【事実】どんなに誰かを守っても風当たりは強いです


 現場に急行すると、数体の黒い悪霊が人間にとり憑こうとしている。メスは根元まで刺さっていない。これならただの悪霊退治だ。とどめを刺せなくても、俺一人でも対処できる。


「おらあああっ!」


 青い炎で黒い炎を消し去ると、メスが落ちる。スピード勝負の戦闘スタイルの俺には割と合っているシチュエーションかもしれない。

 だが、数は多い。こんな時、ヨハンナなら大量の業火で一気に焼き払えるのに。


「っ……この悪霊、手を組んでる?!」


 これだけの悪霊が集まれば、何体かで協力をして強い炎を持って戦いを挑む奴が居る。

 こんな時、ルディなら黄色い炎で簡単に倒すのに。

 いや、いないやつの事を言っても何も始まらない。

 今ここに居るのは俺だ。俺しか、何とかできるやつはいない。

 俺はひたすら悪霊を倒し続けた。

 炎を大分消費したが、周辺の悪霊は全て退治した――と思っていた。


「ほう、スートの弱いほうだけが居るとはな」


 最後に一体だけ、エビルが残っていた。


「はあ? どう見ても俺が強い方だろ」

「いや、青い炎のお前など、エビルにとって脅威ではない」

「また、炎の色の話かよ。」


 スートとしてのウィークポイントを指摘されて俺は苛立つ。

 証明してみせる。例え青い炎でも、エビルを倒せるんだという事を。

 だが、簡単に事はいかない。俺は既に炎を使いすぎていた。

 エビルは構わず俺に大量の黒い炎を浴びせようとする。


 「……っ、はあ……」

 「ほら、やはり弱いじゃないか」


 炎の残量が頭にちらついて、思い通りに攻撃が出来ない。

 防御に徹するのが精いっぱいだ。


 「ああ……くそ!」


 ルディが居れば――二人なら、こんな奴すぐに倒せるのに。

 そう思った時だった。


 「ヒューバート!」

 「お前! 遅えよ!」


 ルディが颯爽と俺とエビルの間に入った。

 こいつ今更、何のこのこやってきたんだ! と責めたい気持ちもあった。

 だが、この状況では彼が来てくれたという事に感謝しなければならない。


「俺さ……目が覚めたよ。お前のいうように、前を向かなきゃ何も始まらない」


 ルディは俺の顔を覗き込む。


「どんなに叩かれようと、どんなに傷つけられようと、俺達は守るために戦うしかないよな!」


 彼の顔は、すっかり晴れやかなものになっていた。俺もつられて笑って「だろ?」と同調した。

 

 とはいえ、先の戦闘で無理をしてしまったようだ。炎の残量を気にして攻撃をするのは難しい。

 するとルディは配慮したのか、ずいと俺の前に出た。


「お前、結構炎を使っただろ。ここは俺が前衛に出る」

「おい、大丈夫かよ」


 ルディが前衛に出て俺の役割をする事なんて今までになかった。

 緊急事態とはいえ、珍しい陣形に困惑する。


「その代わり、背後は任せた」


 ルディは俺に防御の一切を任せた。


「え、なんで?」

「……しいて言うなら背中が痛い」


 背中? またなんで。


「大丈夫か?」

「お前のせいだよ!」


 ルディが思い切り叫ぶと、それと同時に彼を襲うように黒い炎がぶつけられる。


「危ない!」


 俺は間一髪で、炎を消し去る。


「くく、おしゃべりをする程余裕があるかな?」

「生憎、俺は強い方だからな」


 ルディが黄色い炎を携えて大鎌を構えた。火力はいつもよりも少ないが、攻撃範囲が広い。


「こざかしい。どうせ貴様も雑魚だろ?」


 エビルは余裕の態度を取り黒い炎を燃やした。


「修行したんだ、前衛だって出来るんだよ」


 そう言って、ルディは大鎌をいつものように振るのではなく、前に突き出してエビルをどついた。そのまま地面へ垂直に鎌を突き立てる。


「ぐっ……!」


 炎のダメージもあるが、峰打ちのためとどめを刺せていない。

 だが、この状況でルディが鎌をどかしてしまえばエビルは逃げる。


「ヒューバート!」


 俺が、やるしかない。

 だが、青い炎の俺がどうやってとどめを? いや、ルディがかなりのダメージを与えている。

 もう一撃を食らわせればもはや炎の色なんかどうでも良い。

 今はとにかく火力を増やせばいい。最大出力を出すには――

 ひとつ、頭に案が浮かんだ。いつもは片手ずつに携える鎖鎌を両手を持ってしまえば?

 とどめを刺すとしたら――こうするしかない!

 俺は、両手に持った二本の刃をエビルに突き立てた。


「ぐっ……ああああああっ!」


 思った通り、最大限の火力を一点集中して与えた攻撃は効いたらしい。


「ああ……疲れた」


 勝利の余韻に浸ることも無く、俺はその場に蹲る。炎を使いすぎてしまった。


「おいおい、大丈夫かよ!」


 ルディが心配して俺をひょいと抱き上げる。


「大丈夫……ちょっと眩暈してるけど」


「おいおい、本当に大丈夫かよ?」


 突きつけられた言葉ははルディの物ではない、知らない呆れ声だった。


 「え?」


 俺は声のした方に目を向ける。ぼんやりとした視界に映るのは大勢の民衆だった。


「エビル一体にあんなに苦戦するなんて」

「そんなのでオウガを倒せるのかよ」

「勘弁してくれよ、早く倒して欲しいのに」


 口々に垂れ流されるのは、メディアによって染められた言葉たちだった。

 どうしてこんな事を言われなきゃいけないのだろう。

 俺たちは、みんなを守るために、戦っているのに。なんで?

 容赦なくぶつけられる理不尽に一層目の前がぐらぐらと揺らめく。

 俺達は、何のために戦っているのだろう?

 絶望に打ちひしがれているのは俺だけじゃなくてルディもだ。彼は民衆に向けて大声を張り上げた。


「おい、お前ら!」

「ルディ!」


 俺は怒りを露わにしたルディの腕を掴んで制止する。


「構わなくていいよ……」

「でも、お前あんな事言われて――」

「それでも、戦わなきゃいけないんだよ……俺達は」


 目も合わさず、俺はこぼす様に呟く。きっと今ルディの顔を見てしまったら泣いてしまいそうだから。


「スートとして大切な人を守るんだろ?」


 こう告げれば彼はきっとなにも言えなくなるだろう。そう思って俺はルディに確認した。


「……帰るぞ」


 観念したのか、ルディは帰還を促した。








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