【悲報】なかなか昇進できない上に、仕事辞めるかも
ルディの独占インタビューは次号の週末の朝刊に載る事となった。
インタビュー内容との親和性を考えて、趣向を変えてアイドル雑誌の類ものに近い言葉を選ぶ。
もっとも、取材先がルディでありアイドルとは程遠い存在ではあるが老若男女問わず読みやすく、キャッチーな記事はすぐさまニューヨークの話題となり大反響をもたらした。
正直、ホッとした。新聞らしからぬ書き方に挑戦して、それが滑る事も考えられた。だがそれは杞憂であり記事は大絶賛で、またもや新聞箱は空っぽになってしまった。
「もう、これで決まったようなもんだろ!」
俺はデスクで記事を読みながら胸を張る。
「今度こそ本当に昇進ですね! おめでとうございます!」
デックが拍手をしながら言う。せっかくのお祝いだ。本来ならば喜ぶべきなのだが、どこか嫌な予感が過る。
前回の事があってだろうか。前祝いというものに縁起の悪さを感じていた。しかし、そんな様子を見せるわけにもいかず俺は「ありがとな!」と明るく言う。
大丈夫、きっと。と心の中で呟いていると、エスター編集長が俺の前で足を止めた。
「ヒューバート、局長がお呼びだぞ」
やっと、呼び出しだ。俺は腰を上げた。
局長室の扉をコンコンと叩く。「入れ」の同意に応じて俺は分厚いドアを開けた。
「失礼します」
俺が局長室に入ると。局長は新聞記事を見ているわけではなく、ルディに対するインタビューとその答えが綴られた書類の束を穴が開くほど眺めていた。
それでも、彼は俺を見るといの一番にこう言った。
「お前の記事を読んだ」
今読んでいるのは、インタビューの原文ではないのか?
指摘しようとしたが、褒めてもらったのでそっちに意識がいく。
俺はふふん、と胸を張った。
「ええ、よく書けているでしょう?」
「ああ。反響も素晴らしいからな」
局長は珍しく俺に笑顔を見せる。おれもつられて「じゃあ!」と明るく叫んだ。いけるぞ、これなら絶対に合格だ。
局長は、拍手をして俺を称えた。
「おめでとう。合格だ」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中に祝福の鐘が響く。
やっとすべてが報われたような気分で俺は天を仰いで両手を上げた。
「よっしゃー! これで昇進──」
「一次試験、合格おめでとう」
俺の言葉を遮るように局長は一次試験の合格を告げた。
「へ?」
一次? あれ? って事は。ちょっと待って。
「ではこれから二次試験に入る」
「え? え? 一次って、二次ってどういう事ですか? 俺の昇進は?」
「ああ、言い忘れていたな、この試験、最終試験までクリアして初めて昇進だ」
眉毛が下がっていっているのであろうことが自分でも分かる。局長はそんな俺の顔を見ながらニヤニヤと笑う。
畜生。騙された? 俺は大きく息を吸って、今度は荒っぽく叫んだ。
「はあああ!? そんなのってありかよ!」
「嫌ならこの話は無かった事に」
「あー! 分かりました! やります! やりますから!」
とはいえここで引いたら終わりだ。
詐欺の様な手法に憤りを隠せないわけだが、俺はやけになりながら二次試験の内容を訊くことにした。
「それでは二次試験の内容を説明する」
局長は神妙な様子で内容を告げた。
「ルドルフスティーブンに、ハニートラップを仕掛けろ」
「ハニー……トラップ?」
なんだと? どういう事だ?
「って、なんですか?」
幼い無垢な子供のように知らない言葉の意味を聞くと予想外の反応だったのか局長は、思い切りデスクに頭をぶつけた。
「いや、知らないのか!」
「ええ。あ、ハニーってことはアレですか? ルディをはちみつ漬けにしてやればいいんですか? でも一体何で……」
「違う! ㇵニートラップとは色仕掛けで対象を誘惑したり、弱みを握って脅迫したりする事だ!」
「それを、ルディに仕掛けるんですか?」
ハニートラップの意味は分かった。つまりは女性を使ってルディに色仕掛けをするという事だろう。
だが、そんな事をして何の意味があると言うのだろう? 彼がルディを嫌っていて嫌がらせでもしてやろうという魂胆なのだろうか。
「ああ、そうだ。奴の嗜好はこのインタビューで粗方分かっただろう。奴と趣味の合う好みの女を見繕って仕掛ける。そして、お前は奴の熱愛報道をでっちあげてやればいい」
熱愛報道のでっちあげ、そこまでが二次試験の問題だった。嫌がらせにしては些かタチが悪い。俺は局長の真意を問う。
「どうしてそんな事を?」
「決まっているだろう。お前の記事を終わらせるという最終試験のためだ!」
終わらせる?俺の記事を?
一体どうして、と聞く前に局長は机をバン、と叩いて俺をびしりと指差した。
「この課題をクリアできれば昇進、出来なければクビだ!」
つまり、ハニートラップを仕掛けてルディの熱愛でっち上げるか、新聞記者を辞めるかの二つに一つを選ぶしかない。
どちらを選ぶか、そんなの、決まっている。
「お断りします!」
俺がぴしゃりと言い切ると、局長は「へ?」と面喰ってしまった。
「いいのか? ここをクビになればお前はもう新聞記者では居られないぞ」
「構いません」
もう一度きっぱりと断る。いいんだこれで。だって──
「俺が新聞記者で居たい理由は、真実を伝えたいってだけですから」
俺の目的は新聞記者で居る事ではない。新聞記者として、真実を語る事だ。
嘘つきと呼ばれるのはもうごめんだから。
「そのためならなんだってできると思っています。けど、嘘の記事をでっち上げるくらいならこの仕事を辞めますから」
俺はそう言って、ポケットから名刺を取り出し、天に向けてにばらまく。
天井のサーキュレーターの風でひらひらと舞う小さなカードはまるで俺の行く末を占うトランプのようだった。
でっちあげで昇進など本意ではない。記者というポストを全て投げ出してでも、俺は真実しか伝えたくなかった。
そんな俺の想いを伝えると、局長は大きくため息を吐いた。
「こざかしい……奴め」
「え?」
「もういい、ならばお前は用済みだ!」
局長は、黒い炎に包まれた。
嫌な汗が、俺の首筋を伝う。
「なっ!?」
間違いない。この状況──エビルだ。
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