第20話 シーズン

 合宿所の寝室は、ベッドが並ぶ狭い空間だ。

 本来ならば6人部屋なのだが、人数の関係で5人部屋となっている。だから、ベッドが一つ余り、そこに、選手の荷物が置かれていた。

 その余った荷物置き場となったベッドは窓に面していて、外が見えるのだ。

 窓の方を向いて電話をしている横顔は、繊細で整っている。携帯電話を左耳につけて小声で話をしているのが聞こえた。

 扉が開けっ放しだったので、躊躇しながらも、夏南は部屋を覗き込む。そうしたら、窓際で荷物に囲まれた小さな空間で、体育座りをしている未冬の姿が目に入った。

 部屋の灯りは消されているが、街灯の明りが室内にまで入ってきているから、見えないほど暗くはない。

「・・・はい、わかった。うん。気をつける。」

「うん、そうだね、はい。」

 神妙な顔で低めの声で話している未冬は、なんだかいつものような覇気がない。盗み聞きはよくないと思い、立ち去ろうとする。

「夏南!」

 電話を持っていない方の手を未冬が上げた。ひらひらとおいでおいでをしている。

 おずおずと近寄っていき、荷物をずらして傍に寄っていった。

 未冬の手が、傍らに座れとたんたん床を叩いてる。その仕草が、なんだか母親を呼ぶ子供のようで、少し可笑しかった。

「ごめん。電話してて。もう終わりだよ。悪かったね、呼んだのに。」

「いえ。お邪魔なら、戻りますけど。」

「いいんだよ。・・・父親からさ。うるさいんだー、結構。」

 スマホを傍らのバッグへ突っ込んで、夏南の隣に寄る。

「夏南んちはいいよね。楽しいお母さんだよなぁ。いっつも手を振ってくれて、応援の声も大きくてさ。客席の応援って、結構嬉しいもんだから。」

「はあ。ご迷惑でなければ、良かったです。先輩のお父さんも、マメですね。電話してくれるなんて。」

「・・・はは、マメ、ねぇ。うちの父親、若い頃サッカーやってたからさ。滅茶苦茶口出してくんだよ。正直、うんざりなんだけど。」

「はあ。」

 なんて答えたらいいのかわからない。未冬の家庭の事情など知らなかったから、相槌も満足なものじゃなかった。

「あんま喧しく言われるとさ、腹立ってこない?夏南ちは、あんま言わないの?」

「・・・うちは、父親、いないので。すみません、なんて言っていいかわからないです。」

 夏南が素直に自分の家庭の事を言うと、未冬が目を瞠って驚愕の表情を作る。そして、あわてて、申し訳なさそうに眦を下げた。

「・・・ごめん、知らなかった。ひどいこと言っちゃったかな。」

「いえ、全然。父親がいなくて不自由だと思ったことはないですから。」

 きっぱりと言い切る。

 夏南の家は二人きりの母子家庭だ。両親は夏南が物心つく前に離婚したらしい。父親の顔など知らないし、勿論会ったこともない。名前も知らない。

 それが夏南にとって普通だったから、別に何も困らなかった。必要なことは母親が全てやってくれた。だから、父親が欲しいと思ったこともない。

「そっか。・・・あの元気なお母さんすげーな。」

「凄いかどうかは、他の人と比べたことがないのでわからないですけど。わたしはこれでいいと思っているので。」

 淡々とそう言う後輩は、いつものポーカーフェースで、いまいち何を考えているのかわからない。

 先程の、可愛い一年生はどこへ行った。はくちょん、とか言っていた、恥しそうに赤くなっていたあの夏南は。

「そーいえばさー、名前も、お母さんが付けたの?夏南って。」

「はい。そう聞いてます。」

「最初はさ、カナなのかと思ったけど、夏南なんだよなー。夏の字が入ってる。夏生まれ?」

「はい。未冬先輩は、冬の字が入ってますよね?冬生まれですか?」

 先輩が、にっと笑った。

「それがさー、違うんだな。秋。もうすぐ誕生日なんだぜ。未冬って、未だ冬が来ないって意味なんだ。だから、冬って字が入ってるけど、実は、秋生まれなんだ。」

 意外だったのだろう、後輩が目を丸くしている。


 

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