密着インタビューと蜂蜜のように甘い嘘

【朗報】昇進フラグが立ちました!


 俺とルディの悪霊退治の記事が世に出て一週間が経った。

 マンハッタンの――いや、ニューヨークの話題は死神や悪霊で持ちきりだった。スートである俺とルディは一躍時の人となった。


 それは当然スクエアタイムズのオフィスにも広がっていて、すっかり元気を取り戻したデックは新聞記事を大切そうに握りしめながら、俺の元へと尻尾を振る大型犬の如く近づいた。


「それにしても先輩大反響でしたね! 例の悪霊退治の記事!」

「だろ? 本当に頑張って良かったよ」


 エスター編集長も、にこにこと心地よさそうな笑みを浮かべて輪に入る。


「確かにあれはよく書けていたな」

「編集長。ありがとうございます……でも」

「ん?どうした?」


 きっと、あの記事が好評だったのは得体の知れない悪霊というファンタジーの存在が現実にあった事が衝撃的だったからだ。局長が言っていた「センセーショナルなニュースは人目を引く」ということに繋がるのは何とも言えないが。

 そのことを編集長に伝えると、彼は「なんだ、そんなことか」と軽くあしらって、こう続けた。


「いいか、あの記事はたしかにセンセーショナルかもしれない。けどな、スートっていう希望の主人公がいるだろ?」

「希望?」

「ああ。そうだな……もし、この記事が黒い炎や悪霊に視点を当てた悲観的な記事だったら、きっと放火犯とか通り魔とか増えただろうな」

「え、どうしてですか?」

「模倣犯だよ。そういった奴らは強力な悲劇を目のあたりにしたとき自己顕示欲と承認欲求に駆られて注目を浴びるために似たような事件を起こす。それをメディアは新たな悲劇として取り上げ、また模倣犯が生まれる。悪循環だな。悲劇は伝染るんだよ」


 自分達がメディアを扱う者として、編集長は皮肉っぽい苦笑いを浮かべながら淡々と述べる。


「まっ! でもこの記事は、スートが主人公だ。どんなに注目されたくても美味しいところはお前たちが持っていくってわけだ!」

「まあ、実際は俺がお膳立てしてルディが美味しいところ持っていっていますけどね」


 効率を考えるとこれが一番得策という戦い方をしているだけだが、事実だ。

 するとやれやれといったように編集長は俺の脇腹を肘で突く。


「で、実際のところどうなの?」

「どうって?」

「ルディもお前も二人してこのマンハッタンのヒーローだろ? 女の子にモテたりしないのか?」

「やめてくださいよ。まあ……街で声を掛けられたりとかは、ありましたけど」

「おお! 詳しく聞かせてくれよ!」


 編集長の声のボリュームが上がる。デックも食い入るように俺に近づいてこくこくと頷いていた。

 そこまで気になるならしてやろう。俺は、つい先日の出来事を話した。


「三日前だったかな? ルディのところへ取材に行ったんですけど、取材費って言われて買い出し付き合わされたんですよ」

「うんうん、それで」

「そしたら、俺達よりも少し年下くらいの女性が近づいてきて」

「どうなったんですか……?」

「近くで見るとヒューバートさんの方がイケメンって言ってきて、後でルディが恨めしそうに小言たれてきました」


 オチまで話すと、二人はコメディ漫画のように盛大に椅子から転げ落ちてしまった。

 俺は構わず続きを語る。そう、この話はもう少しだけ続く。


「ルディ、酷いんですよ! 『お前とは一緒に歩きたくない!』って言ってきて……まったく、どうやって取材すればいいんだよ」


 この一件依頼、ダイナー以外の場所でルディと行動する事は控える事になってしまった。当然取材の効率としては悪いので、はやく機嫌を直して欲しい。

 俺が愚痴を垂れると、編集長とデックは顔を見合わせていた。え、何? 俺変な事言った?


「お前、本当に取材バカだな」

「同感です」

「なんで!?」


 唐突な馬鹿呼ばわりに、俺は声をひっくり返した。

 まったく、何でだよ。記者たるもの取材が出来なければ意味が無いだろう。

 俺が唇を尖らせると、拗ねたと察したであろう編集長が「まあまあ」と窘める。


「そんな取材バカのお前にいい話がある」

「いい話?」


 俺が聞き返すと編集長は「そっ!」と明るく言って、ピンと胸を張る。


「さっき取締役クラスの会議がちょっとばかし俺の耳に聞こえたんだがな。お前に昇進の話がきているみたいだぞ」

「昇進!?」


 あまりにも急すぎるサプライズに俺はもう一度声を裏返した。編集長が会議を盗み聞きしていたという事実も本来なら気にするべきだが、今はそんな事どうでもいい。


「三年目で成果もしっかり出しているし? 少し早いが今回の記事が効いたんだろ。主任クラスへの昇進があってもおかしくない」

「俺が……主任」


 新しい肩書を何度も反芻する。俺は頭の中がまるで綿あめになったように夢見心地だった。編集長も俺のリアクションに満足そうな顔をして、顎を上げた。


「まっ! それもこれも上司が俺だからだな!」

「ありがとうございます!」

「先輩、そこ、ツッコむところです」


 デックが代わりに指摘してくれたが、マシュマロのようにふわふわとした頭ではそこまで回らなかった。


「じゃあ、俺はこれから会食の予定が入っているから。後は頑張れよ!」

「はい!」 


 エスター編集長は革製のセカンドバッグを手に取って颯爽と去っていった。


「よかったですね! ヒューバートさん!」

「ああ! 今まで頑張ってきて本当に良かったあ……」


 しみじみと感傷に浸っていると、それを邪魔するように俺とデックのデスクの間に置かれた電話がけたたましく鳴る。


「あ、電話。僕が取りますね。主任」

「いやいや、まだ気が早いって」


 と口では言いつつ、主任という響きは悪い気はしなかった。ましてや、後輩だったデックは部下になる可能性が高い。今のうちにシュミレーションしておくのも悪くない。


「はい……ええ。分りました! 代わりますね」


 デックははきはきと電話に対応して、俺の方へ受話器を渡した。


「局長からお電話です」

「お、早速? ありがとう」


 俺は受話器に「もしもし?」と呼びかけた。


「ああ。サーシェス……直々に話がある。局長室まで来い」

「分かりました!」


 早速お呼び出しだ! 俺が電話を切ると、デックが体を曲げながら俺を見下ろしていた。


「局長は、何て言っていました?」

「呼び出しだよ。局長室に来いって」


 いつもならば気の重い局長のお呼び出しも、このときばかりは口笛を吹きながらスキップで行きたくなる。


「それって! さっき、昇進のお話じゃないんですか!」

「だよな! 急いで行ってくるよ」


 俺は軽い足取りで局長室へのエレベーターに乗り込んだ。

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