【ミイラ取り】インタビューアーなのにインタビューされました

 俺は、束になった書類をぱらりとめくる。

 文末のクエスチョンマークは全てで百ほどあった。つまり、これから一問一答を100回繰り返すというわけだ。

 そう考えると気が遠くなるが、へこたれている暇はない。


「好きな食べ物は?」

「あまり考えた事ないな……あ、でも自分で作る甘い物は好き」


 その中には、目の前にあるバターと蜂蜜が染みこんですこし熱気を失ったパンケーキも含まれるのだろう。


「休日の過ごし方は?」

「最近はもっぱら、グリムと修行だよ」


 ああ、さっきやっていた、戦闘を想定した鍛錬をしているということか。


「へえ、頑張っているんだな」

「なんで上からなんだよ」


 ルディはへそを曲げて、唇をへの字にする。俺は構わずインタビューを続けた。


「好きな映画は……ってさっきからスート関係ないものばかりだな!」

「なんか芸能人になったみたいで気分は悪くないけどな」


 ルディは歯を見せる。だが、彼の趣味だとか、嗜好だとか、プライベートに関する質問がまだまだ残っている。

 正直、俺には最後の一問まで質問内容の意図がよく分からなかった。


「じゃあ最後の質問。好みのタイプの女性は?」


 ようやく最後まで来た、この答えを聞き出して、あとは記事を書けば俺は晴れて昇進だ。


「好きなタイプは黒髪のロングヘアで青い目をした美人!」

「へえ、なんで?」


 理由を質すとこれまで流暢に答えてきたルディの表情は暗くなり、口は固く閉ざされた。


「どうしたんだよ」

 ベッドに腰を下ろしたルディの顔を俺は横から覗き込む。短い金髪をくしゃりとかき分けて何やら思い更けているようだ。ようやく口を開けた時、彼の声はいつもの大声とは違い、わずかに掠れていた。


「……俺さ、子供の頃の記憶ってほとんどないんだ」

「え? 記憶喪失、とか?」


 ルディは「それすらわからない」と首を振る。


「でも、たったひとつだけ。遠い昔の記憶があるんだ」


 ひとつだけ。幼少期の記憶を持たない男が唯一覚えている事。黒髪の女性と関係あるのだろうか。


「大切な人を、守れなかった記憶だ」


 ルディの記憶は無念なものだった。


「黒髪と綺麗で丸い青い目を綺麗な女性だったよ。俺はその人を守れなくて、死なせてしまったんだ」

「そんな事が……」


 思いのほか重たい話だった。子供の頃から苦労していたから記憶も無くしたのだろうか。まるで、辛い過去に蓋をするように。

 俺もつられて眉を下げるとルディは気を遣ってか、元の笑顔にぱっと切り替わる。


「まあ、もしかしたらただの夢だったかもしれないけどな。でも美人だったんだよ!」


 明るい声でインタビューは終わった。

 俺はルディに「協力ありがとう」と礼を言って、書類の山を束へと整えた。

 ルディはふう、とため息をついて「にしても」とインタビューを振り返る。


「この質問、量多かった割に中身無かったな」

「そうだな」


 相槌を打って俺もぱらぱらと百にも及ぶ問いとその答えを眺める。趣味と嗜好だけが並ぶそれは新聞記事というよりも雑誌のインタビューのようだった。あの厳格な局長がこんな質問をする事が意外であった。


「まあ、試験はクリアできたから……いいか。ありがとな」

 インタビューを終えて、俺ははにかむ。するとルディはふと何かを思いついたように上を向く。


「でもさ、俺だけこんな質問責めされて、フェアじゃないよな」


 ん、こいつ、何を考えている気だ?


「せっかくだから聞かせてくれよ! お前の話も」


 いい機会だからとルディは提案する。これだけインタビューをされたから彼もインタビューをしたくなったのか、手元にあった紙をくるりと丸めマイクに模して俺に向けた。


「俺の話? そんな大したことないって」

「あるだろ。ほら、なんで新聞記者になったか、とか。なんでお化けが苦手なのかとか」

「苦手じゃなくて嫌いなだけだって言ってんだろ」


 何度目かの訂正を入れる。


「あと……それさ、実はほとんど同じ理由なんだよな」


 せっかくだから、と俺は過去を語ることにした。

 俺が新聞記者を夢見た理由と――オカルトを嫌いになった理由を。


 

 俺は、ニューヨークの郊外でごく普通の家庭に生まれてごく普通の少年だった。

 十歳の時、小学校で俺は手作りの新聞記事を書いてそれをばらまくことが趣味だった。

 本当の事を言って、皆を楽しませるこの趣味を将来仕事にしたいとも思っていた。

 だが、ある悪霊の存在で俺はトラウマの芽を植え付けられる。

  その日はたしか、先生同士の熱愛報道を書いたせいでこっぴどく怒られたためかひどく寝つきが悪かった。


「う……うう……」


 四月のニューヨークは熱帯夜には無縁の気候だ。それなのに体が焼けるように熱く、じりじりと焦がされるようだった。


「熱い、熱い……なんだ、これ」


 恐る恐る瞳を開ける。俺のそこに映ったのは無数の黒い火の玉たちだった。


「ひいっ!」


 思わず声を上げる。それに火の玉たちも驚いたのか、俺の顔面へと一気に襲い掛かる。

 嫌だ! やめろ! やめてくれ!

 両親に助けを求める為叫びたくても大量の火の玉に口をふさがれるようにして声が出ない。

 腕も拘束されて動かない。かくなるうえは、と俺は唯一動く事の出来た足を思い切り振る。


「っ!」


 その瞬間、黒い火の玉は飛び散って何処かへと消え失せてしまった。

 正しくは消火されたというようだった。


「あれ……?」


 俺は暗闇のなか、ベッドの上に何かが残されている事に気づく。


「なんだ……これ」


 手に取るとそれはノートのようだった。文庫サイズの比較的小さなノートは真っ黒でボロボロだった。

 もしかしたら、あの火の玉に燃やされてしまったのだろうか。

 俺は興味本位でぱらりとページを捲る。最初の方は何が書いてあるかよく分からなかったが、何かが記されている最新のページには、『黒い悪霊たちがヒューバートサーシェスを襲う』とあった。


「あ……これってもしかして、予言!?」


 俺はこのノートが予言の書だと思っていた。この事を記事にしなければと思って真っ黒の予言の書にヒューバートサーシェスと名前を書いたんだ。黒いペンで書いたから見えにくかったけど。


「よし! 明日のネタはこれできまり!」


 そうして、俺は翌日に向けて新聞を作った。この記事が俺を大きく狂わせた。



 翌朝、俺は記事を学校に持っていき発表した。

 クラスメイト達は疑いの眼差しを向けていたが、自信満々な俺を見て視線は半信半疑ほどに落ち着く。


「お化けって……本当かよ」

「ええ!? 予言ってマジ?」


 そう言われてしまえば、俺は答えるしかなかった。


「本当だって その時の予言の書もちゃんと持って来たんだから!」


 証拠の存在を仄めかすとクラスメイト達は手のひらを返して声を上げた。


「へー! すげえ!」

「見せてよ! そのノート!」


 俺は鞄に入れたノートを探る。ところが――


「あ……あれ? ノートがない!」


 ノートは忽然と姿を消していた。確かに、朝学校へ行く前に入れておいたはずだのに。


「はあ? なんだよそれ」

「インチキじゃん」


 クラスメイト達の視線が完全に疑いだけのものになる。


「違うんだって! 本当に書いてあったんだよ!」


 必死の弁明も空しく、クラスメイト達は容赦なく罵詈雑言を浴びせる。


「じゃあ証拠を見せろよ!」

「今までの記事もインチキだったんだろ」

「嘘つき!」


 吐き捨てられるように貼られた「嘘つき」のレッテルがトラウマだった。

 この事がきっかけで、嘘が嫌いになり、嘘を吐かせたオカルトは大嫌いになってしまった。



 俺が一通り過去の出来事を語ると、ルディは大層驚いていた。


「そんな事があったのか」

「ああ。トラウマだよ」


 正直思い出したくなかった記憶ではある。それでも語ったのは、ルディが先ほどのインタビューで口を閉ざしても結局は自身の後ろ暗い過去を答えてくれたからだ。

 だからこそ自分だけ答えないというのは不公平だと思った。


「でもさ。なんで新聞記者になるって夢は捨てなかったんだよ。普通こんな経験したら嫌にならないか?」

「俺、負けず嫌いなんだよ。貶されて余計に『リベンジしてやる!』ってなったんだ」


 そう、俺は貶されて強くなった。絶対に、本物の新聞記者になって見返してやると心に誓った。


「じゃあ『お化けにも負けない!』ってなったらよかったのに」

「今はそう思っているよ。スートとして、な」

 

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