【地獄】同期を救う為とはいえ、相棒と結婚する事になるなんて

 彼女は悪霊と契約をした。つまり、どうしても叶えたい願いがあったという事だ。


「そんな……おい! お前が悪霊と契約だなんて、一体何を願ったんだよ!」


 俺は、彼女の肩に両手を置きながら確認した。彼女の事も救いたい。どうにか、救える内容であってくれ。

 シッパーは顔を青くしながら怯えていた。悪霊の副作用だろうか。


「ええと……すみません……その、言えない」

「言えよ! それが分からなきゃお前を救えない!」


 俺は必死になってシッパーを質した。すると、気迫に負けたのか彼女は泣きそうになりながら言葉を紡ぐ。


「……分かりました、私は――」


 彼女はようやく意を決したように息を吐いた。


「『推しカプが結婚式でキスするところが見たい』と願いました」

「推し……カプ?」


 これまでの人生で初めて聞く言葉に俺は聞き返した。オシカプってなに? 押し花の一種?

 もう、若者言葉についていけなくなった年なのか? と少し自分の年齢が怖くなってしまった。


「と、とにかく!結婚式が見たいんです!」


 シッパーは取り繕うように言う。なるほど、じゃあ結婚式をここですればいいということか?

 都合よく、ここは教会である。それも結構大きめの。内装はシンプルであるがそれがかえってどんなシチュエーションにも対応できる最高の舞台になると思った。


「問題は配役をどうするか……だよな?」

「ああ、牧師役は僕がしますよ」


 クラウンが立候補する。教会と牧師。結婚式の舞台と脇役は整った。後は主役、新郎新婦をどうするかだ。


「新郎は……俺かルディのどっちかがすればいいか」

「じゃあ俺がやりたい!」

「下心見え見えだぞ」


 どうせ可愛い女の子と挙式がしたいだけで立候補をするルディに俺は冷たい視線を送った。


「じゃあ新郎役はルディさんで行きましょう。後は新婦ですが……」


 クラウンは口ごもる。そう、一番の問題は新婦役だ。


「この子にやらせればいいんじゃないのか?」

「馬鹿。彼女は結婚式を見たいって言ってるんだぞ。自分が結婚したら見れないだろうが」

「じゃあ他に案でもあるのかよ」

「それは……ない」


 ルディの反論はもっともだ。このメンバーで新婦役をできる奴はいない。

 すると、クラウンが「あ!」と何やら閃いたようににんまりと笑みを浮かべて両手を叩く。


「いい事を思いつきました!」

「えっ?」


 と、そこでみぞおちにあの時と同じ衝撃が走った。


「がっ……」


 またあの時と同じ腹パンをくらうなんて思っていなかった。


 ◆

 

 俺が意識を取り戻したととき、目の前にはガラス窓を隔ててそれはそれは美しい女性がいた。


 ゆっくりと開く大きな瞳は光を閉じ込めてキラキラと輝くサファイアのようで、ウルフカットのセミロングヘアは肩につきそうな末広がり。

 上向きの長いまつ毛は天まで届きそうで、鼻筋もすっと通っており、サーモンピンクの唇はグロスで潤んでいた。

 顔のパーツの配置も完璧な美少女はふわりと花を模したフリルが施された純白のウエディングドレスに身を見包まれていた。


 露出が少ない上にフリルのおかげでボディラインは分かりにくいドレスだった。

 ああ、そうか俺たちは花嫁を探していたんだった。でもこの女性は一体? そういえば、髪型こそ違えど、この間会ったデスデモーナという死神に似ている気がした。


「誰……だ、これ」

「綺麗ですよ。ヒューバートさん」


 ガラス窓の向こう側からクラウンが微笑みながら声を掛ける。

 え? 俺の名前? このガラス窓ってもしかして鏡で、という事はこの花嫁は――


「……俺ぇっ!?」


 やっと気づいたかというようにクラウンは頷く。

 え、何これ? 俺が花嫁って、なんで? なんで俺がこんな可愛い事になってるの? は?

 確かに取材のためなら何でもするって言ったけど、こんな事は初めてだ。


「いやー、元の顔が良いだけあってやっぱり化粧映えしますね。どうです? 結構いい出来でしょ?」

「なんでこんな事になってるんだよ! ま……まさか!」


 俺は胸元に手を当てる。ふんわりとしたふくらみを感じた。もしや、死神の力とかで本当に女性にされてしまったのではないかと疑う。


「ああ、大丈夫ですよ胸のそれはパットです。流石に性転換なんてしていませんよ」

「よ、良かった……じゃなくて! どうしてこんな事を!」

「だってヒューバートさん言ったじゃないですか。民間人を巻き込みたくないと。だからあなた自身が新婦になってしまえば全て解決! つまり『お前が花嫁になるんだよ!』作戦です」

「解決なのか? これ」


 鏡に映る俺は確かに、自分で見ても可愛らしい女性だと思った。

 万事解決。俺の男としてのプライドがズタズタにされてしまったこと以外は。

 鏡に映る俺が引き攣り笑いをしているのを見ると、頭上に何かを置かれた。

 ティアラを模したウエディングベールだ。


「さあ、愛しのダーリンの元へ向かいましょう?」

「マジで勘弁してくれ……」


 誰が嬉しくて女装して相棒と結婚式のフリをする事になるのだろうか。

 俺はベールと共に頭を抱えながら、もう片方の手をクラウンに引かれた。



 バージンロードを神父と新婦が駆けまわる挙式など今までにあっただろうか。いや、ない。

 クラウンはさぞ嬉しそうに叫びながら俺の白い手袋に包まれた腕を引いて無理矢理ルディの元へと差し出した。


「ルディさーん! 新婦見つけてきました!」

「マジかよ!でかした! クラウン」


 そう言って、ルディは俺のウエディングベールを捲ると「えっ……」と声を漏らす。

 ああ、バレてしまった。それ見た事か。流石に女装した相棒を嫁になんて――


「待って、どうしよう。めちゃくちゃ可愛いっ……! タイプすぎる!」


 マジかよ。ていうか気づいていないのかよ。気づけよ。


「ああ、この度はご協力ありがとう。後で連絡先を──」

「お前は自分の相棒の顔も忘れたのか?」


 キメ顔を作ってナンパまがいの事をする彼に、俺は声をやや低くして言い放つ。

 するとルディの顔が赤から青へと変化した。


「相……棒? その声、まさか……」

「ああそうだよ! 俺だ! ヒューバートだよ!」

「う、嘘だろおおおおおっ!!!」


 もともと強面の彼ではあるが、この時ばかりは劇画を思わせるような表情で驚愕していた。

 まるで、今世紀最大の悲劇とでも言うように。


「一応確認するけど、おまえ本当は女だったのか?」

「んな訳あるか!」

「くそっ! こんな秒で失恋するのは初めてだ……」


 残念そうにルディは項垂れる。

 気づかなかったとはいえ、一瞬でも恋におちたという事実に俺は鳥肌が立った。取り返しがつかないうちにネタばらししていて命拾いした。


「さあ! これで役者は揃いました各自定位置について結婚式を始めますよ!」


 何故クラウンはこんなにもノリノリなのだろうか。多分、面白ければ何でもいいのだろう。彼が。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る