【負け】新種の悪霊に手も足も出ませんでした

「くそっ! 何なんだあのエビル!」


ルディが叫ぶとグリムが飛び跳ねながら寄ってきた。随分と慌てた様子だ。


「あれはエビルではない……魂が融解して生まれるオウガだ!」

「オウガ? 何だよ、それ」


初めて出てきた言葉にルディは聞き返す。


「通常はエビルが人間を取り込んで同化が起きる。」


それは知っている。俺達はこくりと首を縦に振った。


「しかし、叶えるのが絶対に無理な契約の場合、契約者の業火がエビルを解かして融合するんだ!」


業火によって融けたエビル。あの黒い液体はそういう事だったのか。メスが融けたんだ。

要約すると、それは──


「つまり、スートになりたいって願いが、エビルを取り込んで」

「オウガになったって事か」


ルディも気づいたみたいで捕捉する。

だが、エビルだろうとオウガだろうと、悪霊には変わらない。俺達スートのする事は一つ。

鎌を手にして、炎を燃やす。


「それでも、退治するだけ、だろ?」

「ああ」


ルディも同調した。

俺達はオウガの元へと再び向かおうとした。だが、そんな俺達を「待て!」と制止する声が響いた。


「ルディお前は既に炎を使いすぎている!それ以上は危険だ! それにオウガの融合はエビルの同化よりも圧倒的に強く結びついてる!」


グリムが切羽詰まったように強く叫ぶ。ルディは「う」と呻き声を出して炎を消した。


「肉体と精神の完全分離……つまり、殺すくらいの力でなければ倒せない!」

「そんな……」


俺は声を震わせた。殺す? モストを?

ジョーカーに魅入られて騙されるようにして契約してしまった少年を殺さなければならないのか?


「うわっ!?」


どろりとしたマグマのような砲撃が襲う。

危ない。当たっていたら確実に燃やされていた。躊躇している暇など無かった。

クラウンは確認するように、グリムの方を向く。


「しかも、彼は強くなることを願いましたよね?」

「ああ……これはいよいよまずいことになった」


絶体絶命。とどめを刺せるルディは武器が壊れて戦闘不能。この状況を打開するには──

そう思っていた時、荒々しいエンジン音がして、扉が開いた。


「お待たせ」


最悪の状況に最強のシスターが現れる。重々しいチェーンソーのエンジンをふかすたびに白い炎が大きさを増した。

勝てる。彼女の炎の量ならば。しかしこのタイミングで現れるとはどういう事だろうか。


「ヨハンナ! どうしてここに」

「僕が呼びました」


クラウンがようやくいつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべながら答える。きっと、一番信頼のおけるスートが現れた事に安心しているのだろう。

ヨハンナはオウガをまじまじと見つめながら、訝し気に眉間に皺を寄せる。そのままくるりとクラウンの方を振り返った。


「エビルじゃないみたいだけど?」

「大丈夫。ヨハンナの火力をもってすれば倒せますよ」


クラウンは信頼の笑みを浮かべてヨハンナの背中を押した。

送り出されるようにして彼女はチェーンソーの刃を向けてオウガへと距離を詰めた。

戦闘経験が長く、火力も最大を誇るヨハンナであれば大丈夫だろう。

だが、その予想は意外な形で裏切られる事になった。


「え?」


オウガは、わざとヨハンナに近づいた。そのまま、彼女のチェーンソーの刃に躰をぶつける。

その瞬間に、あれほどに膨らんでいた白い炎は嘘のように全て消え去ってしまった。


「消えてしまったのなら、もう一度」


そう言って、ヨハンナはエンジンをかける。だが──


「なっ!」


チェーンソーはエンジンすらかからずびくともしない。

当然、白い炎は一つも灯らない。

彼女のご自慢の武器はただの置物になってしまった。


「防御は最大の攻撃なんですよ」


オウガは誇らしげに言いながら禍々しい漆黒の火の玉を手にして投げる。


「あ……」


まずい、この至近距離だと避けられない!


「ヨハンナ!」

「くっ!」


俺よりも速く動いたのはルディだった。ヨハンナを担いで間一髪火の玉を避けた。

それは、床を焦がしただけで誰にも当たらなかった。

だが、このままじゃキリがない。

今ここで、オウガを倒さなければ。だとしたら、俺が戦うしかない。

それしか、ないんだ。

俺は、ルディの横により、耳を貸せと指示をする。


「ルディ……みんなを連れて逃げろ」


そう、耳打ちするとルディは「は?」と聞き返すように顔を引き攣らせる。


「お前一人置いていくなんてできねえよ!」

「今戦えるのは俺だけだ!」


ルディは炎を大量に消耗しヨハンナも武器を使えない。挙句、相手は頑丈なオウガと来たものだ。

武器を使う事が出来る俺が何とかするしか道はない。


「分かった……」


流石に、どうにもならないという事が分かったのだろう。ルディは皆を引き連れてダイナーから出た。

これで店は俺とオウガの二人きり。

オウガは欠伸をしながら横目でこちらを見た。この場に居るのが俺だけになったことに気づいて「あれ?」と言った。


「みんな帰っちゃったの?」

「ああ。ずいぶんと退屈そうだな」


俺が問いかけると彼は準備運動のように首を横に倒してコキコキと音を立てる。


「嫌になっちゃうよ。皆弱くて」


世界の誰よりも強くなりたいと願った悪霊を取り込んだ魂の言うことはなんておぞましいのだろう。

弱い、か。子供相手に随分と格下に見られたものだ。

取材の為なら何でもする。そう誓ってから何度だって修羅場を潜り抜けた。

だが、こんなにもぞくぞくとするのは初めてかもしれない。

恐怖ではない。むしろ興奮に近い昂る感情が俺の背筋をなぞった。


「なら俺が本気で相手してやるよ」


にいっと、口角が上がる。

瞬間、体全体で鎖鎌を思い切り投げつけた。走って近づくよりもずっと速く攻撃を食らわせられるはずだ。


「弱い」


だが、いくら速さがあっても青い炎のそれは一切彼の体を傷つけない。

いや、まだ、ここからだ。

投げた鎖鎌に体重を乗せて、一気に移動して距離を詰める。

脚に忍ばせたもう一つの鎖鎌で、思い切り足元を蹴る。

だが──


「分かっているよ。何するか」


相手にも手の内はバレていたようで、逆に蹴り返されて俺の体は吹き飛ばされた。


「っ……これでも、駄目か」


次は、どうする? 迷っている暇なんてない。

ここまでくれば今まで戦ってきた全ての記憶を引き出してしまえ。

考えろ。どうする? どうやって戦えばこいつに勝てる? こんな強い奴に勝てたならどんなに気持ちが良いだろう。

頭の中の会議室はアドレナリンで満たされていた。

もっと、もっと、もっと戦いたい! もっと戦わせてほしい!

命がけだというのに、頭の中が快楽物質で満たされるような感覚に陥りながら俺は戦いに狂った。


「じゃあ、これで──」


会心の作戦に移行しようと正面を向いたその時だった。

俺の視界は真っ黒で満たされていた。


「え?」

「ヒューバート!」


何が起きているか理解する前に、聞き覚えのある叫び声がした。

ルディは俺を両腕で包み込むようにして壁へとぶつかる。

なんで、逃がしたはずの彼がここに?


「おまえ! なんで戻ってきたんだよ! 逃げろって言っただろ!」

「馬鹿か! 死ぬところだったぞ!」


死ぬ? 俺が? 意味が分からない。

向かい合ったルディは呆れたように鼻を鳴らすと俺が居た場所の床を指差す。

その方を俺は振り返って見つめた。


「……なんだ、 これ」


目の前にあったのは、テーブル席を四席丸々破壊するほどの巨大なクレータ―。

ソファやテーブルは跡形もなく大きく凹み、黒く焦げ付いていた。

あの視界に広がった黒は彼の火球だったのかもしれない。

だとしたら、ルディがいなかったら、俺は今頃──

先ほどまでの快感でなぞられた背筋が、今度はぞくりと凍る。


「戻って来て正解だったな」


ルディは額の汗を腕で拭いながら、ふうと一息つく。

一方、オウガは必殺技ともいえる攻撃が不発で終わってしまったため、つまらなさそうに頬を膨らませた。


「まあいいや。 また遊ぼうよ。 スートさん」


彼はそのまま年相応に無邪気な足取りでダイナーから去った。


「あっ! おい!」

「やめとけ! 深追いしても無駄だ!」


後を追おうとしたが、ルディに止められる。

たしかに、俺の炎はとっくに限界のようで、細い蝋燭を灯すのもままならないほどの火力になっていた。このまま再戦を挑んでも負ける事──死ぬことは目に見えていた。

だからだろうか、快活に動くはずの足が今は鉛のように重い。


そうして、俺達は初めて敗北を喫した。

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