第74話 触発

 その声は郁海だった。

 なんて挑発的なことを言い出すんだろう。エースストライカーの未冬に、学年が上の未冬に。かつての得点女王である未冬に対して、挑戦とさえ言える言葉だ。

 それに対して聞こえないふりが出来るほど未冬も大人ではない。

「・・・あたしは素直に後輩の初ゴールを祝福してるんだけど?」

「先輩は今日、未だノーゴールですもんね?」

 タオルを首に巻いた郁海は、ベンチの端で仁王立ちする。

「喧嘩売ってんの、郁海。」

 水筒を手に取った未冬がこちらを振り返った。

「まっさか。一年のワタシごときが先輩に喧嘩売るなんて、そんなそんな。」

 笑いを含んだ口調で言葉だけは謙遜しているが、明らかにせんぱいに対する煽りに見えた。

 それまでざわついていた一年生がすっとおとなしくなる。

「・・・郁海、ちょっと」

 剣呑な雰囲気になるのを恐れて、夏南が小さく口を出す。助けを求めて周囲に視線を向けるが、監督もコーチもニヤニヤ笑っているだけだ。キャプテンさえ黙ってゼリーを飲んでいる。

 未冬はつかつかと監督の方へ歩いてきて、その目の前に立った。

「監督。後半はアタシをトップに出してください。」

 沢村監督がちらっと早苗の方を見る。若葉は黙って頷いた。

「いいわよ。若葉と交代ね。」

 許可が出ると、未冬が小さくよっしゃぁと両拳を握る。

「夏南。パスはアタシにまわせよ?郁海じゃなくな?」

「えっ・・・そ、それは状況によります。」

「いいから!アタシにマークがついてようがオフギリギリだろうが、絶対にアタシにボール渡しな!向こうの22番なんか振り切って見せるから。秋穂、弥生もだぞ!北斗もな。」

「先輩ズルい!わたしだってパス貰いたいです!」

 もう一人のトップである郁海が文句をつける。当然だろう。

 また剣呑な言い合いになりそうな二人の間に、田村コーチが入った。

「いい加減にしろ、未冬も郁海も、ボール持ちたかったら自分で取りに行けばいい。パスをあてにするな。バックの皆は有利だと思う方にパスを出せばいいからな。以上、・・・解散!」

「はいっ!!」

 スタメンの全員がフィールドへ駆け出していく。放り出されたタオルや水筒をベンチの皆が片付ける。未冬の水筒を拾い上げた純礼が、小さくため息を付いた。

「あーあ。火を付けちゃって・・・未冬、大丈夫かな?」

「うまく行けば、ガツガツ得点してくるんだけどね・・・。あの感情的なとこ、どうしたらいいんだろ?去年はあれで大量得点してるけど、突然、エンスト起こすからなぁ・・・。」

 ベンチに座ったままの梨那が呆れたような声を出す。

 ようするに、未冬は、ええかっこしい、なのだ。誰にでも多かれ少なかれそういう部分は持っているだろうけれど、未冬の場合は煽られると触発される。

「まあ、いいじゃない。たまには。あんま酷くなったら交代させるわ。」

 わずか一点のリードしかないというのに、監督は呑気な声を出した。






 



 




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