【過去】訳ありなのは神父ではなくシスターでした

 死神デスデモーナはジョーカーとして闇堕ちした。悪霊を人間に仕込み襲っている。それならば人間の子供に直接手を下して命を奪ってもおかしくは無いかもしれない。

 それでも衝撃的な事実に俺達は言葉を失っていた。

 白い教会は無音が続く。すると、ようやく口を開いたのはヨハンナだった。


「いいわ、クラウン。ここからは私が話す」

「おや、それでは任せるとしましょうか……と、その前に自己紹介はしましたか?」


 クラウンがヨハンナに促す。すると、彼女はそう言えばと思い出したように俺達の方に頭を軽く下げて顔を上げた。


「私はヨハンナ。この孤児院で育ったわ」

「孤児院? 教会だけじゃなくて孤児院だったのか」


 ルディが尋ねる。教会と孤児院が併設されているのはよくある事だ。


「ええ、もう過去の話ですけどね」

「私とヨハネスはここの孤児院で育った……本物の血がつながった姉弟ではなかったけど。彼の事は大切な家族だったわ」


 孤児同士であれば血のつながりはないのだろう。それでも彼女は弟分を家族として愛していた。

 だが、その幸せの象徴とも言える家族は突如として奪われるのであった。


「でも、彼は殺された……十五年前の事だったわ」


 彼女は思い出したくない遠い過去を無理やり思い出すようにパイプオルガンのある方に歩み出した。


「私達は孤児院育ちで、貧しくて学校に行くのもやっとだった。そんな中、ヨハネスは良い物を拾ったと言っていたの」

「へえ……何だったんだ?」

「ノートよ。真っ黒な」


 ノート、か。しかも真っ黒。どこかで聞いた話だし、実際に心当たりもあった。

 俺は口を噤んだままだったが、ルディが更に詳しい情報を引き出そうとする。


「どうしてそんなもの拾ったんだよ」

「お金が無いから。可哀そうに……勉強をする為のノートをわざわざ拾ってたの」


 理由としてはもっともらしいものだった。だからだろうか。「本当に拾ったものなのか?」とは聞くに聞けなかった。


「彼は一年生だったから早く学校が終わって先に孤児院へ帰ったわ。私は彼の言うノートを見たくて後を追うように帰ったの」


 ヨハンナは構わず続ける。


「孤児院に帰った時、彼は既に変わり果てた姿になっていたわ」


 紫色の瞳の奥からは大粒の涙が今にも零れそうだった。


「血の付いた黒いノートを抱きしめながら、このパイプオルガンの前で、ステンドグラスの光を浴びながら死んでいた」


 彼女はそう言いながらパイプオルガンの鍵盤を撫でながら言う。そのまま泣きそうだった目元は徐々に憎悪を帯びたものへと変貌していった。


「彼の体を何十本ものナイフでずたずたにしていたあの女の顔は忘れない」

「死神デスデモーナ……ジョーカーか」


 グリムの言葉に「ええ……」と彼女は肯定した。


「あの女はヨハネスの持つ黒いノートを奪おうとしていたけど、私の存在に気づいてしまったわ」


 ジョーカーはヨハンナの姿を見つけた。そうなると、彼女自身にも危険が及ぶだろう。


「当然、彼女は私を殺そうとナイフを投げ付けた。もう死ぬかと思ったわ」


 案の定、ヨハンナはジョーカーの手によって殺められるところだった。だが、今こうして生きている。誰が、何をしたのだろうか。想像は安易にできた。コツコツと靴音を鳴らしてクラウンがヨハンナの隣に来て肩を抱く。まるで、騎士ナイト様の登場だと言わんばかりに。


「そこに僕が助けに来たんですよね」

「そうね」


 ノリノリのクラウンをよそにヨハンナは淡々と肯定する。


「僕はデスデモーナと戦ったんですけど……逃げられちゃったんですよね。まあヨハンナを守れてノートを取り返せただけで上等って感じもしましたけど……もう少し来るのが早ければヨハネスは」


 クラウンは哀しそうに言う。デスデモーナを倒せ無かった事よりもヨハネスの事を救えなかったことの方が悔しいのだろうか。


「だから、僕はこうしてヨハネスの姿をしているんですけどね」


 せめてものの償いとして彼は弟の姿をしていた。彼女が寂しくないように。

 ルディがふと疑問を抱いたのか、「なあ」と声をかける。


「その……取り返したノートって今持ってるの? ジョーカーが取り戻そうとするくらいなら何か重大な事が書いてあるのかと思ったんだけど」

「僕は持っていませんよ」


 クラウンは他の所有者が居るのを知っているかのように否定した。するとルディは眉間に皺を寄せた。


「え、じゃあ誰が持っているんだよ」

「あなたの相棒ですよ」


 クラウンが言う。ルディの相棒――つまり、俺だ。俺は脱ぎ捨てていたコートを掴み、ポケットから黒いのオートを手に取った。


「このノートだったのか……」


 繋がった。このノートが突如俺の元から姿を消したのはヨハネスが盗んだから――そして、そのおかげで彼は命を奪われることになってしまったのだ。


「なんでヨハネスはこのノートを……」

「これ、俺の事が書いてあったんだよな」


 ルディはノートを覗き込んだ。俺は「ああ」と相槌を打つ。


「分かんねえけど……変な因果だな」


 ヨハネスがノートを奪った理由も、デスデモーナがわざわざこれを取り返そうとした理由も謎のままだった。


「とにかく、話を戻しましょうか。僕はデスデモーナと戦って追い払った」

「やっぱり……彼女はジョーカーに」

「ええ。じゃなければ人間の子供を殺したりなんかしません」


 グリムは神妙そうに俯いていた。同じ死神として戦ってきた仲間が殺人に手を染めているんだ。無理もない。


「でもどうして……」

「それは……僕にも分かりません」


 クラウンも俯く。教会はどんよりとした空気に包まれた。


「それで、クラウンは残された私に契約を持ち掛けたわ。弟の魂を預かる代わりにスートとして戦ってくれないか? って」

「そう。それ以降、彼女はずっと一人で悪霊を祓っていました。メスが普及する前の見えない悪霊を、ね」


 一人ぼっちで人一倍大きな炎を操り悪霊と戦っていた。もう、十五年もずっと。

「そうだったのか」と俺が納得すると、「でも」と声がした。ルディだ。


「お前は、もう一人じゃないぞ」

「え?」


 ヨハンナが顔を上げてルディの方を見る。ルディはにっかりとはにかんで、右手を差し出していた。


「俺達が仲間になったからな。ジョーカーを倒して、一緒に弟の仇を取ろうぜ!」


 まるで、新たな仲間を歓迎するように。


「とか言ってこいつジョーカーに惚れかけてたからな」

「なんで言うんだよ!」

「事実だろ!」


 俺の密告からまたいつもの小競り合いが始まってしまった。その様子をヨハンナはくすりと笑いながら眺める。そして――


「ええ、よろしく!」


 孤高のシスターは笑顔でルディの手を取り、俺たちの仲間となった。

 その笑顔はもう孤高なんて言わせないと言い張るように明るいものだった。

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