【怪奇】絶対にキスしないと出てこないエビル

 そうして、無事とは言い難いがなんとか式は執り行われる事になった。

 陽の光をステンドグラスの鮮やかな色を通して白い壁に映し出される教会のチャペルで、俺達は誓たくもない愛を誓う。


「新郎、ルドルフ・スティーブン。健やかなるときも病める時も新婦を愛すると誓いますか?」


 クラウンが問うお決まりの台詞に、ルディはけだるげに頭を掻いた。


「あー、はい……誓います」


 渋々だけど誓いやがった。


「新婦、ヒュー子」


 ヒュー子って誰だよ。俺なんだろうけど。

 ルディはくくっと小さくふき出す。おいこら、笑うんじゃねえ。


「あなたは、健やかなるときも病める時も新郎を愛すると誓いますか?」


 げ、しまったこれ誓ったらキスしなきゃいけねえんだよな。そう思うと普段からよく動くこの口も今だけは貝のように固く閉じるしかなかった。


「おい、ヒュー子」


 ルディは俺を横目でちらと見て、誓いの言葉を促す。ていうか、その名前で呼ぶな。

 諦めた様に俺は大きな息を吐いて半ばヤケクソで叫んだ。


「誓……いま……す!」

「それでは……ふふっ……誓いのキスを」


 クラウンが笑いを堪えきれずにふき出した時点でカットがかかって欲しかったがそういう訳にもいかなかった。

 ルディは小さなティアラを載せた白いレースのウエディングベールをはらりと捲り、俺の両肩に手を置く。そして、そのまま顔をみるみると近づけて──て、おい! ちょっと待て!


「お……お前本当にする気か!」

「仕方ねえだろ。契約の内容はキスが見たいってあったんだから!」

「正気かよ! 俺だぞ!」


 俺が必死に説得するが、ルディは照れくさそうにはにかむ。


「まあ、この姿ならいけるかなって」

「お前が良くても俺が嫌なんだよ!」


 新郎新婦で小競り合いをしているとクラウンが「あれぇ?」わざとらしく煽る。


「キス遅くないです? ほらほら、早くしてくださいよー」

「そうだそうだー! 早くキスシーン見せてくださーい!」


 シッパーまで同調する。何だこの地獄。


「ほら、キッス!キッス!キッス!」


 またシャンパンコールみたいな口調でクラウンは口づけせよとはやし立てる。こいつ、前世ホストだろうなきっと。

 いや、そんな事を考えている場合では無い。俺は新聞記者人生最大の危機を迎えている。こんな形で同性と――しかもルディとキスするなんてごめんだ。


「ヒューバート」


 窮地に立たされていると名前を呼ばれる。ルディだ。ああ、こいつは別にキスしても構わないんだもんな!

 俺はいら立ちを隠しきれないまま返事をした。


「何だよ!」

「大丈夫だ。俺を信じて目を瞑れ」


 いつもの強面が嘘みたいに柔らかい表情になり、俺を諭す。

 不覚にも、こんなに優し気な彼を見るのは初めてだった。そのギャップのせいでどこか心をほぐされたのか、俺は渋々だが、ぎゅっと目を瞑った。

 だが、信じろったって一体この絶望的状況を打破する方法がどこにあるのだろうか。

 やっぱり、目を閉じてしまっては唇を奪われるだけかもしれない。俺は薄眼を開けようとしたが、時すでに遅し。

 温かくて、ふにゃりと柔らかいものが触れた。


「……え?」


 ルディの唇はちゅ、と音を立てて着地した。俺の唇──ではなく、額に。


「ああああああああああっ!!!! 尊いいいいいいいいいいっ!」


 刹那、シッパーの断末魔のような叫びと共に黒い炎が火柱を作り燃え上がる。

 

「作戦成功だな」

「どういう事だよ! ルディ」

「彼女の願いは『俺達のキス』。だが、やっぱり「何処にするのか?」までは指定していなかったみたいだな。だから、唇である必要はなかったんだよ!」


 なるほど、こう言ってはなんだがエビルとの契約は結構ガバガバなのかもしれない。


「ああ、こんなことなら口と指定させておけばよかった! 何をしてんだこの小娘は!」

「お前がシッパーをたぶらかした悪霊か! よくも――」

「ちょっと待て、この子娘は私と契約を交わしたが、彼女の方から契約を持ち掛けたんだ」


 妙な弁明に俺は「どういう事だ?」と聞き返す。

 エビルはびし、と新郎新婦に扮した俺とルディを指差す。


「分かっていないようだな。彼女――いや、我々はお前たち二人の恋仲を応援している者だ」

「ちょっと待て。え? どういう事?」


 俺は理解が一切追い付かず、彼女にストップをかけた。これまでいろんな取材に行った事があるけど、この度は本当に訳が分からない。

 俺と、ルディが恋仲? どうしてそんな思考になる?

 困惑している俺と対照的にルディは淡々とエビルに対峙する。


「やっぱりな。俺の店に『お二人は付き合ってるんですか?』なんてふざけた手紙寄越したのもお前か」


 エビルは「ああ」と零した言葉を止めるように口元に手を当てる。


「つまり、あの小娘も私も腐女子というやつだ」


 あー、また俺の脳内の辞書に載ってない言葉が出てきたぞー。俺の頭ではどうしようもないので俺はルディの真っ白なタキシードの裾をちょん、と引っ張って声を掛けた。

 その瞬間エビルが「ぴぇっ!」と悲鳴をあげた気がする。まだ攻撃してないのに、なんで?


「おい、ルディ。理解できるか?」

「一応、意味は分かるよ。お前よりはそういう俗っぽいこと分かるからな……」


 俯きながらため息をついたルディは顔を上げる。エナドリだけを胃にぶち込んで三徹くらいしたような焦燥しきった表情はキメキメの白いタキシードに生気を吸い込まれたようだった。


「けど、理解は流石にできねえ」


 とりあえず、こいつの死にそうな表情だけで少なくとも良い内容ではないことだけは分かった。


「それで、彼女は私に願った! 『ヒュルディの結婚式でキスシーンが見たい』と」


 Q.ヒュルディって何?

 とルディにもう一度問おうかと思ったが、今にも死にそうな彼にこれ以上追い打ちをかける真似も出来ず、俺は言葉を飲み込んだ。

 エビルは俺達をよそにシッパーと契約をした当時を振り返る。


「本当はピーとかアハーンとかバキューンとかと言いたいところだったようだが、生憎私はルディヒュ派で逆カプ民だからな。キスで落としどころを付けたという感じだ」


 おい、公序良俗に反する内容が聞こえたぞ。半角カタカナで伏字になってるけど。

 だが、悪霊とは交渉をしたという事か? 何故? ぎゃくかぷってやつが関係あるんだろうけど。


「なぁルディ、逆カプって何?」

「お前は一生知らなくていい言葉だよ」


 ルディは雑にあしらった。もう少し丁重に扱え。


「さあ、おしゃべりは止めだ。見せてもらおうか二人の絆を!」

「何か鼻息荒くないか? このエビル」

「気のせいだろ」


 やけにルディが塩対応なのは気になるが、戦闘開始だ。

 

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