【死闘】腐女子のエビルとチェーンソーを持ったシスター
俺達はそれぞれ黄色と青の炎をまとい、鎌を手にした。やっと、エビルと戦える。それまでの過程があまりにも混沌としていたが。戦闘態勢に入ったのも束の間、エビルはうっとりと光悦した表情を見せた。
「ああ、最高……ルディヒュと戦えるなんてマジで尊み」
何言ってるんだこいつ。というのはルディも思ったらしく、彼は舌打ちをしてエビルを罵る。
「クソが、俺達はお前が思っているような関係じゃないからな」
「そ、そうだそうだー!」
正直よく分からないから俺はルディに同調した。すると、エビルは表情を歪ませて黒い炎を燃やす。
「はあ? そんな恰好で何を言っているの? ルディヒュは付き合ってるんですー。証拠だってあるんだからねっ!」
言葉と共に、何個もの火の玉を俺に投げつける。間一髪でそれを避けると、火の玉は参列者用の椅子に当たった。
すると、その横並びの椅子はぷしゅうと間抜けな音を立てながら溶けていく。いや、腐ってしまっていた。
危ない。あの炎に触れてしまえば何物も腐り果ててしまうというのか。
「証拠?っ……く!」
「ああっ! その声最高!」
「うるさい! 証拠って何だよ!」
俺は歯を食いしばりながら叫んだ。すると、エビルは薄気味悪い笑みを浮かべて俺を指差した。
「ヒューバードきゅん言ったじゃない! 自分が女の子にモテてルディくんが嫉妬したって!」
ええと、あ、アレか。シッパーに聞かれて答えたやつ。いや、それはルディが俺に嫉妬した――つまり、嫉妬の対象は俺であって、女の子ではなくないか!?
「……あれ、そういう意味じゃねえよ!?」
俺が否定するもエビルは聞く耳を持たずに続ける。
「他にもこの間囚われていたやつ、あんなのモブレ不可避だし助けに来たルディ君グッジョブなんだよなあ!」
エビルは胸を張りながら叫ぶ。俺がルディに尋ねる前には彼は自ら言葉を零した。
「ヒューバード、モブレって何? って聞くのは禁止だからな。知りたきゃ後で辞書使って調べろ」
「……いい言葉じゃないのは察したよ。コイツの拡大解釈もな」
吐き捨てるように言う。エビルはくつくつと笑いだした。
「そう、私は……拡大するのが得意」
褒めてねえよ。エビルはまたも大火で白い式場を腐敗させていく。
「くそっ! あの炎全部腐らせる気だ。それにこいつ強すぎる……」
「炎がでかすぎるんだ! こんな量を使う悪霊初めて見たぞ」
ルディが切れた口内から血をぷっと吐いた。
言われてみればそうだ。悪霊の炎は、通常であれば人一人を飲み込むほどのものである。
ところが、シッパーのエビルは炎の量が通常の二倍近くある。
「おそらく、彼女の心の業火が悪霊と共鳴し、巨大な炎を生んでいるのだろう」
「それって……シッパーとこの悪霊がフジョシってやつて心が繋がってるってことか?」
「まあ、そんなところだ。彼女の背負う業もなかなかに深いものだしな」
「どういうことだよ」
「腐女子っていう生き物は業が深いんだよ。だからあいつの火力は強いってことだ」
ルディはそそくさと要約する。
よく分からなかったが、結論、実質一対二の不利な戦闘である。
「どうする?」
「とっとと片付けてしまいたけど、この格好動きにくいんだよな」
俺の言葉が聞こえたのか。クラウンが両手をメガホンの形にしてこちらに向かって叫ぶ。
「ヒュー子さん。そのドレス邪魔だったら腰のリボン引っ張ってみてください」
「ん。これか!」
俺は言われた通り、背中にちょうちょ結びにされたリボンへと手を掛けた。
それをしゅるりと解くと、柔らかい布が剥がれ落ち、ロング丈のドレスは膝丈になった。
なるほど、これなら動きやすい。
「お色直しは完了した。後はお前らを倒すだけだ!」
俺は右手に持った方の鎌をエビルたちに突きつけて宣戦布告をした。
「ぎゃああああああああああっ!」
エビルがこの世の終わりみたいな叫び声をあげる。
なんで? まだ攻撃してないよな?
「なんなんだよ! お前さっきからうるさいぞ!」
俺は抗議した。せっかくカッコつけたのに台無しだ!
「いや、ヒューバートきゅんにすね毛生えてるの解釈違いなんだけど!! なんで!! 無理!!」
すね毛? 俺は先ほどまでドレスで隠れていたが、今は露わになってしまった自分の脚を見る。
いや、たしかに、毛は生えているけど、そこまで目に毒になるほどでは──。
「え? お前処理してねえの? 今なら半額で通える脱毛サロンがあってな」
「動画サイトのクソ広告みたいな事言うな!」
俺のツッコミをよそに、エビルはわなわなと黒い炎を燃やしていた。
「許さない……ヒューバートきゅんのスネ毛許さない……ツルツルにしてやる!」
「怒るところ、そこぉ!?」
「女心……って言うより腐女子心は複雑だからな」
ルディは能天気な言葉をため息と共に吐く。
「うわっ!」
エビルが黒い炎を俺達の方へと放つ。無駄口を叩いている暇なんてなかった。俺はシッパーのエビルの放った炎に足を取られて、地面へと叩きつけられた。
「足……ヒューバートさんの足を燃やしてしまえばいいんだ」
まずい、完全に俺を狙っている。このままじゃ──
「お待たせ」
開いたままの扉から人影が一人分伸びている。
黒と白を基調にした長いスカートと被り物、この姿はシスターか?
頭に載せたウィンブルからはストロベリーブロンドのミディアムボブの髪が覗く。
平常心の様な表情を見せ、落ち着いた姿とは裏腹に、手には重々しいチェーンソーを携えていた。
「だ、誰?」
「細かい事は後。それより今は……」
ギャギャギャとチェーンソーのエンジンが鳴き声をあげる。それと同時に、白い炎が彼女の四方をぐるりと包み上げた。
「白い炎……?」
炎を持っているという事は、スートなのだろうか。
シスターはチェーンソーを振り上げた。同時に白い炎は教会の半分を覆う程の範囲に広がる。
ただ、一切の防御はない。隙だらけの状態で応戦する気か!?
「無茶だ! 危ない!」
俺は強く制止した。エビルは黒い炎を蓄えて砲撃に備えている。このまま攻撃されてしまえば確実に黒い炎の餌食になり彼女は腐った肉に塊になり果てる。
「大丈夫」
ニヤリと笑みを浮かべたのはクラウンだった。
「え?」
「攻撃は最大の防御。だから」
シスターはそう言って、チェーンソーを軽々と振り回した。すると、エビルの持っていた炎は瞬く間に消滅した。
「ぎゃあああああっ! 私の炎!」
広範囲に及ぶ白い炎は遠距離でもエビルにダメージを与える。実力差は明らかだ。
「くっ……でも、まだまだ!」
エビルはもがきながらも黒い炎でバリケードを隔てる。
それでもなお、シスターは白い炎でパイプオルガンも、チャペルもステンドグラスもこの広い教会中のすべてを包みこみ、ありったけの出力で攻撃に備える。
「おい、無茶だ! そんなに炎を使えば!」
グリムが叫ぶ。そうだ、火力は消耗すればするほど後で反動が来る。計画的に使うのが定石だ。
「いえ、大丈夫ですよ。グリムさん。彼女の炎は火力二倍ですから」
「クラウン、お前なんでそんなこと……?」
案の定、これだけの火力を放てばエビルのバリケードなどもろともしない。
「うぎゃあああああっ!」
エビルの体力はかなり削がれた。となれば――
「おい、ヒューバート立てるか?」
「ああ。悪いな」
後は俺達でなんとかする。
俺はルディの手を取り、立ち上がる。
「あああっ! 尊い!」
それをみたエビルが叫ぶ。
「ああ、もう! うるせえ!」
ルディは鬱陶しそうに声を上げる。
何にせよ、まずは俺がダメージを与える必要がある。やっと出番だ。いつものお膳立ての時間がはじまる。
「悪いけど、俺は、お前の理想には応えられない」
「え?」
「俺は俺でしかないから」
それだけを伝えて俺はこれまでのうっぷんを晴らすかのように両手に持った鎌で調理でもするようにエビルを何度も切りつけた。
「うっ!? あああっ!?」
エビルはある程度ダメージを受けているからか、スピードについていけないのだろう。それもこれもあのシスターのおかげだ。
「ルディ、もういいぞ」
「任せろ」
黄色い炎が煌々とし、エビルを一刀両断する。
「本人凸はもう止めろよ!」
相変わらず、ルディが何を言っているのはよく分からないが。
「あ、でもこういうのも悪くないかも……尊死」
黒く腐った炎は消え去った。
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