春の嵐はとんでもなく風当たりが強いけどやるって言ったらやるしかない

【悲報】お客様はエビル様でした

 あの忌々しい結婚式の茶番劇から一週間が経った。


 取材は順調だった。

 あの後もたびたびエビルや悪霊が人間を燃やそうとしていたがそれを阻止すべく俺達は戦う。

 ルディも戦闘センス皆無の状態から徐々に実力を付けてスートとして一応それなりに戦えるようになってきた。


 そして今日もまた、俺は彼の営む開店前のダイナーへと取材に赴いたのだが。


「ルディ、今日も取材に来たぞ……って、え?」


 見慣れない少年がそこには居た。黒い髪に丸まった背中。十歳くらいの少年だろうか。

 少年はおずおずとした様子で小さくお辞儀をした。

 しかし、おかしいな。開店前のダイナー店には客など居ないはずだ。彼は一体何者なのだろうか。

 疑問に思っていることなどつゆ知らず、ルディは俺を迎える。


「おう、ヒューバートか。今日も取材ごくろうさん」

「ヒュ……ヒューバートさん? この人が新聞記者の?」

「そうだよ。俺の記事書いてるあのヒューバート」


 戦うたびに記事を書き、『ダイナー・ポスト』は世間でも話題になっていった。

 俺とルディとヨハンナ──スートはいつしかニューヨークのヒーローになっていた。

 今目の前に居るこんな子供でも俺達の名前と顔は知っているようだ。

 ところで──


「誰? この子」


 俺が尋ねると、ルディは少年の肩に手を置く。


「喜べヒューバート! この子、スートらしいぞ!」

「はあ!?」


 俺は声をひっくり返す。最後のスートがこんなにもあっさりと見つかっただと!嘘だろ! この間二人目がやっと見つかったところだぞ! そんなに簡単に――

 そんな事を考えている間に、ルディはエプロン姿で鼻歌混じりにキッチンへと向かった。ん、キッチンにエプロン──って、まさか!


「お前! この子に飯食べさせようとしてないだろうな?」

「え?まさにそのつも──」

「今すぐやめろ!」


 今度は俺が一刀両断するように叫んだ。

 こいつの料理なんて食べさせれば下手したら死ぬ。何としても阻止させなければ。

 ルディは唇を尖らせて「ちぇ」っと言いながら、オーブンから天板を取り出した。

 天板の上には飴細工が施されたステンドグラスクッキーが並んでいる。色とりどりの飴が本物のガラスのようで見た目は綺麗だった。

 味はきっと、糖度計が壊れてしまう程に甘いんだろうけど。


「せっかく焼いたのに」

「日持ちするし、また食えばいいだろう」


 ていうか、こんな危機的状況だったというのにグリムは止めなかったのかよ。

 俺は水槽の方へと目をやる。しかし、そこに大魚の姿はなかった。


「あれ? そういえばグリムはいないのか?」

「ああ、ちょっとクラウンの教会行ってるみたいだよ」

「ふうん」


 ルディはエプロンを解き、少年と向かい合う形でテーブルに着く。


「で、スートってどういうことだ? 死神に契約を持ち掛けられたのか?」

「は、はい……そうなんです。僕、スートの皆さんみたいに強くなりたいって思って死神と契約したんです」


 なるほど、今やスートはニューヨークのヒーローだ。子供たちにとってはアメコミの主人公のような憧れの存在なのだろう。だとしたら自分も、と契約をする者が現れても不思議ではない。



「ただいま」という明るい声と共に扉が開く。


 声の主は別にこの店を居場所としているわけでもないクラウンだった。


「やあやあ、お二人さん。グリムを連れて帰りました……よ?」


 クラウンは俺達三人を見て目を丸くした。正確には俺達ではなくモストだろうが。


「ルディさん、隠し子なんていたんですか……?」

「違ぇよ」


 ルディはばっさりと否定する。

 クラウンのボケに付き合っていると埒が明かないので、俺とルディは見ず知らずの少年がここに居るいきさつを一通り説明した。

 彼が具合を悪くさせたこと、医者に診てもらっても異常は無かったこと、そして、彼が見た夢のこと──


「という訳で、はるばるこのダイナーを訪ねてきたってわけ」

「なるほど……しかし、変な話ですね」


 クラウンが人差し指と親指で顎を触りながら考え込む。変な話? なにが変だと言うのだろう。

 グリムはクラウンに抱えられながら「おい」と声を掛けた。


「よければ、その死神の話をもっと詳しく聞かせてくれないか?」


 そう聞かれたモストは「よく、覚えていないんですけど」と前置きをして詳細を語り出す。


「僕、生まれつき体が弱くて家族に迷惑をかけてばかりだったんです」


 白いダイナーテーブルにモストの顔が写る。

 過去を語る彼はどこか寂し気で不甲斐なさに罪悪感を持っているようだった。


「もっと頑丈に、強くなれたらっていつも思っていました。死神は、そんな僕の話を聞いてくれて」


 夢で出会った幽霊は案外親身になってモストの話を聞いていたようだ。


「それで、スートみたいに強くなりたいって願ったら、契約をしようって言われたんです」


 なるほど。たしかに人間と死神の契約でよくある話だ。だが、グリムとクラウンはずっと苦い顔をしていた。

 ルディは俺の肩を叩きながら言った。でも気になる。

 俺はテーブルに身を乗り出してモストにさらに聞き込みをした。


「その死神、どんな死神だった?」

「ええっと……黒いワンピースを着たとってもきれいな女性でした」


 あれ? 黒いワンピースの女? それって――

 皆、同じことを思っているのだろう。グリムが代表して彼に尋ねる。


「何か、ナイフのようなものを貰わなかったか?」

「ええ。もらいました。これを刺せばスートになれると言われたので僕、肩に刺したんです。そしたら黒い炎が燃えて――」


 ナイフのようなメス。契約に通ずる願い。黒い炎。

 役満じゃねえか! これ絶対にエビルだって! ジョーカーがスートになれるぞって言って悪霊と契約させたんだ。なんて酷い嘘を吐くんだ、それもこんな子供に。

 と、いう意思を伝えるべくルディの方を睨みつける。すると彼も流石にまずい事になっていると気づいたらしい。

 だがその時、綺麗に磨かれた床にぽたりと黒い染みが落ちる。

 俺の万年筆のインクかと思ったが違う。モストの肩から黒い粘性のある液体がどろりと垂れていた。

 血、でもない。あれ? たしか彼は肩にメスを刺したはずだ。

 その液体は粘性を持ったまま量を一気に増して、彼を包み込む。


「まずい!」


 クラウンが叫ぶ。


「エビルか!」


 ルディがそう言って黄色い炎を放ち、大鎌を構えた。俺も、鎖鎌を手に取る。

 エビルなら戦闘開始だ。四の五の言っている暇はない。



 いつも通りにあっという間に距離を詰め、両手に持った鎌で畳みかけるように攻撃を──


「っ、あ!?」


 ところが、右手に持った鎌で一発目の攻撃をしようとした瞬間、ひゅんと交わされてしまう。

 こいつ、動きがとんでもなく素早い。


「このっ!」


 それでも何とか、フェイントをかけるように左手の鎌で腹部を叩く。

 ところが、黒い鋼鉄のようにとんでもなく頑丈な体は傷一つ付かずにいた。


「弱すぎ……」


 エビルはそう言って、かすり傷すら付いていない腹部をさする。


「なんで……」


 俺の攻撃が一つも効かない? 炎の火力のせいか?

 だとしたら──


「?」


 隙をついて、鎖鎌の手錠をエビルにかける。鎖をしっかりと握りしめて、動けないようにした。

 そうだ。攻撃が効かないのなら拘束してしまえばいい。


「ルディ!」


 ルディの黄色い炎ならきっとダメージを与えるはずだから。


「おらぁっ!」


 ルディは両手で持った大鎌を頭上から叩きつけるようにエビルへと振り下ろした。

 拘束しておいたおかげで頭上へと見事に命中。やった、これなら──


「やっぱり、ね」


 エビルは土ぼこりを鬱陶しそうに手で払う。頭には当然のように傷一つない。


「嘘だろ?」


 ルディは絶望したように目尻をひくつかせた。

 俺は隙をついてエビルの腹にもう一度刃を叩きつけた。


「この!」


 予想外だったのか彼を包む黒く硬い殻にはヒビが入る。


「やった!」


 だが、そのヒビはすぐさま修復された。


「……こんなもの?」


 エビルは退屈そうに俺達の方を見つめていた。

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