【急展開】指示厨ですが、見てられないので俺も戦う事になりました


「こいつが死んだら……俺……」


 グリムのケープを握りしめながら涙声で言った。


「おまえ……そこまで俺の事……」


 ルディ本人も朦朧とする意識の中でこちらを見て何かを言っている。

 俺は、グリムの方に顔を向け、大きく息を吸って叫んだ。


「こいつが死んだら、取材できなくなるんだよ!」


 そう、すべては取材の為。俺の責務の為だ。


「え……取材?」


 グリムがおろおろと困惑する。


「そうだよ、取材! やっと手にしたネタをみすみす手放すわけにいかないんだよ!」


 俺が言うと、ルディは「はあ?」と語尾を上げる。


「お、おまえ! そんな理由で――」

「おまえが死んだら! ……おまえがせっかく語ってくれた事実も消える。おまえの真実を守る責任が俺にはあるんだよ」


「俺の、真実……?」


 死人に口なし。俺がルディから聞いた話を本当だと言ったとして、本人が死んでしまったら何の意味もない。

 それに、こいつは戦闘経験がないくせに死神とまで契約を交わし、見ず知らずの他人を守っている。

 俺の事情も理解してくれて取材に応じてくれた。


 悪く言えばお人好しかもしれない。

 それでも、こんなお人好しがここで死ぬなんて理不尽だ。


 そんなことは俺が絶対に許さない。


「俺の仕事はおまえの記事を書くことだ! だから、絶対に死なせない……そのためだったら何だってする」



 何だってできる。出会ってたった一日にも関わらず、こいつの為ならそう思えた。


「だから頼む! 俺にも戦わせてくれ!」


 押し切るように頭を下げて叫ぶ。


「そうは言っても……」とグリムは困惑しているようだった。


 ――ん?


 手が、熱い。さっきもこのじわりと滲むような熱さは感じた。

 瞼を開いて両手を確認する。

 やっぱり、俺の両手は先ほどの青い炎に覆われていた。


「え?」


 そして、炎の中から知らないうちに二本の黒い鎖鎌が現れ、俺の手に握られていた。


 あれ? これってもしかして――


「契約か!!」

「いや、違……」

「へえ、鎖鎌ね。錘は手錠になっているんだ。なかなか洒落てるじゃん」


 いやよく見るとこれ、厳密にはショーテルと呼ばれる両刃の湾刀だ。

 鎖の先には錘の代わりに重さのある手錠がついている。なぜ手錠なのかは分からないが。

 しかし、これは何かしら使えそうだ!


「ありがと、死神さん! あっ、これ預かっておいてくれよ!」


 俺はポラロイドカメラをグリムの横に置いた。


「なんだ? これ」

「カメラ! 俺の戦う姿も撮っておいてくれよ! そこのボタン押したらいいから」


 武器を貰って機嫌が良い。俺にだってできるって認められたみたいだ。

 命がけの戦いのはずなのに、エビルの元へ向かう足取りは軽かった。

 早く、戦いたい――なんておかしな感情が芽生えてしまっているくらいには。

 エビルの周りは炎に包まれたフィールドの様になっていた。

 誰とも戦っていなかった間に彼女を包む炎はすっかり大きくなっていた。


「おい、おまえの相手はこっちだ」


 まずいな。彼女が完全に燃やされてしまうのも時間の問題だ。早く、けりをつけなければならない。


「ふん、あんたもどうせ雑魚――」


 無駄口を叩いている余裕など与えない。

 俺は、迷わずエビルを包む炎を刃で切りつける。


「誰が、雑魚だって?」

「くっ……」


 エビルの炎は僅かに弱まった。やはりこの炎を切りつける事で少しずつ消火が出来る。


 それならば、と容赦なくもう片方の手で持っている刃を、エビルの脇腹の辺りの炎に突きつけた。


「ああっ!」


 武器が小さい分小回りは効く。つまり、短いスパンでダメージを与えることが出来る。


「だが、あんたの炎は最弱の青だ! 私の炎が受けるダメージは少ない」


 それでもエビルは俺の炎の色を見て強がる。

 本当に青色は弱いのか。だが、それはどうすることもできない事実だ。炎の色なんて俺には関係ない。


「なら、何度でも切り刻んでやるよ」


 自然と口元がにいっと弧を描く。

 炎が弱いのであればその分、攻撃の数を増やせば良い。

 すぐさま、腰を落として低い姿勢で思い切り回し蹴りを入れる。


「はははっ……生身でこうげ……っが!?」


 かかったな。足首についた手錠の先には鋭い刃が鎖で繋がれている。つまり、蹴りを入れたのではなく、見てもいないところから刃を突き立てた。


「足だとっ……!」

「よそ見している暇はないと思うけど?」


 今度は、手に握った方の鎌で上半身の炎を切りつける。


「速いっ……!」


 両刃なので何度も往復させて、隙を与えず畳み掛けるように斬りつける。

 刃を振るうたびに心臓の鼓動がおおげさなものになり、そのたびに青い炎が揺れる。

 黒い炎を斬るたびにぞくぞくとするこれは快感だろうか。こんなにも魂を揺さぶられるような感覚は初めてだった。


「ほら、どうした。おまえの火も随分消えたな」

「くっ……う、だが、青の炎はっ……!!」

「まだ、そんなこと言ってるのかよ」


 両腕に持ち替えたニ本の刃を振り下ろす。


「言ったよな? 何度でも切り刻むって」


 宣言通り、俺はエビルを斬りつけた。

 しかし、エビルの言う事は一理あった。

 黒い炎は斬りつけてもすぐに再び蘇る。


「キリがねえ……」


 肝心のとどめを刺すには、強い業火を一撃で食らわせるしか方法はない。だが、それだけの火力が俺には足りないのが事実。

 火力――黄色い炎を持つルディが戦えるのであれば。

 俺はちらりと横目でルディの方を見る。

 彼はこっちを見ながら腕をぐるぐる回していた。

 あれ? 怪我、治っている? なら早く参戦しろよ!

 俺はルディの方をきっ、と睨みつけた。

 すると、向こうもそれを察したのか焦りながら鎌を手に取った。

 そういえば初めてこいつを見たときは簡単に祓っていたよな。

 あのときと今は、何が違う?


「ほらほら、私のについていけなくなったか?」


 動き――

 ああ、そうだ!


「ついていけないわけないだろ?」


 俺はエビルをルディとは逆側の壁に追い込む。語弊はあるかもしれないが、壁ドンの要領だ。そのまま、鎖鎌を両方とも壁に突き立てて抜けないようにした。


「何のつもりだ! どこに刺しているんだ」


 エビルは嘲笑う。あーあ、これからとどめを刺されるというのに呑気なことだ。

 俺は鎖の先に付いた手錠でエビルの両腕を拘束した。


「は?」


 身動きが取れなくなったエビルは混乱する。鎖鎌は俺の手から離れて壁を刺してこいつの腕をつかんでいる。


「何を考えてるんだ! 自分の武器を捨てたも同然だぞ!」

「そうだな。俺は武器を捨てた。でも――」

「ま、まさか……」


 そのまさかだよ。


「お膳立てはしておいた」


 エビルから距離を取る。


「後は頼んだ、ルディ!」


 頭上を見上げると、黄色い炎を纏った大鎌が、魂を狩ろうとどんどん高度を下げていた。

 逃げる事の出来なくなったエビルはただ攻撃を待ち構える事しか出来ない。


「うおおおおおおっ!!!」

「ぎゃああああああああっ!!!!」


 一撃必殺。彼の黄色い業火はエビルを包む。黒い業火は消し去られた。

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