【速報】大鎌の男、犯人説
日はとっぷり暮れて宵を告げていた。俺は神父の教えてくれた住所へと足を運ぶ。
「ここって……」
ピンク、黄色、水色といった色とりどりのネオンサインが点灯した看板の文字に驚愕した。
『スウィーティー・ダイナー』
昼間に行こうとしていた店じゃないか!
いや、驚いている暇はない。まずは調査だ。店の反対側へ廻って窓から店内の様子を伺う。
店内は満席となっている。客として店に入るのは厳しそうだ。
まあ、タイミングを見計らってあの男――ルディに接触すればいいだろう。
「楽しそうだな……」
食事が運ばれてくるまで客の談笑する鮮やかな声がうっすらと聞こえる。ダクトからは料理の香りが漂う。気のせいだろうか。どこか甘い香りがする。
店内のインテリアも原色のソファやジュークボックスに彩られて派手ではあるがダイナーとはそういうものだろう。
強いて言うならば、でかい水槽に一匹だけ巨大な魚が泳いでいる。それだけがこの店に似つかわしくなく思えた。
だが、客達も楽しみながら食事を摂っている。平和な光景だった。
なんだ、やっぱりあの神父、インチキじゃないか。
そう思った時だった。平穏は突如として破られる。食事を口に運んだ瞬間に客達はばたばたと皆倒れていった。
な、なんだ!? 客たちが!
店主であるルディは倒れた客を確認するかのように眺めていた。よく見ると客達の体には小さなナイフのようなものが突き刺さっている。たしか、デックの背中にもナイフが刺さっていた!
こいつ、一体――?
突如の事態に動転した。客達を助けに行くべきだと思った。
だが、次の瞬間、彼らに刺さったナイフから黒い小さな炎がぽおっと湧き出て店内を照らす。
黒い炎――あの時見たものと同じじゃないか!
直感的に察したのも束の間、今度はルディが手にした骸の大鎌から炎が出てきている。
大鎌から放たれる黄色い炎の火力は、黒い炎の何倍にもなった。
あの時と、同じだ。
それは、あっという間に黒い炎を上書きして消してしまった。黒い炎が灯る店中は一瞬にして黄色い炎で焼き尽くされる。
俺は、全てをカメラに収める事しか出来なかった。証拠は手に入った。後は奴を質すだけだ。
それでも一部始終が信じられない。入口へと急ぎ、閉じられていたドアを蹴破った。
「おい! どういうことだ、これ!?」
「うわーーーーっ!?」
随分と驚いたような声でルディは叫ぶ。俺はは構わず黄色い炎の中を突き進んだ。そのまま奴のくったりとしたトレーナーの首元を掴んで顔を覗き込むように見上げた。
「おまえがこの大火事の黒幕か!」
「はあ!? 黒幕ってなんだよ!」
すっとぼけているみたいだ。
「おまえが! 昼間と同じように、こうやって客たちを焼いて……ん?」
黄色い炎はみるみるうちに小さくなる。すると、客は目を覚まして体を上げた。よく見ると刺さっていたはずのナイフも無くなっている。
そのまま、彼らは何事もなかったようにレジへと向かう。
「はいはい、待たせて悪いね」
ルディも俺を振りほどくと慌ててレジへと向かう。
「美味しかったよ」
「なんだか気分も良くなったみたい」
「ごちそうさまー」
客たちは会計をしながら賛辞の言葉をルディにかけた。
「ありがとうございましたー」
ルディもまた、笑顔で客を見送る。
店に残されたのは、俺たち二人だけになってしまった。
ルディは「ふう」とため息をつく。
「よかった……無事成功したみたいだな」
そういいながら額の汗をうでで拭うようにする。
「おまえ……一体」
「それはこっちのセリフだ! おまえこそ何のつもりだ! てか誰だよ!」
俺が最後まで言うのを待たずに彼は俺の方をぎろりと睨みながら荒い声で言った。
元の顔が強面なだけに迫力がある。
だが、こちとらギャングの抗争に突入するくらいに肝は据わっている。俺はコートのポケットをがさごそと探る。
えっと、ああ、あった。
俺は、名刺を取り出して片手でルディにそれを差し出した。
「こういう者だよ」
スクエアタイムズ 記者 ヒューバート・サーシェスと書かれているそれを見ると、ルディは「へえ」と一瞥する。
「チューバート・サーシェス?」
「ヒューバート! どうやったらそんな間違いするんだ!」
「ああ。悪いな。小さいからネズミかと思って」
「俺が小さいんじゃなくておまえがでかすぎるだけなんだよ。熊みたいな図体しやがって!」
俺の猛抗議もよそにルディは名刺を眺め続けていた。
「大手新聞社の記者か……はん、エリートかよ」
「違う。そんなんじゃない」
勝手に自分の経歴にレッテルを張られるのは心外だった。何も、知らない癖に。
「ん、記者って事は、もしかして取材に?」
俺の事情など知る由もないルディは呑気に質問した。俺は「そうだよ」と頷く。
「俺はさっきの大火事について取材に来たんだよ。おまえがこの黒い炎に関係しているって情報を手に入れてな」
「ああ、そういう事か……」
ルディは心底面倒臭そうな表情で頭を掻いていた。
「面倒だから断っていい?」
やっぱり。そんな気はしていた。俺は写真を取り出してテーブルの上に差し出す。
先程までの一部始終は写真に印刷されていた。ルディはぴくりと眉を動かした。
「残念ながらお前の犯行現場はこのカメラでしっかり撮っておいた」
「なんだよ。ある事ない事書くつもりか。きたねえな」
「そんな事はしねえよ」
腕を組みながら言い放つルディに俺はきっぱりと否定した。
「俺は、真実を書くだけ。その為だったらなんでもするんだよ」
「なんでも? へえ、例えば?」
俺は、これまでのいきさつを簡単に説明した。黒い炎の事、テッドのこと、局長の事――全てをありのままに話した。
俺の背景を知ったルディは大柄の体を丸めて泣きじゃくっていた。
「おまえ……傷ついた後輩の為に俺に取材を……! ううっ……」
「あ、ああ……まあな」
どうやら同情されているみたいだ。もしかして、こいつチョロ――見た目ほど悪い奴ではないのかもしれない。
「分かったよ。取材? 受けてやるよ」
思わぬ方向に話は進んだ。何はともあれラッキーだ。こいつが涙もろくて良かった。
俺は早速メモ帳をテーブルに広げて、万年筆を手に取り取材を始める。
「じゃあそうだな……まず、あの黒い炎はなんだ?」
「あれは人の魂を焼き殺す悪霊――つまりおばけだな」
また悪霊か。あの時の神父と同じことを言っているがどうも信憑性が無い。
「あ。今おまえ嘘だぁって顔しただろ!」
その感情は俺の顔に出たようで、ルディは俺を指差す。
「そりゃ、俺だって悪霊なんて信じられなかったよ。でも喋るサーモンに言われたんだ。悪霊を倒せって……」
喋る、サーモン?
聞き捨てならないおかしな点に俺は「ストップ」と手のひらを挙げてルディの話を止める。
「まてまてまて。今なんて?」
「悪霊なんて」
「その後!」
「喋る、サーモン?」
「そう! それ!」
やっと、辿り着いたワードに大声をあげて今度は俺がルディをびしっと指差す。
「どういうことだよ! 喋るサーモンって!」
「ん? ああ……あれはつい先日ことだった」
あれ? 回想入る感じ?
「このダイナー、全然お客が来なくてさ……稼ぎもないしこれからどうしよーって川を眺めていたんだ」
「うん、それで?」
「そしたら、川上から巨大なサーモンがどんぶらこどんぶらこ……と」
まて、どんなシチュエーションだ。
「俺は『ラッキー! 食材が流れてきた!』って思って川に飛び込んだ」
やっぱりこいつ熊かよ。
「そしたらどこからか『早まるな!』って叫び声がした」
もう早まってるんだよ!
「辺りを見回しても誰もいない。そしたら、『こっちだこっち』と話しかけられて……その声の主は、川から頭だけ出したサーモンだった」
何ひとつとして理解が追い付かずにズキズキと頭痛がしてきた。
俺は眉間を抑えながら「それで?」となんとか取材を続ける。
「そのサーモンは俺に契約をしたいって言ったんだ」
「契約? 何の」
「店が繁盛する契約だって。体にメスが刺さった人間を店に招いて黒い炎をこの大鎌で祓ってやれば客は大喜び、店は大繁盛だって」
そう言って、ルディはあの大鎌を手に取った。
俺はあの神父の言っていた話を思い出す。悪霊、大鎌、契約。もしかして――
「サーモンが、死神……?」
俺はぽつりと呟く。
「バレたからには仕方ないな」
ルディのものでも俺のものでもない、知らない第三者の声が店内に響いた。
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