第72話 ゴール

 そう怒鳴られる前にすでに走り出していた。でないと俊足の22番には到底追い縋れやしない。

 体を近づけ、前に入ろうとする。でも抜かれる、逃げられる。追いすがる。

 右コーナー間際でボールをキープしている若葉へ向かっているのだ。向こうの3番が若葉へ追いついたが、若葉はするりとかわして中央へ移動する。続いて11番、24番と寄ってきて、さすがの若葉もかわしきれないのかボールを未冬へ戻してきた。

そのボールを狙って22番が駆け込んだ。ボールを持つ未冬を、22番と相手チームの26番が挟む。

「先輩っ!こっちあります!!」

 少し距離を取って夏南は叫ぶ。

「こっちもいけるよ!」

 更に後方から秋穂が言った。

 未冬のキック力とコントロールならどちらにも出せるだろう。

 瞬時にフィールド全体を見渡した未冬は、ふわりとボールを浮かせた。

「走れ夏南!!」

 夏南にも見えた。向こうのゴールキーパーが前に出てきている。ボールが戻されたからだろう。チャンスだった。夏南は今ノーマーク。フリーで動ける状態なのだ。

「はい!先輩!」

「早苗ーっ押さえろ!」

 未冬に言われるよりも早く、キャプテンの早苗は動き出して26番の前に体を入れた。夏南に一番近いのは26番だからだ。浮かせたボールは高くジャンプした未冬がヘディングする。

 未冬を追い越して走り出した夏南の足元へすっと落ちたボールは、トラップが下手な夏南でさえもうまくキープできるくらいにすっと足元に収まる。

 ひゃっ!うっまーい!!さすが先輩!

 敵のゴール周辺を見る。ゴールに近い味方を探すが、若葉も郁海もマークがきっちりついている。キーパーは一瞬ゴールへ戻ろうか夏南の方へ来るか迷った。その迷いを狙って。

 思いっきり蹴り上げた。

 背の高いゴールキーパーはシュートされたことに気づいてその場でキャッチしようと身構える。蹴り上げたつもりだったのにボールは思ったほど上がらなかったようで、キーパーの目の前で芝生に付いた。

 捕られる。そう思った瞬間に、ボールは大きくバウンドした。

 ひざまずいてしまったキーパーの頭を越えてボールがそのまま進み、ゴールへ向かう。相手チームのディフェンス陣は動かない。

 ほぼゴールのど真ん中あたりへ、夏南の蹴ったボールは転々と進み、しゅっと優しい音を立ててネットを揺らした。


 審判の笛が鳴る。

「・・・はいっ・・・た?」

 そう呟いたのは、郁海だったろうか。

 勿論、オフサイドではない。ファールもない。夏南はフリーの状態でシュートをしたのだ。

「やったー!!やったな!夏南!!すげーぞ!!」

 すっとんできて夏南に抱きつく未冬。

 呆然として、何が起きたのかもわからないような表情でされるままになっている夏南。若葉や郁海も駆け出して来て、夏南を囲んだ。キーパーの薫と弥生以外のメンバー全員が、得点した夏南にハイタッチを求めて寄ってきたのだ。

「ナイッシューっ!!夏南!!」

 ベンチからも声が聞こえる。

 そして、極めつけに、フェンスの外から。

「夏南ー!!凄いわー!!やったー!!ナイスよー!!」

 全身を揺らしてめいいっぱいの声を張り上げている母親の姿が視界の隅にあった。

 結構恥ずかしい。

 けれども、それでも嬉しい。

 選手の皆が、ベンチの皆が、母が、喜んでくれている。

「初ゴールだな!!おめでとう、夏南!!」

 もう一度ぎゅっと抱きしめてから未冬がそう言って、両手を差し出す。

「はいっ!」

 ようやく笑顔を浮かべた夏南は、その両手に自分の両手を叩きつけた。

 

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