【急展開】ラスボスに相棒が一目ぼれしやがった

 漆黒の炎は、悪霊のそれでは無かった。部屋中を包み込み、空間を真っ暗闇へと染め上げた。

 炎を発しているのは、白衣の様な形をした黒いコートを着た三十代位の男性だった。なんだ、こいつ。エビルじゃないのか? 一体、何者だ?

 俺が問う前に、局長が彼の靴の方へと縋りついた。


「ジョーカー様! 来て下さったんですね!」


 局長の言葉に俺達は驚愕した。


「ジョーカーだと!」

「闇堕ちした死神か!」


 悪霊を生み出すメスを刺す、悪の死神。つまりは諸悪の根源だ。

 敵のボスがたった今、目の前に居るという状況に緊張感が走った。

 対照的にジョーカーは嫌なほど落ち着き払っている様子で、自身の胸に手を当てて、にいと口角を上げた。


「そう、私はジョーカー。この男をエビルにしたのも私」


 妙に落ち着いて丁寧すぎる声に寒気がした。コイツは、ただものじゃない。オーラだけでそう思ってしまった。

 そんな俺達には構わず、ジョーカーは跪く局長の頭をなでながら続けた。


「この男は随分とお前達に恨みがあったみたいでね。エビルになって彼らを懲らしめてみないかと言ったら易々と受け入れてくれたよ」


 局長は「ははっ!」と家来の様な声を出す。

 するとジョーカーの様子が豹変し、表情がみるみるうちに厳しいものになる。


「だが、このザマだ……もう少し働いてくれると思ったんだが……ねっ!」


 ジョーカーは語尾に合わせて撫でていた局長の頭を思い切り地面に叩きつけた。その瞬間、「ひいっ!」と局長は犬の様な悲鳴をあげる。


「この役立たずが。お前の願いはそんなものだったのか。人がせっかくエビルにまでしてやったのに」

「ぎゃあっ! お助けを!」


 何度も、何度も、執拗にジョーカーは局長の頭を地面にぶつける。まるでボール遊びでもするように。

 見ていられなかった。ジョーカーの纏う漆黒のコートに局長の頭から溢れる赤だけが塗られる光景を。


 これ以上は、死んでしまうとも思ったから俺は──


「おい」


 彼らの間に割って入った。


「やめろよ。お前が戦うのは俺達スートだろ」

「なぜ庇う。こいつはお前たちを殺そうとしていたんだぞ?」

「生憎、弱い者いじめは嫌いな主義なんでね」


 睨むように俺が牽制をすると、ジョーカーは「ふん」と鼻を鳴らした。


「では、見せてもらおうかお前の実力を」


 部屋を覆っていた漆黒の炎がずずず、とゆっくりジョーカーの元へと集まる。

 それは徐々に形を作っていき、ふたつの刃を持ち合わせた巨大な両鎌へと変化した。

 俺も負けじと二本の鎖鎌を手に取る。俺に挑んだことを後悔させてやる。そう思いながら俺は彼の元へ正面から攻め込んだ。


「馬鹿正直な攻撃だな」


 だが、いつの間にか、ジョーカーは背後に回り、俺を切りつけた。


「あああっ!」

「ヒューバート!」


 幸い、致命傷は負っていないが俺の持つ半分以上の炎が消えてしまう事態に陥った。

 問題なのはそれだけじゃない。ジョーカーは全然本気を出していない。手加減した状態で俺にこのダメージを与えた。

 案の情、彼はつまらなさそうに小さな嘆息を吐く。


「なんだ、こんなものか」

「く……そ」


 これが、死神の力なのか? 人間にはない、圧倒的な身体能力。

 蹲る俺にジョーカーはつかつかと近づく。そのまま俺の脳天の髪を引き上げて無理矢理視界を合わせた。


「お前達人間が何故弱いか教えてやろう。寿命があるからだ」

「寿命?」

「人間は命が終わるのを以上に恐れる。守るものがあるから弱いんだ」


 そう言って、握っていた俺の髪をぱっと話す。俺の頭は地面へと落ちて行った。


「私達、死神は守るものなど無いから強い。なあそうだろ?」


 サラサラと、砂の様なものが舞う。あれ、これってたしかグリムの時も無かったか?

 みるみるうちに、彼は――いや、彼女は姿を変えた。

 黒いコートの男性は、黒いロングヘアの美女へと変貌した。セーラー襟が特徴的なレース調の真っ黒なワンピースに吊り下げスカートのような白いエプロンを着用し、頭には白いフリルにまみれたボネを被っている。昔の看護師をモチーフにしたファッションのようだった。

 その姿を見て、一番最初に声を上げたのはグリムだった。


「お前は! デスデモーナ!」


 デスデモーナ? 初めて聞く名前だったがグリムの知り合いなのだろう。

 グリムの態度にジョーカーは整った顔のままくすくすと軽やかな笑い声を立てた。


「そうだ。私は死を司る死神デスデモーナ。久しぶりだな。グリム」

「やはりお前が禁忌を犯したのか!」

「そうだよ。ジョーカーになって私は強くなった」


 デスデモーナは、ばっと両手を広げて俺を見下ろした。


「青い炎のスートなんて、なにも怖くない」

「……ナメやがって!」


 俺が、地面を拳で叩き立ち上がろうとした時、閃光が瞬く。

 黄色い炎。ルディだ。


「じゃあ、黄色い炎は怖いか? デスデモーナさんよ!」


 俺を見ていたデスデモーナの隙をついて、ルディは彼女の正面に現れてそう言うと、大鎌を振り下ろした。

 この距離なら彼女だって逃げられない。

 黒い炎で防御をするも多少間に合わなかったのだろうか、彼女の気品のある漆黒のワンピースの胸元は見るも無残に破かれてしまった。

 豊満な胸を包む布を断たれ、彼女は腕でそれを隠す。


「ふん……女性の上半身を狙うなんて下衆な真似をするね」

「何とでも言えよ。……その代わり俺にも一言だけ言わせてくれ」

「何?」


 デスデモーナが眉を引くりと上げると、ルディは意を決したように息を大きく吸って真剣な面持ちになる。

 何だろうか。あ、もしかしてさっき俺の炎を馬鹿にしたからその仕返しをしてくれ──


「アンタ、めっちゃタイプだから俺と付き合ってください!」


 ルディは体を最敬礼の状態に倒して片手を差し出した。


 は?


 いや、まてまてまて。


「ルディお前、何言ってんだよ!」

「いやー、今まで会ってきた女の中で一番タイプなんだよ。ワンチャンないかなあって思ってさ」

「状況考えろ馬鹿! あいつは敵なの! 付き合ってもらえるわけないだろ! 少しは考えろ馬鹿!」

「馬鹿って言うなよ! しかも二回も!」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ! 馬鹿!」


 俺達が言い合っていると、デスデモーナはぽかんと呆気に取られていたが、すぐさまくすくすと腹を抱えて笑いだした。


「お前、面白い事を言うな。いいだろう」

「えっ! もしかして」


 肯定の言葉にルディの顔がぱっと明るくなる。


「今日はお前に免じて見逃してやる」


 そう言って、デスデモーナは砂となり、局長室から跡形もなく姿を消した。


「あっ! おい」

「しまった、逃げられた!」


 俺は、すぐさまルディの胸倉を掴んで彼を見上げた。


「ルディお前何してんだよ! 敵にナンパとか頭おかしいだろ」

「こればかりは俺も同感だ」


 グリムも同調する。それもそうだ。どう考えたっておかしい。人間を悪霊に襲わせている巨悪に愛の告白なんて馬鹿げている。そのせいで彼女を取り逃がしてしまったのだから。

 二人がかりで責められてルディはしゅん、と雨で濡れた捨て犬のように項垂れた。


「だって、似ていたんだよ……」

「誰に?」


 俺が彼の顔を見上げ直すと、その目尻にはうっすらと熱いものが溜まっていた。


「俺の、大切な人に」

「ルディ……」


 大切な人。ルディが唯一覚えている、過去に現れた存在。彼が護りきれなかった愛した人の事だろうか。

 そう言われると、強く言えずに俺は彼の肩をぽんと叩いた。


「……帰るぞ」

「ああ」


 俺達は現場を後にした。

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