【超絶悲報】局長、闇堕ち。俺、ピンチ


「局長……どうして!」


 黒い炎に覆われて、局長はエビルとなっていた。


「もういい。俺が直接ルドルフ・スティーブンを倒しに行こう」


 なぜ、ここまでルディを倒したがるのだろうか。私怨にしても酷い執着心だ。

 エビルは立ち上がり、俺のいる方へと歩き出した。きっとその奥の扉を開けてルディの元へ向かうつもりだろう。


「待てよ」


 俺は、エビルに立ちふさがる。


「あいつを倒すのは俺を倒してからだ」


 漫画みたいな台詞を口にして、両手に武器を構えた。

 幸いこのエビルの炎の力はそれほど強くない。であれば、俺でもある程度ダメージを与える事は出来るだろう。

 それに、スピード勝負なら負けない。


「ふん、貴様の手の内は分かっている」


 俺が両腕の鎖鎌をカマキリのように振りかざすと、エビルは俺の腹に手のひらを押し込んだ。


「!?」


 そのまま、彼の掌はずず……と俺の体内へと吸い込まれた。


 ――何だ? 一体?


 しかし、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 俺は、構わず彼の両肩を切りつける。

 思った通り彼の肩を覆う炎は消火される。だが、エビルはにやりと不気味な笑みを浮かべた。


「相棒なしでは、とどめが刺せない事も、な」

「く……そ」


 ダメージを負う事は承知の上、俺に攻撃を仕掛けたという訳か。

 ルディがいないから、それも厭わないとでも言うように。

 ならば、次の攻撃を何度も仕掛ければ――と、思っていた。


「う……!?」


 俺は鎌を手放し、その場に倒れてしまった。

 体の内部に灼熱の太陽が埋められたみたいに嫌な熱が全身にじわりと駆け巡った。


「ああ、もう効いてきたか」


 エビルは嬉しそうに笑い、もがき苦しむ俺を見下ろした。


「なんだよ……これ、熱い……」


 じりじりと内側から身を溶岩のように融かされるようだった。きっと先ほど腹に手を忍ばせた時に火球を埋め込んだのだろう。

 焼けるように熱くて、額にはぐっしょりと汗がにじんで前髪が張り付く。彼が俺を人間の限界か否かのところの体温に曝して、ゆっくりじっくりと殺そうとしていると思うとおぞましかった。


「貴様の体内に火球を忍ばせた。どうだ? 内側から焼かれる気分は」

「っの……!!」


 それでも、と俺は鎖鎌の鎖の部分を持ち、遠心力でエビルを攻撃した。


「おっと」


 だが、いとも簡単にエビルは俺の鎌の柄を手に取った。

 そのまま、鎌を床へ突き立てて鎖で俺を縛りあげる。


「あっ……」

「物騒なものはこうしておこう」


 両腕に手錠を掛けられて、俺は呆気なく拘束されてしまった。


「良いザマだな、ヒューバート・サーシェス」


 自分が記事に書いたエビルの拘束方法を教科書通り実践されてしまった。


 体さえ、もっと動けば。この地獄のような熱さえなければ。ルディさえ、居れば――


 沢山のたらればが茹る頭の中でぐらぐらと沸き上がる。

 だが、そんなものは何の解決にもならず、俺はエビルを見上げて睨みつける事しか出来なかった。


「はっ……こ……の」

「そうだ。貴様を人質に奴を呼び出すとしよう。その方が二人纏めて始末できる」


 奴、とはルディの事だろう。くそ、そんな事絶対にさせてたまるか。

 エビルは俺のコートのポケットを弄る。ルディの連絡先が書かれた黒いメモ帳をわざとらしく取り出して唾液によって濡れた指でページを捲る。店の連絡先と思しき数字を見つけると、エビルはデスクに置かれた電話を手に取りダイアルを回した。止めるにも、体が鉛のように想い上、拘束されてしまって動けない。

 エビルは何やら話始めた。


「ほら、出ろ」


 ルディが出たのだろう。エビルは俺の耳へと受話器を押し付けた。


「もしもし……ルディか」

『ああ、ヒューバート。どうしたんだ? わざわざ電話なんて』


 ルディは何も知らない。これは俺の問題だ。巻き込むわけにはいかない。


「……悪いな、今日は取材、行けそうにない」

『え? 別にいいけど……どうしたんだよ。てか元気なくね?』


 体中が熱くて、いつも通りに喋れていないのだろう。

 本当なら、今すぐにでも助けて欲しい。この熱を何とかして欲しい。

 そしたら、エビルを一緒に倒せるのに。


「…………ひどい熱が出て、さ。仕事……忙しかったからかな。だから、今日は行けないし、こっちにも来るなよ?」


 だが、エビルの狙いはこいつだ。ルディがここに来てしまえば、俺と同じ目に遭わされる。

 こんなひどい目に遭うのは、俺だけでいい。


『お、おう。分かった。おだいじに』


 大丈夫。バレてない。いつものルディだ。


「じゃあ、な」


「助けてくれ」の本音を一度も口にする事なく、俺は受話器を手放した。一部始終を見ていたエビルはふんと鼻を鳴らした。


「強情な奴め」

「ルディを……巻き込むわけには……いかない……から、な」


 満身創痍ではあるがそれだけは譲れない。せめて、俺にできることがあるなら。

 取材――戦うことが出来ないなら、情報を徹底的にあぶりだしてやる。


「どうして……局長と契約をしたんだ」

「いいだろう。教えてやろう。貴様の大好きな真実を!」


 エビルは得意気に両手を広げた。


「全ては、ジョーカー様の為だ」

「ジョーカーだと!」

「彼は私にメスを渡して言った。『貴様がこれを使って悪霊と契約して、ルドルフスティーブンを倒したならこの会社に3億ドル支払おう』とな」


 メスだと!? それって、ジョーカーの持つ悪霊じゃないか!


「……つまり、局長は……金で、契約を!」

「そうだ。俺はジョーカー様の命令でこの男と契約した。彼は、ルドルフスティーブンを、スートを倒すことを願ったよ」


 とにかく、局長は自分の意思というよりスートを倒すことを目的にとした人物の意思に従ったまでか。

 大金を積まれて。


「貴様と同じだろ?」

「俺……と?」

「貴様も取材のためなら何でもするという契約で雇われてる。この会社のためなら何でもするんだろ」


 違う。俺は真実を伝えたいという俺の意思で取材をしている。

 今回だって真実のために、虚構の記事を書くことを断ったんだ。


「まあ、そんなお前との契約はもう破棄されたがな」

「くっ……」


 断る事は契約の破棄。俺はもう新聞記者では居られない。

 エビルは、黒い禍々しい炎を手のひらに乗せてそれをどんどん大きくする。


「さて、そろそろお別れの時間だ。さらばだ、忌々しいヒューバート・サーシェス」


 新聞記者どころではないな。ああ、俺はここで死んでしまうのか?

 エビルが、火球を俺めがけて投げた。

 ルディがいなければ何もできない俺に、攻撃だけが向かっている絶体絶命の状況。

 万事休すと思われたその時――


「っのやろう!」


 どかん、と派手な音を立てて黄色い炎がドアごと俺の元へと向けられた火の玉を吹っ飛ばした。

 この荒っぽい口調、黄色い炎。

 土煙が晴れた先には大鎌を持ち、ご立腹の相棒が居た。


「……ル、ディ?」

「ちっ、邪魔しおって」


 エビルは舌打ちをしてルディを睨みつける。

 それよりも、来るなって言ったはずのルディがどうして!


「お前……どうして!」

「おかしいと思ったんだよ。この取材馬鹿が熱出るとか……ほら、なんとかは風邪引かないっていうだろ?」


 随分と失礼な事を言われているような気がするが、そんな事はどうだって良い。


「どうして……来たんだよ」


 来たら共倒れだってあり得る状況に、何故乗り込んだのか。

 俺が潤んだ瞳でルディを見上げると、彼は「はあ?」と声を裏返した。


「そんなの、お前が約束破ったからに決まってるだろ!」

「約……束?」


 反芻するように呟く。約束? 何かアポイントをとっていただろうか?

 全く心当たりが無いと俺は目で訴えると、ルディは深くため息をついて頭を掻きながら言った。


「嘘つかないって言っただろうが!」

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