【タチ悪】クソ神父に居留守を使われた上にコキ使われそうです

俺達は、セントラルパークの付近まで向かい、辺りを見回した。

 たしか、大きめの教会があったはずだと思い出していると、ビル街に似つかわしくない城のような建物が頭を覗かせていた。

 こっちだ、と俺達はその方向へと足を運ぶ。


 先週連れてこられた時は目が覚めた時には教会の中に居たから知らなかったが、教会は思ったよりもずっと大きかった。

 建築家の趣味だろうか。今は亡きサクラダファミリアのパクリのようなデザインをしていた。


「ここだよ。この教会」

「なんだ、案外普通の教会だな」

「神父はイカレ野郎だけどな」


 恨みを込めて言うと、ルディは鼻で笑う。腹が立ったので話題を変えようと思い、彼に背負われているグリムの方を一瞥した。


「どうしたんだよ、グリム。ずっと大人しいじゃん」

「あ、なんだ。お前食べられるか心配してんのか?」

「大丈夫だって。相手はルディじゃないからな」

「それどういう意味だよ」


  先程の仕返しといわんばかりに俺はルディにチクリと言葉を刺す。


「そんな事より、ほら。早く行くぞ」


 俺は、教会の分厚い扉をそれなりに強い力でノックする。


「すみませーん。誰かいますかー」

「いませーん」


 男の声で返事が返ってきた。


「よし、居るな」


 居る事は確認できた。俺は助走をつけて扉へと足を伸ばそうとした。


「居留守使うとはいい度胸だな。このドア蹴破ってや──」

「別に、居留守とかじゃないですよ」


 が、俺達が蹴破る前に扉はあっさりと開いてしまった。慌てて急ブレーキをかけようとしたら俺達は扉の前で思い切り転んでしまい、二枚組のパンケーキのように重なってしまった。

 見上げると、神父の恰好をした男が頬を膨らませていた。間違いなく、あの日俺に腹パンを食らわせたクソ神父だ。


「あっ! あの時の!」

「おい、こいつか?」


ルディが確認するように言う。


「そうだよ! こいつが俺を拉致した腹パンクソ神父!」

「失礼ですね。せっかく教会に連れて行って懺悔をさせてあげたのに」

「お前がしていたのは暴力とシャンパンコールだろうが!」


 怒涛のツッコミに収拾がつかないと判断したのかルディはため息をついた。


「そんな事よりお前が俺の情報をコイツに与えたって聞いたんだけど……」


 そんな事よりってなんだ。そりゃ、なんでこの神父がルディの情報を知っているのかは気になるけど。


「ええ! この本に書いてある通りの情報を渡しましたとも」


 ルディは「本?」と聞き返す。

 神父は黒い本を見せた。ああ、これもまた、あの日見たものと同じだ。


「はい。この本に現在の貴方について全て書かれています」


 ルディはその本を手に取りぱらぱらとめくった。


「うっわ! 個人情報じゃねえか! プライバシー侵害!」


 本、というよりもメモ帳に近かった。書かれているのは手書きの文字だし。

 となると、このメモをこの神父が書いたのだとしたら? なんでルディの情報を知っている?

 いくつもの疑問が頭を渦巻いたが、聞きたいのは一つだった。


「おい。単刀直入に聞く。お前、一体何者だ?」

「申し遅れました、僕はこの教会──ヨハネス修道院の神父、ヨハネスと申します」


 神父は存外あっけなく素性を吐いた。上品にぺこりと深くお辞儀をするのが鼻につく。

 顔を上げるとすぐさま「ところで」と話題を切り替えた。ルディの肩の辺りをすっと指差す。


「ずっと気になっていたのですがルディさんが背負っている大きなお魚さんは……?」

「え? ああ、これはちょっとさっき釣ってきたやつで」


 一般人にグリムの正体をバラすのは悪手だと思ったようでルディはしどろもどろになりながら誤魔化す。

 するとヨハネスは深くため息をつくと、今度は獲物を捕らえるような目つきでルディを覗き込む。


「嘘はいけませんよ」

「っ……!」


 なんだ、この迫力? まさかこいつ、悪霊──エビルなのか!?

 思考を巡らせている隙にヨハネスはルディの背後に回り、グリムをひったくった。


「あっ!」

「やっぱり」


 ヨハネスはグリムの尾びれを掴みながら眺めると獲物を捕まえた肉食動物のように笑う。

 しまった。コイツの狙いはグリムか?


「グリムさん、魚になったって本当だったんだ。ウケるー!」

「へ?」


 これまで胡散臭い敬語だらけだった神父から発せられた若者言葉に俺とルディは間抜けな声を漏らしてしまった。

 グリムの事を、知っている? それも、かなり親しそう?


「おい、グリムどういう事だよ知り合い?」

「だから! 来たくなかったんだ! 俺は!」


 ルディが質すと、グリムは観念したのか体を震わせて叫んだ。

 それを見て、神父は腹を抱えながらけたけたと笑っている。


「いやー、まさかこんな姿になってたとは。ヤバっ。笑いすぎて腹筋割れちゃう」

「仕方がなかったんだよ! 畜生、よりにもよってクラウンにこの姿を見られるとは……」


 知り合いなのだろう。彼らは口喧嘩──いや、神父が一方的にグリムをいじっていた。

 いや、ちょっと待て。そんな事より、聞きなれない名前があった。俺はグリムに対して口を開いた。


「クラウン?」

「ああ、こいつの本名だ。こいつは死神、クラウンだ」

「死神!?」


 死神の知り合いという事か。ひょっとして──


「もしかして、『マジで何考えているか分からな過ぎてどこにいるのか全く検討が付かない』死神の一人って」

「えー、そんな事言われてたんですか? 心外だなあ」


 ヨハネスもとい、クラウンは唇を尖らせながらぶーぶーと文句を垂れる子供のように言った。

 というか、こいつも嘘――偽名使っているんじゃねえか。


「うるさい! 大体、何故死神のお前がこんな所で神父なんてしているんだ」

「んー。ちょっと訳アリなんですよね」

「そのちょっとを教えろ!」


 グリムでさえ、完全にクラウンのペースに呑まれていた。

 クラウンもそれを分かっているのか、ニヤリと意味深に笑い人差し指を天に向けた。


「じゃあ、僕のお手伝いをひとつだけしてくれたら教えてあげますよ」

「お手伝い?」


 ルディが聞き返した。グリムが「気を付けろ。ろくな話じゃないかもしれない」と言っていたが同感だった。

 クラウンはさっそく俺達に依頼したいお手伝いの話を進める。


「実は先ほど懺悔しに来た方で妙な事を口走った方がいらっしゃるんですよね」

「妙な事?」

「覚えてる範囲ですけどね『私は……!!とんでもないことをしてしまいました!!!……の結婚式で……が見たいなんて……悪霊と……!』と、仰ってました」

「悪霊だと!?」


 ルディは食いつく。

 悪霊と契約をしたという懺悔を聞くとは思わなかった。クラウンは、「つまり……」と続けた。


「あなたたちがする事は二つ。契約者の願いを叶えて締結をさせる事とエビルを祓うことです。」

「締結?」


 聞きなれない言葉にルディが尋ねる。すると、彼の背後にいるグリムが耳打ちをしていた。


「エビルと契約した人間の願いが叶う事で起きるエビルと人間の同化現象だ。モイラも願いが叶った途端炎に包まれていただろう」

「ああ。あれか……」

「まあ、以前の男の場合のように感情が昂ぶりすぎて願いが叶う前に悪霊に食われるように締結する場合もあるが、あれは稀な話だ」

「なるほど」


 ルディが納得したところで、クラウンが「つまり」と全てをまとめる


「これから結婚式を執り行いエビルをおびき寄せて、奴を倒すのです」

「なぜだろう。前者の方がすごく難しそうなんだけど」


 しかし、結婚式ってどういうことだ?クラウンの覚えている範囲が狭いから詳細を本人から聞きたい。そう思って俺は尋ねた。


「その、懺悔した人は?」

「こちらに来てもらっています。どうぞ!」


 クラウンの合図で壁のパイプオルガンの隅から女性がひょこりとパイプオルガンの隅から顔を覗かせた。

 あれって、もしかして――


「シッパー?」

「ヒュ……ヒューバートさん」


 さっきまで一緒にお茶をしていたはずのシッパーだった。

 

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