第108話 きっとどこかで

 郁海や若葉達が監督に連れてこられたあの日から二ヶ月ほど経て、新入生候補達が高校のチームの練習に参加するようになった。入学するまでは週に二回程度、練習にやってくる新一年生たちの姿が初々しく、いや、正直に言うと余り初々しくは見えなかったが、彼女たちが来るととても賑やかに感じた。

 その頃にはもう三年生はいない。卒業して進学先へ行ってしまっているから、今までの二年生、つまりは未冬のひとつ上の学年が主体となる。

「入学式の日の勧誘は、未冬がスピーチな。」

 新しいキャプテンが名指しで指示をすると、思わず未冬は悲鳴を上げた。

「げっ」

 露骨に嫌な顔をする後輩を見て、先輩たちが笑った。新しいキャプテンが特に未冬を目の敵にしているわけではない。だが、レギュラーを取れない先輩たちは未冬を嫌っていることを察していた。

 舌打ちの一つもしたいと思ったけれど、それは堪える。

「わかりました。」

 例年のスピーチの原稿を貸してもらえるようにキャプテンに頼むと、顧問の先生が職員室で保管していると教えてくれた。

 わかっている。本当の実力者は姑息ないじめなどやらない。だからキャプテンやスタメンの先輩たちは下らない嫌がらせはしてこない。するのは実力で試合に出ることが叶わない人だ。そんな連中は、たとえ目上であっても未冬のライバルではない。



 そして4月の最初の土曜日には、多くの高校で入学式が行われた。

 校門そばにある桜は満開を過ぎ、散るばかりとなって、真新しい新入生たちの制服の上に降り注ぐ。保護者と共に校門を通っていく初々しい姿を、在校生たちが校庭の方から遠く見守る。校門の外にある最近完成したばかりの大きなマンションが目を引いた。あそこから出てくる家族もいるのかもしれないなどと思いながら。

 昨年は未冬もあの校門を両親と共に通った。口うるさい父親と、のんびりした母親とが珍しくも緊張していたように見えた。そんな両親を見て入学する本人の方が妙に冷静だったような覚えがある。入学式よりも、その後の入寮式と部活の練習のほうが気にかかっていた。練習着の発注が当日に間に合わず、自分だけが中学のジャージで出なくてはいけないのが嫌で気が重かった覚えがある。

 朝練を済ませた未冬たち新二年生も、校庭から教室へを足を運ぶ。始業式は終わっているが、一度教室へ戻りホームルームに出なくてはならない。

 気持ちのいい晴れの日が入学式で良かった。制服に袖を通し、青い空を見上げる。この大空の下、どこかの進学校で、夏南も入学式を迎えているのだろうか。

 結局今になっても彼女の進路を知ることも出来ず、また連絡を取る勇気を持つことも出来なかった未冬は、なんとも情けない顔でため息をついた。


 

 


 

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