【?報】頭おかしいクソ神父に誘拐されたけど有力情報をもらえた


 再びミッドタウンの通りに戻る。

 午後三時ともなると人通りは多い。一瞬の出来事だったため、火事のことは噂程度なのだろうか。賑わう街はいつも通りの昼下がりだった。


 とはいえ俺には仕事がある。まずはあの男が誰なのかを調べなければいけない。

 手当たり次第に声をかけよう。丁度いい、通りをゆっくりと歩くスーツのサラリーマンに大鎌の男の写真を見せて尋ねてみた。


「すみません、この人知りませんか?」

「ん? 何だこいつ。知らねえなあ」

「そうですか……ありがとうございます」


 次、有名コーヒー店の紙カップを片手に休日を過ごす中年女性に声をかける。


「あの、この人知りません?」

「なにこれ、大鎌? ハロウィンはとっくに終わったわよ」

「そ、そうですね……」


 ああもう、次だ。道路に座り込んでいるホームレスらしき酔っ払いに聞く。案外こういう人がなにかを知っていたりするんだ。


「この人を探しているんです」

「何? おまえさんの恋人かい?」

「はあ!? そんなわけないだろ!」


 くだらないジョークを言われただけで、酔っ払いなんかに声を掛けるんじゃなかったと後悔する。



「あ――もうっ! 見つかんねえ!」


 セントラル・パークにある大きな噴水の淵に腰を掛けて天を仰ぐ。

 日が傾きかけている寒空に向かって叫んでも、当然答えは帰って来ない。空しいだけだった。

 ていうか、本当に誰なんだよ! あいつ!


「もし、何かお困りですか」

「へ?」


 全く知らない声に目を開くと、全く知らない男が俺の顔を覗き込んでいた。

 ニコニコと笑みを張り付けた顔に暗いパープルの髪がさらりと流れ込む。年齢はデックと同じくらいだろうか。少なくとも俺よりは若い気がした。


「困り事……」


 突然のことで俺は一瞬理解が及ばなかったが、これはチャンス? ダメもとで写真に写った大鎌の男を見せつける。


「あのさ、この男知っている?」

「ああ、はい。知っていますよ」

「だよな、知らな……」


 諦めて一度項垂れようとしたが、彼の答えをもう一度頭の中で復唱する。答え合わせが終わると俺は上体をがばっと起こして、向かい合う形で男の手を取った。


「本当か!」

「ええ、良ければ僕の教会でお話を聞きますよ」


 彼はにっこりと笑い、俺の手をぎゅっと握った。

 男はよく見ると足元まである丈の黒い詰襟に白いストールを羽織り――いわゆる神父の恰好をしている。教会への案内はそういう事かと合点がいく。


「まあ、情報料は頂きますが」


 げ、金が絡むのか。しかも教会ときたものだ。怪しいカルトの臭いがぷんぷんとしてくる。

 俺は信憑性が無い宗教だったりオカルトの類が嫌いだ。それを言ってしまえば今調査している黒い炎の件はどうなるんだということにもなるが。

 とにかく、手掛かりが手に入るかも分からない怪しい状況に俺は躊躇した。

 するりと手を引こうとしたが、ものすごい力で握られている。


「ああ、いや。結構……」

「そう言わずに」


 食い下がりながら俺の腕を引く神父から「いや、マジで勘弁してくれ」と逃げようとした時だった。


「ふんっ!」


 みぞおちに深い衝撃が走った。


「がっ……」


 え? 腹パン? この神父、腹パンしてきた? 聖職者が腹パン?

 予想外の攻撃に俺の体はべしゃりと音を立てて倒れた。水分を含んだ雪が半身を包み込む。

 やっぱりとんでもない奴だったんじゃん。こいつ。



 高い天井と純白の壁に囲まれ、窓には色鮮やかなステンドグラス。オーケストラに匹敵する豪勢な音を奏でそうなパイプオルガン。そして白い大理石の床のひんやりとした感触。

 目を覚ました時にはあのクソ神父の言っていたであろう教会の床で俺は横たわっていた。


「……絶対にやばいな。これ」

「あら、お目覚めですか? おはようございます」


 神父は笑みを浮かべたまま目の前に現れた。人を殴っておいてよくもまあそこまでニコニコできるものだ。まるでサイコパスだ。


「何のつもりだ!」


 俺は体を上げて神父の胸倉に掴みかかる。それでも神父は彼を見下ろしてはて、と首を傾げる。


「私は迷える子羊に手を差し伸べたいだけですよ?」

「手を差し伸べるどころか、拳をねじ込んできただろ! 俺の腹に!」

「でも、知りたいんでしょう? あの男の情報」

「う……」


 図星を指されてしまい、狼狽える。神父は深く嘆息を吐くと妥協した。


「じゃあ今回は料金は取りません」

「え?」

「その代わり、懺悔の一つさえしてくれれば教えますから。さあ、遠慮なくどうぞ! はい、懺悔懺悔懺悔! 懺悔懺悔懺悔! 懺悔! 懺悔! 懺悔!」

「手拍子するな!」


 なんでシャンパンコールなんだ!

 ――って、まずい。このままじゃ、この神父のペースに乗せられてしまう。


「まったく、強情ですね。ほら、言っちゃいましょうよ。後輩が傷ついたのに自分は何もできなくて、上司に啖呵切って取材に行ったものの、何の手がかりも掴めていませんって」

「なんで知ってるんだよ!」

https://kakuyomu.jp/works/16817330647706785157/episodes/16817330647707103245←こことhttps://kakuyomu.jp/my/works/16817330647706785157/episodes/16817330647746312874←ここ見たからですね」

「一話と二話のURLを載せるなあ!!」

「PV上げたいじゃないですか〜! あ、このお話が気に入ったら★つけてくださいね~~~!!!」

「誰に話しているんだよ!」


 しまった。このままでは埒が明かない。

 一つ、深呼吸をして一度頭を落ち着かせる。


「たしかにおまえの言った通りだよ。俺は何もできなかった……」

「取材でも手がかりをつかめていないですもんね」

「うるさいな。ほら、懺悔したぞ!」

「懺悔にしては態度でかすぎません?」


 それは元からの性格だ。仕方ないだろう。それよりも――


「本当に、おまえはあの男について知っているんだよな?」

「ええ、知っていますとも」

「じゃあ、早く教えてくれよ! 頼む! この通りだ!」


 こうなったらプライドもへったくれもない。俺は深々と頭を下げた。今まで行ってきた取材に比べたらなんてことないが、とにかく必死だった。


「仕方ないですね……」


 神父は一冊の黒い本を開いた。聖書のようなものだろうか。そこに書かれている内容なのか、口を開きすらすらと言葉を紡ぐ。


「人間を燃やす、黒い炎。その正体は悪霊であった」

「は?」

「悪霊は人間に甘い誘惑で契約を持ち掛ける。死神はそんな悪霊に対抗すべく人間に大鎌を授ける――」

「まてまて、悪霊? 死神?」


 あの男の事を知りたいのに神父の口からはオカルトまがいな架空の存在しか出てこなかった。


 俺が話を止めると、神父は「おや?」と言い俺を横目で見つめた。


「こういったお話は嫌いですか?」

「大っ嫌いだよ」


 きっぱりと言い切る。すると、神父は大人をからかう幼児のように手を口に当て「ぷっ」とふき出す。


「あっれー? もしかしてお化け怖いんですかー?」

「違う! 怖いんじゃなくて嫌いなだけ!」

「何が違うんですか」


 神父はやれやれと肩をすくめた。なんだよ。怖いと嫌いは別だろう。


「嫌いなんだよ。そういう嘘っぽい現実味のないものが」


 神父はそれを「ふぅん」と聞き流した。


「では、少しお話を現実的なものに戻しましょう」

「え?」

「死神の炎を灯すダイナー店が今宵も営まれる――」

「ダイナーってレストランのことだよな?」


 二度とないチャンスかもしれない。話の途中であっても疑問に思ったことは何でも聞いた。

 それはもう、徹底的に。


「ええ。そのダイナーですね。マンハッタンの通りに最近できたお店で、料理は天にも昇る味らしいです」


 神父は淡々と詳細を告げる。そういえば何故、こいつは彼の素性を知っているのだろう?


「なんで……おまえにそんな事が分かるんだよ」

「ここに書いてあります」


 神父は黒い一冊の本を見せびらかした。

 そこに記されていたのは、これまで神父の口から出てきた話と一言一句同じ内容だ。

 危うく、ここに次回のURLが書いてあり、「これ読んだからですね」とか言ったら、彼をはっ倒すところだった。

 俺は握りしめかけていた拳をおろした。


「店主の名前はルドルフ・スティーブン。愛称はルディで年齢は二十六歳」

「店の場所は分かるか?」

「ええ、この通り書いてありますよ」


 神父は明確な個人情報が書かれた黒い本を俺に手渡す。メモ帳の様なものだった。


「……あれ? このノートどこかで見覚えが」


 俺は即座にメモ帳の裏表紙を見る。そこには黒字のメモ帳に黒い字で見えにくいが、俺の名前が刻まれていた。


「これ、俺が小学生の時に無くしたノート! なんでこんな所にあるんだよ!」

「さあ? 僕もこれは拾ったものですからね」

「とにかく、これは返してもらうからな!」


 ノートを神父からひったくって、俺は「あ、でも情報提供はありがとう!」と強く礼を言い教会を後にした。

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