【転職】いろいろあったけど、残りの死神を探します


 今回も無事とは言い難いがとりあえず悪霊は退散した。

 その後、当然のように局長は責任を追及されて見事に牢屋へとぶち込まれた。悪霊と結託して俺達を殺そうとしたわけだから当然と言えば当然だ。だが、彼もまたジョーカーに心を弄ばれた被害者であることは変わりない。


 そして、俺は今日も取材へと向かう。雪は降る事が少なくなったがまだまだ寒い三月の上旬。俺は今日もスウィーティーダイナーへと足を運んだ。

 開店まで二時間前と言った黄昏時に俺は、クローズドの札がかかったドア開けた。


「取材に来たぞ、ルディ」

「ああ。ヒューバートか」


 扉を開けると、ルディは厨房ではなく客の座るカウンター席に居た。甘いコーラをグラスに注いでぼんやりとしている。その瞳は、うっすらと憂を帯びていた。まるで「大切な人」を想い、涙を浮かべた時の様だった。

 だが、俺は取材をしなければならない。ルディの隣の席の丸い座面に腰を下ろす。床に足がわずかに届かない。不安定だが仕方ない。


「何してたんだ? 開店にはまだ時間があるだろ?」

「ちょっと、考え事」


 ぼんやりとした目を俺に合わすことなくルディは呟く。俺も「ふうん」とだけ言って正面に並ぶカウンター裏の酒瓶やグラスに目を向けた。暫く沈黙が続く。

 考え事。その内容はすぐに分かってしまったのだが、触れるべきか否かわずかに迷ってしまった。


「なあ、お前の考え事ってこの間のジョーカーの事だろ?」

「そうだよ」


 ルディは悪びれもせずすぐに肯定した。それが何だか腹立たしくて俺はカウンターを叩いた。


「たくっ。お前分かってないな。アイツは――」

「闇堕ちした死神だろ。だから……もとの死神に戻したいんだ」


 ルディの語尾は徐々に弱まる。それは慈愛に満ちた優しいものだった。

 彼女を倒したいのではなく。救いたい。その一心だけが、言葉へと込められるように。


「ルディ……」

「そのためにはもっと強くならなきゃいけないなって」


 そう言うと、ルディはようやく俺の方に体を向け、歯を見せた。

 俺も「そうだな」と言って微笑んだ。


「まっ! お前の戦闘センスはまだちっぽけなものだし? ジョーカーと戦うなんて無理だな」

「おい! この間助けたのは誰だと思っているんだよ!」


 それを言われると何も言い返せない。この度ばかりはルディの助けが無かったら俺は死んでいたのだから。

 俺は「う……」といううめき声を上げるしかなかった。

 すると、水槽の方から低い声で忠告が飛んだ。


「だが、奴は一筋縄でいく相手ではないぞ」

「グリム」


 グリムはばしゃりと水しぶきを立てて、俺達のいる白いカウンター席の足元へと這った。


「はっきり言って今のお前達では足元にも及ばない。戦うなど自殺行為だ」

「だから強くなろうって――」


 グリムは「そうじゃない」ときっぱり否定して首を横に振った。


「他の死神を探し出して協力するほうが賢明だ」

「死神を、探す?」


 グリムの考えはこうだ。彼以外の死神を探し出して、スートの契約をし、チームとしてジョーカーに挑むという事だ。たしかに、俺達が強くなることも大切だが、その上で人数がいればそれは大変心強いものだ。


「探すったって、あと何人いるんだよ?」

「死神は全員で四人。デスデモーナがジョーカーになってしまったからあと二人だ」

「へえ、デスデモーナは死を司るとか言ってたし、なんだかトランプの絵柄みたいだな」


 ルディはカウンターからごそごそとトランプを取り出して、スペードのエースを手に取った。

 たしかに、死はスペードのモチーフだったな。


「因みにグリムは何を司っているんだ?」


 ルディが無邪気に聞くと、グリムは口を噤んでしまった。

 たしか他のモチーフはたしか知恵と、富と――


「……言いたくない」

「えーっ! 教えろよ!」

「うるさい! それよりも死神を探す方が優先だ!」

「ちぇ」


 結局、グリムが何を司っているかは思い出せなかったが、彼も語りたくないようだし、これ以上の詮索は止めることにした。

 ルディはまた、俺の方を見て「そう言えば」と何かを思い出したように切り出した。


「ヒューバート。ずっと気になっていたけどさ」

「何だよ」

「お前、会社は大丈夫なのかよ」


 会社。たしかに、局長はあの後逮捕されて、トップを失ってしまった。それとも、戻らなくて大丈夫? の意味だろうか。

 まあ、今となってはどちらも俺には関係の無い話になってしまったから、構わないが。


「あ? 会社? 大丈夫、大丈夫。辞めたから」

「そっか、辞めた……はああああっ!? なんで!?」

「だって、言っちゃったし。嘘吐かせるような会社、辞めてやるって」


 俺はあの時たしかに言った。「会社を辞める」と。男に二言は無い。


「お前……どこまで正直なんだよ。じゃあ俺の記事はどうするんだよ!」

「だからフリーになったんだよ。ほら」


 俺は鞄からA4サイズの紙を取り出した。その紙にはこの度の事件の一部始終を万年筆の濃紺の文字が綴り、ポラロイド写真が糊でぴったりと張り付けられていた。

 一見みすぼらしいようだが、丹精込めて綴った俺の記事だ。ルディはそれを眺めてぽつりと言葉を零す。


「手作りの……新聞?」

「子供の頃はさ、この手書きの新聞から記者になりたいって思ったんだよ……だから、原点回帰みたいなもんだな」


 俺は胸を張った。ルディは見出しの上にネオンサインの様なフォントで書かれた「Diner・Post」の字を指差した。


「この、ダイナー・ポストって?」

「この新聞の名前だよ。ダイナー店員とお前と新聞記者の俺の記事にはぴったりだと思うけど」


 俺と彼を象徴するふたつを並べてタイトルにしてやった。俺がしたり顔でルディを見つめると、彼もふふっと笑いかけて肯定した。


「確かにそうだな」


 その言葉を聞いて安心した。俺は、まだ新聞の空白となっている部分を執筆しようと、万年筆を手に取った。


「と、いうわけで! しばらくこの店で書かせてくれよ! ルディ」

「はあ? なんでそうなるんだよ!」


 俺が記事を書こうとすると、ルディは抗議するように、俺の右腕を掴んだ。


「だって、ダイナー・ポストって言っているからにはダイナーで書いてないと誇大広告になるだろ?」

「何だよその理屈! 店では書くなって!」


 こうなったら仕方ない。俺は両手を合わせて眉を困らせて、上目で彼を見つめた。


「な、頼むよ。この店も手伝うから」

「お、お前があ!?」


 正直、飲食店のスタッフをやった事はない。だが、俺は記事の為ならなんだってできる人間だ。

 とりあえず、俺を雇う事で彼にどのようなメリットがあるか、提示しよう。


「イケメンの店員が居たら女の子に繁盛すると思うぞ?」


 自分で言うのはいかがなものだと思う台詞だが、背に腹は代えられない。

 すると、ルディは腕を組んでほんのわずかの間考え込んで、すぐ閃いたように拳で手のひらを叩いた。


「……仕方ねえな!」


 やっぱり、チョロかった。まあそこが彼の良い所でもあるのだが。

 こうして、俺はダイナーで新聞記事を書く新聞記者となった。

 ダイナーポストは今後も死神とスートの奮闘をお送りしようと思う。

 

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