【朗報】相棒が助けに来てくれました

 あ、そうか。俺が彼に取材を申し込んだ最初の時に約束をした。

 いつの話をしているんだ、とも思うが約束は約束だ。

 きっと彼は俺が熱を出したという事を嘘だと言うのだろう。だが俺は――火照る体と荒い息でなんとか言葉を紡いだ。


「嘘じゃねえよ……この通り熱はある」

「違う!」


 ルディはばっさりと否定した。そうじゃない、なら、なんだ? 俺は嘘なんてついていないはずだ。

 彼はびしっと俺の方に指を指して見下ろした。


「自分の気持ちに嘘ついてるだろうが! こんな状態で、助けて欲しいはずなのに、なんで『助けて』の一言も言えねえんだよ。お前は!」

「俺の、気持ち……」

「俺は多少嘘つく事あっても、自分の気持ちにだけは正直に生きるからな」


 ルディは、ぐっと拳を胸に当てて誓う。


「だから、お前を助けたいって気持ちでここに来た。たとえお前が来て欲しくない理由があったとしてもな」

「……おまえ」


 たしかに、俺は他人に対しては正直に生きてきたかもしれない。だが、自分には? と質した時、イエスと答えられるだろうか。

 そんな、一番身近な自分という存在に嘘をついて、想いに蓋をしていた。


 助けて欲しい――


 俺が心の中で叫んでいた言葉が音となり響いた。



 ルディは無言で頷くと、エビルと対峙するように向き合う。

 エビルはにまにまと笑みを浮かべながらも涙を拭う仕草を見せて嘘泣きをしていた。


「美しい友情だな」

「そんなんじゃねえよ」


 吐き捨てるようにルディは告げる。エビルは余裕の表情だ。

 次の瞬間、ぐんと体が持ち上がった。


「じゃあ、これならどうかな?」


 黒い炎が触手のように俺にまとわりつき、俺はエビルに取り込まれそうな状態で拘束された。


「ヒューバート!」


 俺は奴の前面を守るような盾にされた。


「どうだ、これなら攻撃できまい」

「くっ……」


 まずい、完全に人質にされている。ルディは歯ぎしりをしながらエビルに向かって叫ぶ。


「くそ! 汚いやり方しやがって!」

「いやあ、やはりお前は最高の人質だよ。サーシェス!」


 これでは流石にルディも手が出ないのだろう。大鎌を握っていても、黄色い炎は徐々に弱まっていっている。


「ほら、大切な相棒を斬れるか? ルドルフ・スティーブン」


 エビルの拘束はぎりぎりと一層強くなる。ルディは歯を食いしばりながら俺を見つめた。


「ヒューバート……」

「ルディ……俺の事は、いいから! こいつを……!」


 あ。まただ。追い込まれると自分に嘘をつくのが癖になっているようだ。

 本当は助けて欲しいのに。

 でも、このままではどうにもならない。


「……分かった」


 ルディは俺の言葉にこくりと頷くと大鎌を構える。

 ぶわりとこれまで我慢していた分の炎が燃え上がる。この火力なら、ルディならきっと、エビルを仕留められる。


「今、楽にしてやるからな。ヒューバート」

「え?」


 黄色い炎を携えた大鎌は俺めがけて振り下ろされた。

 俺は炎に包まれる。内面から焼かれていた火が酷く熱くなる。体中が焦げ付きそうだ。


「あはははは傑作だ! 貴様は相棒に裏切られたんだ!」


 エビルがけたけたと嘲笑う。

 だが。俺の体の異変はおさまる事を知らない。

 体中を駆け巡った黄色い炎は徐々に収まる。完全に鎮火した時には俺の体内を襲ったうだるような熱さの火球の面影も感じなかった。つまり、健康体に戻ったという訳だ。


「あ……れ? なんともない? なんで?」

「ありがとな、エビルさんよ。おかげでこいつを救えた」


 今度はルディがエビルを嗤う番だ。エビルは「どういう事だ!」と叩きつけるように叫んだ。


「俺の炎は黄色。こいつの体内の炎を浄化する能力がある。それだけだ」


 なるほど、こいつの持つ黄色の炎は魔除けに適している。俺の体を黄色い炎で焼いて、毒となる黒い炎を消火したというわけか。


「どうだ、ヒューバート? いつも通りに戻っただろ」


 そう言われてしまえば、いつも通り戦うまでだ。


「なっ!」


 俺は、腕に付けられた手錠で鎖鎌を手繰り寄せ、背後で拘束するエビルを切りつけた。

 やはり俺の体に入れた分の炎が大きく、彼自身が持っている炎は少ないためか、呆気なく拘束は解けて俺は晴れて自由の身となる。


「おかげで助かった、ルディ」


 魘されるような熱も消え去り、腕も足いつも通り動く。

 いや、やっとまともに戦えると思うと、いつもよりもいい動きをしているかもしれない。

 だが、相手はエビルだ。俺達が攻撃をかわそうとバリアのように炎を使っても、しゅるりと腕がすり抜け俺達を襲う。


「わっ!? あっぶねえ!」

「気を付けろよルディ。アイツ、炎自体は弱いけどなんでもすり抜ける腕を持ってる」

「なんだよそれ!」


 詳しく説明している暇はないから今は『すり抜ける腕』としか言えない。こうなってしまえば防御が効かない。

 攻勢のみで倒すしかない。


「ぐっ……」


 それでもなんとかルディの浄化の炎を盾にして、エビルの攻撃をかわしながら距離を詰める。


「俺達を倒すために契約しているからな。結構厄介な相手だよ」

「でもさ、その契約は」


 今度はルディが鎌を振るう。


「叶わない願いにすぎないだろ?」

「そうだな」


 黄色い炎は見事にエビルの胸付近に命中する。


「ぐああああっ!」


 これはダメージも大きかったのだろう。エビルは後退して逃げるように一度俺達と距離を取る。


「くそ、くそおおおっ!!!」


 黒い炎ももうかなり消耗しているようだ。

 ここまでくれば防御の能力も反撃能力もない。あとはとどめを刺すだけだ。


「ルディ! 今だ!」


 俺が言うと、ルディがしっかり蓄えていたであろう黄色い炎で大鎌を燃やす。


「俺の相棒を傷つけた罪はしっかり償ってもらうぜ」


 そう、格好を付けながら鎌を振り下ろした――


「ぎゃああああっ!!」


 局長を包んでいた炎は消え、カランと甲高い音を立ててジョーカーのメスが地面に落ちた。

 彼は、なんとか元の人間の姿に戻っていた。

 

 

 ルディが隣にいる俺を見下ろして軽くため息をつく。


「お前本当に無茶しやがったな。俺が助けに来なければどうなった事か」


 小言を垂れられると、俺は彼から目を逸らすように俯いた。


「それは……そうだな」

「やけに素直じゃねえか」

「うるさいな。反省してんだよ。これでも」


 今回ばかりは迷惑をかけてしまった。ルディがいなければ、俺は絶対にあのまま局長に殺されていただろう。

 だから、今回だけは――


「それと……ありがと、な」


 面と向かって礼を言うのはなんだか照れくさい。俺が地面に礼を零すと、ルディは「ああ……」とだけ呟いた。

 


 しかし、そんな平穏は束の間に過ぎなかった。


「せっかく契約したのに、な」

「!?」


 全くもって知らない声が局長室に響いた。

 その刹那、火炎放射のように黒い――いや、黒よりも暗い、漆黒の炎が空間の四方八方を包み上げた。


 「何だ、これ!」

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