【急募】熱々のトースト咥えた独身女性の、運命のお相手

 一通り、話の筋が見えてきた時にガチャリと店のドアが音を立てた。客だろうか。


「まずい!」


 この姿を見られるわけにはいかないグリムは慌ててケープをテーブルの皿の上に伏せるて食べ残しの魚の骨のふりをした。サイズ的に無理があるだろ。

 ぎぎいと軋んだ音を出した扉の先には薄いピンクのワンピースを着た、ブロンドヘアーの女性がいた。


「私、モイラ・ディステーノ! 独身」

「は?」


 目の前の女――モイラは少女漫画のベタな書き出しの様な自己紹介をした。思わず俺も素っ頓狂な声を出してしまった。

 様子がおかしいのはここからだ。どこからともなく取り出した、バターが溶けかけたアツアツのトーストを口にくわえて走り出す。


「あっ、あぶなーい!」

「うわっ!?」


 そのまま、モイラはルディにタックルをかます。まるで、曲がり角で運命の相手にぶつかってしまうお決まりの展開のように。

 はたから見たら、なんだこのクソ茶番としか思えないが。

 俺の事は眼中にないのかモイラは転げたルディに話しかける。


「あなた、ここの店主?」

「え? ああ。一応」

「じゃあ、お料理もあなたが?」

「それは、もちろん」


 ルディは律儀にもの大切な事を確かめるような質問に答えていた。

 すると、モイラは


「本当だったのね……」


 と涙を流しながら微笑み、ルディの脇腹に腕を回して彼に抱き着いた。


「わあ!?」

「やっと見つけた。運命の人……」


 モイラは目を瞑り、ルディの胸に頬ずりをする。


「え、ええ!? 何なんだよ!」


 突然の求愛にルディは当然慌てふためいた。


「で……でも、そう言われたら」


 だが、まんざらでもないようで、彼女の肩を抱こうと両手を伸ばした。


「おい、その人はやめておいた方がいいぞ」

「は? なんでだよ。あ! 嫉妬か? 見苦しいな!」


 いや、どう考えてもおかしいだろこの展開。トースト加えた女がタックルかまして「運命の人……(うっとり)」だぞ?

 だが――


「ルディ! 離れろ!!」


 何かに気づいたようにグリムが顔を上げて大声で叫ぶ。


「っ!?」


 刹那、辺り一面が黒に染め上げられる。

 酷く熱い――炎だ。巨大な悪霊の黒い炎がモイラから放たれ、店内を燃やした。


「くっそ!!」


 ルディも黄色い炎で負けじと応戦する。だが、モイラは炎に取り囲まれてゆらゆらと揺られていた。


「おい! しっかりしろ!」


 声を掛けても返事はない。

 暫く沈黙した後だった。モイラはカッと目を見開く。

 途端に、黒い炎は完全に彼女に纏わりついて離れないようにコーティングされた。炎に包まれたことで人間よりも一回り大きい化け物となった。そして


「やった……やったぞ! この女の魂は私のモノだ」


 モイラから声が放たれる。漆黒の炎を纏った姿の禍々しさと横暴な口調は彼女の声とは別物だった。

 悪霊の仕業なのだろうか。俺たちは炎の方を見る事しか出来なかった。


「なんだよこれ……こんな悪霊見たことねえぞ! メスも刺さってねえじゃねえかよ!」

「メスは既に体内に取り込まれているんだ! あれはエビルという人間の願いを叶える契約を結んだ悪霊だ!」


 願いを叶えるとなると死神の契約によく似ていると思った。


「契約って……それって死神とスートみたいな?」

 俺が聞くと、ケープを羽織り死神の姿に戻ったグリムは「そうだ」と骸骨の頭で頷く。


「だが、悪霊の業火を派手に使うから性格も本能に従ったものに豹変する」

「だから、あんな胡散臭くてありえない行動を……」


 モイラの少女漫画のように非現実的な行動はエビルの副作用という事だった。

 納得すると、悪霊――エビルは両手を広げ、炎を一層強めて「その通り!」と叫んだ


「私は、この年で行き遅れていると嘆いて自殺を図ろうとした彼女に契約を持ち掛けた! 『運命の相手に会わせてやる』と言う契約を、な」


 エビルはけたけたと嗤う


「馬鹿な女だ! そんなメディアの言う悲観的観測を真に受けて、私に魂を捧げるとは!」


 つまり、こいつは悲観する女性の真理に付け込んで甘い誘惑をした。


「なんだよ。最低だな」


 ルディが吐き捨てるように言う。俺は「ああ」と同調して続ける。


「運命の相手って言って、なんでしがないダイナー店員なんだよ!」

「おい? それ、どういう意味だ」

「どうせ紹介するならもっとイケメンで高収入の男とかにすればいいのに。俺とか」

「おいこら。何狙ってんだよ!」

「残念だったな! この女のタイプは背の高い料理ができる男だ!」


 エビルはそう言って俺を鼻で笑う。ルディはニヤニヤとこちらを見ている。ああ、ムカつく。


「うるせー! 悪かったな!!」


 俺が叫ぶと、グリムが止めに入る。挑発に乗るな、と。


「気を付けろ。あの炎はゆっくりと彼女を燃やすが、燃え尽きたときには大爆発を引き起こし、多量の黒い炎を飛び火させるんだ」


 飛び火? そうなってしまえば、俺たちが昼間に襲われたあの黒い炎の二の前じゃないか。


「つまり、時間の問題だ」


 それでも与えられた猶予はわずかなものだった。


「なら、とにかく祓うしかないだろ!」


 ルディは大鎌を手に、黄色い炎を発しながらエビルの元へと向かった。

 

 ところが、ルディはエビルの素早い動きに完全に翻弄されていた。


「くっそ、ちょろちょろすんな!」


 ぶんぶんと大鎌を振るも、かすりもしない。どこ振ってんだあいつ。


「ははっ! なんだそれは。トロい、トロすぎる!」

「くそーーっ! 当たんねぇ!」


 重量のある大鎌を振り回すとなると当然隙が生まれる。渾身の一撃もそのタイムラグの間にかわされては意味が無い。


「もう少し右っ! ああっ、遅い! もっと相手の動き読めよ!」


 耐え切れず俺は、ひたすら野次――いや、アドバイスを飛ばしていた。


「うるせー! おまえちょっと黙ってろ!」

「よそ見するな! 攻撃される!」


 ルディの背後から、黒い火炎射撃が飛び出した。


「うわっ!?」


 俺の声のおかげで間一髪避ける事が出来たみたいだ。

 ところが彼は俺に礼を言うことはおろか、見向きもせず戦闘に集中した。

 きっと「いちいち構っていると絶対に死ぬ」とでも思われているのだろう。

 と、グリムが俺に耳打ちするように近づいた。


「おまえ、他人がゲームしていたら横で文句言うタイプだろ」

「だってアイツ戦闘センスなさすぎだろ!」

「……それは否定できない」


 目の前では、死闘が繰り広げられていた。

 互いに短時間で業火を消耗する戦闘は、体力を大きく削る。

 さすがにここで決めなければもう限界だろう。


「ははっ、どうした。もう降参か?」

「くっそ!」


 ルディはエビルが生んだ一瞬の隙に気づき、大鎌を振る。


「あっ!?」


 エビルの隙は罠だった。ルディを嘲笑うように簡単にかわされてしまう。


「ふんっ!」


 攻撃がかわされた直後に脇腹へと黒い炎が向く。カウンターだ。


「ぐああああっ!!!」

「ルディ!」


 ルディの体は吹き飛ばされてしまい、大きな音をたてて店の壁へと打ち付けられる。


「う……痛ってぇ!」

「やっぱり無理か……」


 グリムは悔しそうに呟く。低級の悪霊なら倒せても人間の魂を呑み込むエビルを倒すのには早かった。送り出したことを後悔するようだった。


 何か、何か俺にはできる事はないのか。


 俺なら、絶対に――


 なんでもできるっていうのに。


「……なあ、死神さん」

「なんだ」

「俺にも武器をくれ」


 こうするしかない。俺の願いに、グリムは驚いたように体を跳ねた。


「はあ!? 何を言っているんだ!」

「俺なら戦えるから!」

「おまえみたいなちんちくりんが敵う訳無いだろ!」

「見た目で決めつけるなよ。俺、こういうのは得意分野なんだよ」


 取材において何度だって修羅場を潜り抜けたんだ。戦闘には自信がある。

 それでもグリムは首を横に振った。


「……いや、おまえだけは無理だ」

「どうして!」


 グリムの合図で俺の体はじわりと熱い青色の炎に包まれた。


「わっ!? なんだ、これ!」

「おまえの業火だ。悪霊退治には不向きな青色の、な」

「そんな……」


 突きつけられた現実に俯いて、悲しい声だけが地面に零れる。

 悪霊退治に業火の色が関わるなんて。

 一般的な戦闘がいくら得意でも俺はハンディを背負っているということ。


 でも――それでも、やってみなければ分からないだろう。


 歯を食いしばり顔を上げる。


 だって――


「俺はこいつを死なせるわけにはいかないんだよ!」

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