕たちにとってそんなの不要だったのだろう。次の日から、ひなたは放課後の音楽室にいた。示し合わさずとも、僕たちは集まっていたのだ。僕が先に着いたときには僕はギターを弾いていて、彼女が先に着いたときには彼女は歌を歌っている。そしてふたりとも準備ができたら、自然とセッションが始まった。僕が作った曲を試しに歌ってみて、その後に彼女が僕より上手く僕の歌を消化する。僕たちの関係は、出会ったあの日からその先までずっと、それが全てだった。僕が自己満足に作った歌を、彼女が消費する。僕は、上手な彼女に歌ってもらうことで自身の感情を発散できた。彼女は、僕の不完全な歌を完成させることで表現欲を満たしていた。僕たちのこの関係には、そんな程よい距離感が保たれていた。どこまでいってもひなたはあちら側にいて、僕はそこには立ち入らなかった。僕の世界と彼女の世界とを、僕の曲と彼女の歌だけが媒介していた。僕がその媒介となって彼女の世界に立ち入ろうという気持ちには、なぜだかならなかった。少なくとも彼女の世界に閉じられて生きている彼女は、僕には美しく見えた。
「ねえ、私たちでこれに出てみない?」
それから一ヶ月ほど経った日、彼女は一枚のチラシを持って僕にそう言った。音楽室の窓には梅雨の水滴が垂れて、その背景には鈍い色の空が広がっていた。
「全国高校軽音楽大会、か」
「そう。軽音楽っていっても、必ずしもバンドの形じゃなくてもいいみたい。それでここ見てよ。カバー曲部門の他に、オリジナル曲部門の審査もあるんだって。音源送って一次審査に通れば、結構大きなホールで県予選に出られるらしいの」
ひなたは少し興奮気味にそう言った。僕もこの大会の存在自体は知っていたのだ。でも、彼女がこういったものに興味を示すとは思わなかった。
「少し意外だね」
「え?何が」
「君が、自分の歌を披露することに興味を示したこと。君は僕の曲を表現するだけで、満足しているように見えたから」
彼女は僕の言葉を聞いて、ああ、とだけ溢した。僕の疑問の理由に納得したらしい。
「私、将来音楽の道に進みたいの。だから、人前で歌う経験を積んでおきたい」
彼女は自分の夢に恥ずかしがる様子もなく、真っ直ぐな瞳のままそう答えた。僕は思わず笑みがこぼれる。ああ、どこまでも彼女らしい。きっと、彼女の世界は生涯、他の誰のための余地も作らないのだろう。僕は頷いた。
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