【人違い】助けてくれたシスターが仇を取ろうと俺に勝負を挑んできた!

 安心したのも束の間、シスターは先ほどまでエビルに浴びせていた白い炎を俺の方へと向ける。


「なっ!?」


 咄嗟に、炎を切り裂いて攻撃をかわそうとしたが、炎がでかすぎる!

 こうなったら、避けるのが吉か!俺は身を捩って何とか白い炎を躱す。白いベールの裾がちりっと音を立てて焦げた。


「ヒューバート!」

「なんだよっ! おい!」


 俺が呼びかけるもシスターは目をギラギラとさせて、チェーンソーを握りしめて歯を俺に向けた。

 彼女が持つ純白の炎とは裏腹に、その心の奥には俺に対する真っ黒な憎悪が込められているようだった。


「髪型が違っても分かる……お前が、ヨハネスを!」

「……っ誰だよそれ」


 また知らない名前だ。いや、何処かで聞いたかもしれない気はするが。

 シスターは大理石の床をヒビが入るのではないかという程に踏みつけて俺を睨む。


「絶対に許さない。仇はとる」

「くそっ……聞く耳持たねえ気だ」


 どうやら穏便に話し合いで何とかしようって訳にはいかないみたいだ。俺は仕方なく鎖鎌を両手に握りしめ、再び戦闘態勢を取る。

 それを宣戦布告と見たのか、シスターも瞬時にチェーンソーを振り回した。回転する刃の回数に合わせてみるみるうちに白い炎が積乱雲のように形成される。それは大火となり、俺の方へと向けられた。


「っ! やっぱり、火力が!」


 これだけ大きな炎を扱われてしまえば、俺は避ける事しか出来ない。俺は白い壁に身を預けるようにしてぶつかる。

 なるほど、遠くの安全圏から大砲の様に炎を放つのが彼女の戦闘スタイルか。


「こうなったら、接近戦に持ち込むしかないな!」


 目にも留まらないであろう速さでシスターの背後へと回り込む。スピード勝負と接近戦なら得意だ。

 俺は、手錠にかけた鎖鎌を彼女の方へと投げる。これなら――

 と、思ったが、俺の刃は白い炎に包まれて攻撃を無効化されてしまった。


「なっ! 炎を使ったのか!」


 俺達の戦いを大理石のリングの外から見ているルディが驚いたように言った。

 くそ、やっぱりこのシスター、やるな。彼女は奇襲のような攻撃に不機嫌そうに目元を引くつかせた。


「接近戦、苦手なの」

「そんな事言うなよ」


 俺はにい、と笑って、振り下ろした。

 チェーンソーと鎖鎌。ふたつの刃がぶつかり合う。


「隙を見せていいの?」


 俺が「え?」と聞き返す前に彼女はスターターを引く。

 その瞬間、重なり合ったチェーンソーと鎖鎌から白い炎が溢れ出した。


「ぐあっ! 熱いっ!」


 俺は熱さに耐えかねてひんやりとした床でのたうち回る。

 こいつ、接近戦苦手とか言っておきながら、接近して火だるま作戦とかずるいぞ!

 そのまま、蹲る俺を彼女は恨みを込めながら見下ろす。チェーンソーの刃を俺の首元にぴたりと当ててチェックメイトとでも言うように。


「弟の仇……取らせてもらう」

「だから、なんなんだよ! それ!」


 反論空しく、チェーンソーが振り下ろされる。


「はい。ストップ」


 と、そこでクラウンがニコニコとしながら彼女のチェーンソーの刃を握りしめた。先ほどまでぎゃんぎゃんと鳴いていたそれはびくともしない。

 クラウンの奴、どんな握力してんだ。死神だからか?


「いやー。壮絶な戦いでしたね。ヨハンナ」


 仮面のような張り付いた笑顔のクラウンに対してシスターもといヨハンナは射るような表情で俺を見下していた。


「クラウン、止めないで。私はこの女を殺さないといけないの」

「女?」


 俺は聞き返す?え。女って?


「彼は君の弟の仇ではありませんよ。たしかに、よく似ているかもしれないですけどね」


 クラウンの口からでた最初の一文字にヨハンナの表情がぴくりと動く。


「彼って……男?」

「そうだよ! 俺は男だ」


 俺は必死で弁明する。ヨハンナはきょとんとしながら今度はルディを指差した。


「でもウエディングドレスを着てるし、この男と結婚しようとしていた」

「あれはスートの仕事で仕方なくだ!」

「という事は……あの女じゃない?」


 そもそも、あの女って誰だよ。ルディもそう思ったらしく俺達に割って入る。


「さっきから何の話をしているんだよ」

「わ、私……ごめんなさい」


 ヨハンナは顔を青くして震えながら俺に対して深々と頭を下げて謝罪した。


「いや、分かればいいんだよ。それにもっと早く止めなかったアイツが悪い」


 勘違いなら仕方ない。俺はクラウンに責任転嫁しながら指差した。


「えー、僕のせいですか?」

「そうにきまってんだろ!」

「でも、面白かったでしょ? スート同士の戦い」


 そう聞かれてしまえば嘘は吐けない。俺は「……うん」と呟き小さく首を縦に曲げた。

 すると、ルディが唐突につっこむ。


「いや、肯定するのかよ」

「だってこいつ滅茶苦茶強いもん! 火力あるからかな? めっちゃ豪快な攻撃してくるの! いいなあ、俺もああいうのしたい」

「ヒューバートさんには無理ですよ。絶対に」


 クラウンがバッサリと否定する。


「何だよ! 俺が青い炎の持ち主だからか? そういう差別よくないって!」

「炎の色は関係ありません。ルディさんにも無理です」


 ルディも無理だと? 色ではないとしたら何だというんだろうか?


「どういう事だ?」


 俺達は同時に聞いた。それが面白かったのかクラウンは吹き出す。こいつ笑いのツボおかしいだろ。


「彼女の火力は常人の二倍。これは僕との契約が関わっているからです」


 契約? 聞こうとする前にグリムがぴょんと大理石の上を跳ねてクラウンの元へと寄った。


「契約って……いったい何をしたんだ。クラウン」


 その声は深刻そのものだった。先日のジョーカーのことがあったばかりだ。彼もまた禁忌を犯してないだろうか、と不安になったのだろう。

 だが、その不安は杞憂に終わった。クラウンは手を振りながら、ないないと否定する。


「ああ、安心してください。禁忌に触れるものではありません。ちょっとスレスレですけど」


 いや、スレスレなのかよ。


「彼女、ヨハンナは死んだ弟の魂を預かるという契約をしたスートなんです」

「つまり、弟の業火をもっているから火力があるって訳か」


 グリムはふむふむと納得したように二、三度頷く。


「富のスートですから火力が二倍になったら面白いなあって思ったんですよね。魂の管理者としての特権を使ったって感じです」


 死神は魂の管理者、その力を利用させてもらっただけだとクラウンは言う。だが、疑問は残っていた。


「まてよ、弟って……どうして死んだんだ」

 俺は恐る恐るたずねる。弟の魂はどうして肉体と離れる事になったのだろうか。もし、それが死神関連だとしたら――


「決まっているでしょ。死神、デスデモーナに殺されたんですよ。」

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