【フラグ】恋愛フラグは折れたけど、再会フラグが立ちました
快足を飛ばして定刻の五分前にはスウィーティーダイナーへ到着した。
カウンターは砂糖、グラニュー糖、蜂蜜、カラメルシロップなどの甘味料で埋め尽くされていた。店主であるルディは既に仕込みの準備をしていたが、遅刻ではないので「遅いぞ」とどやされる事なく俺はコートとジャケットを脱ぎ、ワイシャツの上からエプロンを纏った。
最近は悪霊退治以外の客も来て料理を楽しんでいる。まあ、俺が仕込みを手伝っているから多少マシなものができているのだろう。
床を箒で掃いたり、テーブルを磨いたりしていたが、単調な作業が続き少し飽きてくる。不意にシッパーとのことを思い出してしまった。彼女は結局ルディにたいしてどういう感情を抱いていたのだろうか? 気にする事は無いと思いつつ気になってしまう。磨いたばかりのカウンター席のテーブルに頬を付けるとひんやりとした感触がした。
「おい、ヒューバートサボんなよ。仕込みしろ。仕込み」
「俺、ホール担当だろ」
「じゃあ掃除しとけよ」
「はいはい」
俺はしぶしぶ腰を上げて箒を手に取り床にも多少散らばっている砂糖を掃く。トランプの柄の様な黒と赤のチェッカーズの床に砂糖の白い雪はとても映えていたので掃除はしやすかった。それでも俺はゆっくりと箒を動かす。
すると、それをおかしく思ったルディが俺に声を掛けた。
「どうしたんだよ。なんかあったのか」
「いや、さっきお茶したんだけどな。同期と」
「ああ、だからか」
ルディが納得したように頷いた。
「何が?」
「なんかやたらコーヒーの匂いぷんぷんさせてると思ったんだよ」
「犬かよ」
「ちなみに、この間お前助けた時も匂いで場所を特定した」
「すごいな! お前の鼻!」
ルディはどうやら犬よりもすごい嗅覚の持ち主かもしれない。ダイナー店員として肝心な味覚は壊滅的だが。
話が少し脱線した。ルディは軌道修正するように「それで」と続ける。
「同期とお茶したって……どうしたんだよ。落ち込む理由あるか?」
「いや、俺の取材に付いて行きたいって言ってたんだけどな、駄目って思い切り断っちゃったんだ」
あの時のシッパーの寂しそうな顔が頭に残っている。理由を話したら納得はしてくれたが、少し言いすぎてしまった気もした。
「そしたら彼女悲しそうな顔していてさ」
「え、彼女って……」
俺が迂闊にも口にした主語をルディは聞き逃さなかった。くわっと目を見開いて彼は叫んだ。
「女の子か!」
「女の子だよ」
正直に白状すると、ルディは逃がさないぞと言わんばかりに俺の肩を両手で鷲掴みにする。
「ずるい! なんで連れてこなかったんだよ!」
「俺は一般人を巻き込みたくないの! エビルとの戦闘になったらどうするんだよ!」
その理由には彼も納得してくれたようで存外あっさりと「なるほど」といって肩を掴んだ両腕を離した。
「でも、どうしてこの場に来たかったんだろうな、その子」
「どうにもお前のこと気になってるみたいだったんだけど――」
「なんだと!」
また、食い入るようにこちらを見つめた。
「さっきから食いつき良すぎだろ! さっさと仕込みしろよ」
「だってモテたいだろ!」
必死に訴えられるが、俺は冷や水を浴びせるように現実を突きつけることにした。
「残念でしたー! 本人にそれ確認したら『そういうのじゃない』って言ってましたー! はい、残念―!」
「うるせーっ! 照れ隠しかもしれないだろうが!」
往生際悪くルディは反論する。が、すぐに猫なで声になり「ヒューバートぉ」と俺を呼んだ。
「なあ、その子紹介してくれよ。な?」
「絶対いやだ」
「そこをなんとか!」
ぎゃいぎゃいとそんな中学生でもしないようなやり取りの間に一匹の魚が割って入る。
「そんな事よりも、他の死神の行方を探して欲しい所だがな」
「グリム」
丁度いい所に来てくれた、と俺は思った。ルディは舌打ちをしていたけど。
「他の、死神か……あと二人、だよな?」
「ああそうだ」
「なあ、その死神達ってどんな奴らなんだ?」
「一人は恋人と駆け落ちして失踪。もう一人は……」
グリムは少し溜めを作って、苦い表情になる。
「マジで何考えているか分からな過ぎてどこにいるのか全く検討が付かない」
ため息と共に出た回答に、俺は呆気にとられた。
闇堕ちした死神と、駆け落ちした死神と、謎の死神と、サーモンの死神。こうして並べてみるとなかなかキャラが濃いというか、個性的というか――
「ええ……いいのかよ。チームワーク皆無じゃん」
「俺が! 一番! まともなんだよ!!」
グリムは尾びれをびちびちと叩きつけて力説する。
「魚に転身して人間に擦り寄るのもなかなかだと思うぞ」
「うるさい! なんでもいい、何か心当たりないのか!」
「心当たりねえ……」
ルディは考え込む。俺はふと頭の中である人物の影が横切った。
「あ、あのさ。俺、変な神父に会ったんだよな」
質問を確認したルディは「神父?」と言いながら首を傾げた。
「ああ。俺に腹パン食らわせて拉致したクソ神父だな。ぶっちゃけ俺が聞きたいくらいだよ!」
あのクソ神父、結局いったいどこの誰なのかさっぱり分からずじまいのままだ。思い出したら腹立ってきた。
「そういえば、俺のところに初めて来た時にも言っていたよな。クソ神父がどうのって……」
「そうだよ。アイツがお前の素性を教えてくれたんだよ。知り合いか?」
「いや、神父の知り合いはいねえよ」
ルディは首を振る。じゃあ、なんであんな情報を?
何も心当たりがないはずなのに。いや、かくなる上は――
俺はルディを見上げて「なあ」と告げる。
「その神父。会いにいってみないか?」
「え? なんで」
「だって、お前の事事細かに知ってたんだぞ。となると、敵か味方かは置いといて関係者かもしれないじゃん」
「なるほど。じゃあ、グリムも──」
「俺はいい」
グリムの即答に俺達は声を揃えて「え」と反応した。
「俺はここで店番しておく」
あまりにも不自然な様子に、ルディが彼の湿った体を調理用のタコ紐でぐるぐるに拘束した。
「よーし、行くぞ」
「離せええええっ!」
びちびちと抵抗する様子は何処からどう見ても釣り上げられたサーモンにしか見えなかった。
「おい、店の営業はいいのかよ?」
「臨時休業だよ。死神見つけるほうが先決だろ?」
まあ、たしかに……と俺は頷く。
「って……お前それどうしたんだ?」
「え?」
俺はテーブルになぜか一枚だけ置かれている封筒をルディに渡した。
薄い桃色の封筒にはルディさんへと小さい文字で書かれている。なんだ、ファンレターか?
「ああ、なになに……」
ルディは封筒の中身を確認する。その瞬間、彼は目元をぴくりと動かしてお便りを両手でシュレッターの如く刻んでしまった。
「おい! 何破いてるんだよ! やめろって! おい食べるなって!」
何という事だろう。ルディは破いたお便りを全て口に含みやがった。
ごくり、と喉仏が下りるとお便りは彼の胃袋の中に収納された。
「よし、腹ごしらえもしたし神父のところに行くぞ」
そんなので腹ごしらえになるとかどんだけ食い意地張っているんだこいつ。
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