第28話 故意か偶然か
左足首が腫れてきている。熱を持っているのだ。
「まさか、折れてないよね?」
心配になったのか軽口混じりの口調で未冬が言う。
「・・・それはわかりません。整形外科でレントゲン撮らないと。」
深刻な声で答える夏南。
その手はせわしなく動いている。未冬の服装をくつろげたり、その頭の位置をより快適な場所にしようと高くしてみたり。氷嚢をもう一つ作り始めたり。
夏南はいつも通りの平静な様子だけれど、焦っているのは未冬にもわかった。じっとしていられないのだ。なにかしていないと居られないのだろう。
「・・・っつ!!」
監督が痛めたと思われる場所を軽く触る。
「んー・・・骨折はしてないと思うけどね。とりあえず、医者に行ったほうがいい。」
そっと手を離すと、すぐにポケットからスマホを取り出して操作を始めた。
未冬の親に知らせて迎えに来てもらうのだろう。
「休日診療している病院を今調べたから。電話もしておくね。」
そこへ未冬の水筒や荷物を持ってきてくれた秋穂が、ベンチへ乗り込んできた。
「未冬!!大丈夫?」
「あ〜、秋穂かぁ・・・。うん、なんとか。」
眉を歪ませて困ったような顔で苦笑いする。
ものの五分で、怪我人の保護者が到着した。すぐに病院へ向かうそうだ。
練習試合の結果は散々だった。
おまけに、攻撃の要である未冬が怪我をしてしまったのだ。ふんだりけったりである。
1−4、0−3、1−5という点差で敗退だ。練習試合とは言え、心が折れそうなダメージを受けた。
どことなく暗い顔をする選手達を眺めながら、田村コーチがため息をつく。
バスに乗って帰っていく相手チームを見送っていた沢村が戻ってくる。試合の片付けをする選手達は、余り口を聞かなかった。
「監督」
「まぁねぇ。こんなもんでしょう。」
「未冬を怪我させてしまったのは申し訳なかったと思います。指導者として、監督不行届ですね。」
「本当ね。そこは、お互いに反省点だわ。」
「彼女が狙われる恐れは充分に有ったのに、監視が甘かったようですね。」
「いや〜、さすがにあれはわざとじゃないでしょ。」
「向こうの4番、かなりいい顔してましたよ。」
沢村が腕を組む。
そして、睨むように田村を見た。
「そういう目で選手を見ないの。事故や怪我は試合していればどうしても起こりうるもん。・・・たとえ、あの子が昨年の得点女王を未冬のせいで取り逃しているって事がわかっていても、ね。」
ベンチを動かしていた一年生が、ふっと顔を上げる。
「・・・まさか、わざと怪我させたっていうんじゃ」
「わ、夏南、そこにいたのか。そんなことあるわけないでしょ。ね、田村コーチ。」
「あるわけない。あるわけない。」
しきりに頷いてみせるのが余計にあやしいけれど、夏南にはそこに反論する理由もない。
思わずその場に立ちすくむ夏南。
困ったように顔を見合わせる監督とコーチ。
「よしなよ〜夏南。そんなの考えたって馬鹿らしいから〜。さ、とっとと片付けしよ〜。いい加減に、お家が恋しいでしょーが〜。」
畳んだテントを小脇に抱えた杏子先輩が後輩の頭を軽く小突く。
「杏子先輩。」
そう言えば、杏子もまた怪我で暫く練習を休んでいたはずだ。抱えていたテントの片端を夏南の方へだして、持つように促す。
「怪我はね、しないように気をつける。したら、早く治るようにしっかり療養する。怪我を恐れてたらスポーツなんか出来やしないよ〜。」
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